噂編
第32話
遠足を終えて浮き足立っていたクラスの雰囲気は一変、日常に戻っていた。
あ、いや、うそ。俺──福井龍馬の日常はある意味戻っていない。
「まさか福井殿が学園の二大美女である長谷川さんと幼馴染とは……びっくらぽんでござる」
「しかも、天枷さんへの公開告白。一匹オオカミの漢気告白とは同じ男として惚れ惚れするなりねぇ」
「ぶっころろろ」
いつもの男子三人組からは敵意は感じない。いや、最後の奴はぶっころとか言っているけども、そういうぶっころじゃないんだろう。そういうぶっころってなにかわからんが。
しかしまぁ、クラスメイト達は特になにも言って来ないから良い。
問題は他のクラスの連中だ。
福井くんが天枷さんと付き合っているのに、幼馴染の長谷川さんが反対して止めている。
だとか。
福井くんは長谷川さんと付き合っていたのに、天枷さんに惚れて告った。
だとか。
風見が二大美女を福井から奪おうとして失敗してボコボコにされた。
だとか。
今まで福井が一人でいたのは二大美女と近しい存在を隠すため。本当は裏ボスだったんだ。
だとか。
ま、学園の二大美女を弄んだことには変わりないから処刑。
だとか。
よくもまぁ、ありもしないことに尾ひれを付けまくって、つらつらと噂できるもん
だな、おい。なにがどうなったらそういうことに変換できるのか。逆に感心するわ。
「ほら。あれが福井って人」
「えー、なんか学園の二大美女をたぶらかしている割に普通じゃない?」
今もまた、廊下の方で他のクラスの女子達の会話が俺の耳に入ってくる。
「あれが風見をボコった奴か」
「めっちゃ普通じゃん」
ええい! やかましっ! 俺は客寄せパンダじゃねぇぞ!
ジェネリックぼっちの俺に、尾ひれの付いた噂を受け止める客寄せパンダになんてなれっこない。注目されるのは風見の仕事だろうが。
おい、風見。お前が注目されろ。
内心で文句を放ちながら風見の方を見てみる。
あ、あれは!? ぼっち流奥義、寝たフリ!
辛い休み時間はああやって時間を流れるのを待つぼっち流儀が一つ。
ふっ。風見……お前も地に落ちたな。ま、散々人をバカにした罰だ。大人しくぼっちの痛みを思い知れ。
しかしだ。この状況で辛いのは葵と天枷の方だろう。
俺が風見の件で悪目立ちしてしまうことは、ある程度の予想をしていた。俺が勘違いするような物言いを発言したから二人まで巻き込んでしまったんだ。
天枷の方を見ると、いつもの女バス幼馴染達と駄弁っていた。
特に気にしてなさそうで良かったーとか思っていると、目が合い、すぐに逸らされてしまう。
遠足の日に葵に言われた通り、勘違いされちまってるよな。まずい。
「なーにしけた面してんのよ」
いつの間にか前の席に戻って来た葵が体を半身にして座る。
「しけた面にもなんだろ。見てみろよ、俺の客寄せパンダ具合を」
ノールックで、親指だけで廊下の方を指差す。
「お。学園の二大美女と絡んだ」
「噂は本当だったんだ」
廊下にいた見物人達が騒めき出す。
そんなんで、ザワザワすんな、ちくしょーが。
「良かったじゃない。ぼっちのあんたに注目が集まるなんて中々ないんだから」
「良かねぇよ。つうか、葵も噂の中心になってんだぞ」
「あんたと付き合ってるだとか、なんとかっての?」
「それそれ」
葵は腕を組んで天井の方に視線をやった。
「べ、別に、そう思いたい人がいればそう思ってくれても良いんじゃない」
その後に、「いず──たいし」なんてゴニョゴニョなにか言っているが、よく聞き取れなかった。
「葵はこんなに噂されて平気なんか?」
「え、えと……そ、そんなもん、時間が解決するわよ。ほら、人の噂も七十五日って言うでしょ。すぐにみんな飽きるわよ」
「そんなにうまくいくかね」
「もうすぐ中間テストがあるし、みんな噂にかまけている場合じゃなくなるわよ」
「うわー! 聞きたくないことを聞いてしまったー」
こんにゃろ。なんちゅう言葉を吐きやがる。学生諸君が嫌いなものランキングで必ず上位に入るテストだなんて。テストだぞ、テスト。もう名前が嫌いだわ。無理、嫌い、しんどすぎいいいい!
「ほら。噂の中心の龍馬だって、中間テストって聞くとそうなるでしょ?」
葵が俺の頭を抱えた状態を勝ち誇ったかのような顔をして指差す。
「おお! 流石は葵。あったまいいー」
「中間を捨ててまで噂をしている人なんていないだろうし、みんな勉強モードに切り替わるわ。だから噂なんてすぐに終わるわよ。ただし──」
葵は、ビシッと指さしてくる。
「天枷さんへの誤解だけは絶対に解くこと。私はあんたの言葉の真意を教えてもらったけど、天枷さんは勘違いしたまま。天枷さんだって噂の中心にいるんだから、真実を知る権利があるわよ」
「そりゃそうだ」
「良い? 絶対だからね。わかった?」
詰め寄るように言い寄ってくる葵の気迫に押されるように、「わ、わかってるっての」と引き気味で答える。
「絶対だから」
最後に釘を刺すように言うと、彼女は前を向いた。
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