第31話

 遠足初日の朝。私──長谷川葵には懸念すべき事柄があった。


 私が警察に職質を受けている間、りょうちゃんと天枷さんに進展があったか否か。


 りょうちゃんが、私がいなくなって気まずい雰囲気が流れたと言った時、心の底から安心した。やっぱり自分の性格の悪さが嫌になっているところで、その後は気まずくなかったと聞いて心配になり、更に自分の性格に嫌気が差す。


 でも、自分の性格に嫌悪感を抱いている場合ではない。


 気まずい雰囲気ではなくなったということは、二人の仲は着実に進んでしまっている。


 自分で蒔いた種だけど、二人の仲を止めないといけない。


 そんなわけで、りょうちゃんの意識を葵に向けてもらうため、この遠足でもガチファッションで挑むことにする。


 白いトレーナーの中にパステルピンクのインナーをチラ見せ。ネイビーのプリーツミニスカートのスポーティガーリーコーデ。


「今日はりょうちゃんにちょっとでも可愛いって言ってもらえるようにポニーテールにしよう」


 私は鏡を見ながら長い髪をポニーテールにしてみせる。


 うん。自分で言うのもなんだけど、ポニーテールも上手く決まってなんだか良い感じ。


「……あ」


 りょうちゃんのことばかり考えていたけど、今日はバーベキューだった。お気に入りの服に匂いが移っちゃうかな……。


 でも、りょうちゃんにちょっとでも可愛い自分を見て欲しいし。これで行こう。


 お父さんとお母さんへ行ってきますをしてから家を出る。


 家を出て数歩してから立ち止まり、福井の表札がある家の前で立ち止まる。


 ピンポンを押そうかどうか迷っていると、ガチャリとりょうちゃんの家のドアが開いた。


「おはよ、龍馬」


 肩に大荷物を背負ったりょうちゃんへ挨拶。


 りょうちゃんは私に挨拶を返すのも忘れて、こちらをまじまじと見てくる。


「相変わらずオシャレだな」


 しゃああああああ! 褒めてくれたああああああ! どんなもんじゃい! 匂い移りが怖くてファッションなんかしてられっかああああああ! その言葉が欲しかったんじゃいいいいいいい!


「別に今日はバーベキューで服が汚れても良い服にしたんだけど」


 咄嗟に出たウソ。本当はあなたに可愛いとか言ってもらいたいためのファッション。


「汚れても良い白?」


 返って来た言葉は論破に近い言葉。


「この服もだいぶ着ちゃったからね。そろそろ引退ってことで着てんのよ」


「服に引退ってあんの?」


「なるほど。そりゃ魂の炎を消さずにいられるわけか……」


 ほんと、りょうちゃんってファッションについて無頓着なんだから。そんなところも可愛いんだけど。欲を言えばポニテも褒めて欲しかったけど、まぁ良い相変わらずオシャレって言葉を貰っただけでも良しとしよう。


 ♢


 バスの中では風見くん達が好き勝手に座り、私達の後ろを陣取った。まぁ私の後ろに座っているのは同じ班の女子だし、風見くんの前には岩本くんが座っているため、一概にも好き勝手に座っているとは言えず、班で固まって座っていると言われればその通りである。


 うるさくなるんだろうなぁと億劫になっているところで、りょうちゃんがキョロキョロとしているのがわかった。


 どうせ、隣に誰もいないぼっち席でも探しているんだろう。岩本くんの隣が空いているんだから、そこに座れー。と念力を唱えた。


「福井。ここ、空いてるぞ」


 神の一言。いいぞ、岩本くん! もっと言え!!


