第27話

 長いバスの旅が終わった。


 山の中にあるということだから、やたらめったらなクネクネコースだったな。酔い止めを飲んでいなかったら、ジェネリックぼっちからゲロぼっちに降格していたことだろう。


 そんなクネクネコースを乗り越えて辿り着いたバーベキュー場は、大自然に囲まれた空気の美味しい場所であった。


 広々とした緑の草地。遠くからは小川が流れているような自然豊かな風景。


 キャンプやバーベキューにハマる人の気持ちが良くわかる。


 屋根付きのレンガで作られた簡易的な炉がいくつも並び、各クラス、班ごとに割り振られたスペースへ、色とりどりの食材を用意していく。


「よし、お前ら。早速バーベキューを開始するぞ」


 新島先生の合図の下、俺達六組が動き出した。他のクラスはまだ、うだうだとしている様子が伺える。流石は女軍曹。指揮の速さは伊達じゃない。


「おい福井。さっさと用意しろよ」


 食材係でお役御免だと思っていたため、ぽけーっと完全に油断していた。


「お、俺ぇ?」


 唐突な風見からの指名だったために、なんとも間抜けな声が出てしまう。


「待てよ連。調理係は俺だぞ」


 すかさず岩本がフォローを入れてくれる。いや、フォローというより正論というか、なんというかだな。


「豪気は豪気で調理係の仕事を頼む。おい、さっさと陰キャが買って来た食材を豪気に渡せよ」


 俺と岩本の扱いが天と地ほどの差があんなぁ。ま、別に良いんだけど。


「むっ……」


 俺よりも天枷が怒った様子で風見の方を睨んだ後、武田と岩本に食材を渡す。


「はい、みー、岩本くん。スペシャル陰キャ食材だよ。これでおいしいバーベキューにしてね」


 ものすごいエンジェルスマイルで皮肉たっぷり風見に聞こえるように言ってのける。これは内心やたらめったら怒っていると思う。その証拠に全然目が笑っていません。


「あ、いや……」


 風見の奴も、俺に言ったつもりが天枷に勘違いされてやんの。好きな人をそんな呼び方したら、いくらイケメンでも嫌われるぞ、ばーか。なんて内心でちょっとスッキリしているところに、天枷がこちらをウィンクしてくる。


 いや、あんた、本当に見た目は女優なのに中身はアイドルみたいだね。なんて感心しながらも、風見に言われた通りに準備を開始する。カフェのバイトで培った社畜根性なのかどうかわからないが、このままぽけーっとしているのも性に合わない。


 さてと、まずは火起こしからだな。


 ふふふ。実はマスターの趣味がアウトドアらしいから、少しばかり伝授してもらったのだ。


 まずは着火剤を置く。その上に炭を並べる。この時、炭と炭の間に隙間を作ると空気が通りやすくなるってマスターが言ってたな。


 後はライターで火を付ければ良いと……。


「ねーねー。炭の使い方教えてー」


 ふと隣の炉の班の女子がこちらにやって来る。クラスメイトの女子と、葵だ。


 葵が並んだ炭を見ながら首を傾げてくる。


「あんた、なんで炭の並べ方とか知ってんの?」


 スッと隣に来て感心したような声で聞いてくる葵に、ドヤ顔一つで答えてやる。


「マスターが詳しいから教えてもらったんだよ」


「へぇ。マスターってアウトドアとかするんだ。意外ね」


 葵は何度かウチの店にやって来ているため、マスターの顔を覚えている。確かに、ちょっと見た目がチャラいからアウトドアをしている風には見えないな。


「ふふ。でも、アウトドアが好きな男性って魅力的かも」


「あれ? 意外と野生的な男が好み?」


「どっちかて言うと?」


 