「班はできるだけ固まって座らないといけないだろ。ここに座ればいい」


 神かよ、岩本くん。そうだ、そうだ。もっと、もっと。


「真面目なんだな。誰もそんなルールを守っているように見えないけど」


 なんで反抗すんだよりょうちゃん。もう高校生なんだからルールを守ろうよ、ああ見えて風見くん達だって守ってんのよ。


「連達のことは置いておき、それ以外は全員守っているぞ」


 ガチ神降臨。岩本くんに続け。


「そうよ龍馬。みんなルールを守っているんだから、あんたも守りなさい」


 りょうちゃんが視線で後ろの女子に視線をやる。あれも同じ班かって聞きたいのだろう。私はため息で答えると通じたみたい。流石は幼馴染。


「あ、福井くん」


 げっ。


 岩本くんの前の席に座る天枷さんが、隣の空席をぽんぽんと叩いた。


 まさか、まさかまさか……!


 買い出しで仲良くなったから隣に誘うのではないだろうか。


 私の心配は加速し、生唾を飲み込んだところで。


「ここ空いてるから、食材ここに置いて良いよー」


 っぶねー。耐えたぁ。


 まじで良かったぁ。あのままりょうちゃんが天枷さんと隣に座るなんて私、耐えられなかった。


 ふふ。これでりょうちゃんと隣に座れる。


 ま、通路を挟んでいるけどね。


 ♢


 バスが動き出して数分。


 風見くんのテンションがやたら高い。


 自分自慢を自分のファンクラブの女の子達に無限ループで話している。


 なにがそんなに良いのやら。顔はかっこいいというより、整っていると言った表現が正しい。でも、なぁんか風見くんってなよなよしいんだよね。ヒョロヒョロだし。


 それに比べてりょうちゃんは本物のイケメンだもんね。この人こそがガチのイケメン。あーまじで付き合いたい……。


 そんなイケメンをチラリと見る。


 横顔もやっぱりイケメン過ぎて、自分の目がハートマークになっているのがわかる。


「龍馬。酔いは大丈夫?」


「だいじょ──」


「「「きゃああああああん♡♡♡」」」


 一瞬、りょうちゃんと目が合って自分の感情が表に出たと思ったけど違った。風見くんのファンクラブの女の子が黄色い声を出しているだけだった。


 あぶな。まじで、無意識に自分が言ったと思っちゃった。


「「……」」


 りょうちゃんと目が合い苦笑いを浮かべる。苦笑いでもりょうちゃんと同じだから嬉しい。


「そういえば、福井と長谷川はたまに絡んでいるところを見るが、付き合っているのか?」


「ぶっ!」


 吹き出してしまった。


 いや、ね。付き合いたいよ。付き合いたいけどさ──。


「それで、長谷川さんと福井くんって付き合っているの?」


 岩本くんの質問を、天枷さんが改めて質問してくる。


 付き合っているって言えればどんだけ良いか。でも、私達はただの幼馴染。


「ただの幼馴染だ」


 先にりょうちゃんが答えた。


「そ、そうよ。ただの幼馴染」


 今はただの幼馴染かもしれない。でも、いずれはあなたの彼女になりたい──。


 ♢


「良い加減にしろよ。俺のことはバカにしてもかまわねぇが、好きな人が傷つくようなことしてんじゃねぇよ!」


 風見くんがバーベキューでパニックになり、暴れ散らかしているところをりょうちゃんが守ったイケメンセリフ。


「「え?」」


 天枷さんと私の声が重なった。


 今のって……公開告白?


「今、天枷さんに告ったよね?」


「だよな。明らかに好きな人を守るセリフだったよな」


「女の子を守りながら勢い余って告白とはエモいな」


騎士ナイトだよ。うわー、ドラマみたい」


 周りの反応からも、公開告白だということが明白になってくる。


 りょうちゃん、本当は天枷さんのことが好き、だったの?


 脳天を殴られたかのような衝撃で私はその場で立ち尽くしてしまう。


 そんな私を置いて、りょうちゃんは人混みをかき分けてどこかに去ってしまった。


 そんな中、天枷さんがりょうちゃんのところへ駆けだした。


 天枷さんが行っちゃう。りょうちゃんへ返事をするために行っちゃう。


 どう返事をするのだろうか。OKするのだろうか。


 そうなったら、私は……。


 このまま二人を一緒にさせるのは嫌だ。嫌だ。嫌だ。


 天枷さんに随分と遅れて、ようやくと私もりょうちゃんの下へと駆けだした。


 ♢


「龍馬」


 りょうちゃんのところに向かった頃には、天枷さんの姿はなかった。どうやら入れ違いになったようだ。


「どうした?」


「あ、や、手は大丈夫そ? あついもの素手で弾いていたでしょ?」


「ああ。水膨れにはなるかもしれないけど、大したことはなさそうだよ」


「そう。良かった」


「それを言うためだけに心配して駆け付けたって感じじゃないよな?」


 りょうちゃんにはお見通したみたい。


「そうね。手が心配なのは本当だけど、気になるのはそこじゃないわね」


「なにが気になるんだよ」


 ここは包み隠さず、気になることをストレートに問う。


「あんた、天枷さんのことが好きなの?」


「なんでいきなり恋ばなが始まったよ」


「い、いいから答えなさい」


 不安で緊張してしまい、上手こと口が動かない。


「別に、ただの学園の二大美女様だろ」


 遠回しの言い方は、つまり好きではないという意味で良いんだよね。りょうちゃんの態度からも、天枷さんが好きだというのは感じられない。


「そう」


 壮大なため息を吐いて安堵する。


 今は彼の遠回しの答えを信じるしかない。


「でも、もう周りの人達は龍馬が天枷さんのことを好きってことになっているわよ」


「……はい? おれが、あまかせを、すき?」


 なんだか宇宙人みたいな返しに笑いそうになるが、そのままりょうちゃんは動揺し出す。


「な、ななな、なんでぇ?」


「そりゃあんた、風見くんから天枷さんを守って『俺の好きな人が傷つくようなことしてんじゃねぇよ!!』なんて公言すればそうなるわよ」


「いやいやいや、待て待て待て! 誰がそんなセリフを吐いたよ?」


「あんた」


「言ってねーわ! 『風見お前が好きな人が傷つくようなことしてんじゃねぇよ!!』だわ!」


 あの言葉はそういう意味だったんだ。どうしてりょうちゃんが風見くんの好きな人を知っているのかは置いておき、言葉の真意を聞けて、どちゃくそに安心する。


 良かった。本当に良かった。


「ま、あんたのことだからそういう意味で言ったんだとは思うわよ」


「それ以外にないっての……え、待って。え、うそ。俺がそんなことを言ったことになってんの?」


「天枷さん本人も含めてそういうことになってるわよ」


「俺、一言もそんなこと言ってないのに?」


「人間はおもしろい方に都合良く脳を改変するからね」


「全然おもしろくないわっ! え、待って。ちょっと待って。俺、さっき天枷に、

『天枷は天枷の気持ちを尊重すれば良い。いきなり答えなんて出さなくても(風見は)待つさって言ったんだけど』」


 さっき、天枷さんが来た時にそんな会話をしていたのね。


 それじゃあ、天枷さんはまだりょうちゃんが自分に告白していると思っているのか……。


「完全に告白の返事待ちをするイケメンのセリフね」


「ぼっちのセリフですけどもね! とか言ってる場合かっ! あわわわ! ど、どどど、どうしよう、葵ぃぃ」


「落ち着きなさい龍馬。あんたは別に天枷さんのことが好きじゃないんでしょ?」


「お、おん」


 改めての精神安定剤な言葉を私の耳から注入してくれて、私の不安という不安は消えてくれた。


「だったら堂々としなさい」


「で、でもよぉ」


「恋愛指南アプリ。教えてあげたでしょ。AIに聞くのもアリなんじゃないかと私は思うわよ」


 りょうちゃんが天枷さんを好きじゃないというのは勘違いだったことが判明したが、天枷さんを含めた周りの人達は、りょうちゃんが天枷さんに公開告白したことになっている。


 この問題を放置するのは危険だ。外堀から埋められてりょうちゃんと天枷さんがゴールインしてしまう未来も考えられる。


 わたしアイリスわたし、両面からアプローチして解決しないといけないだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る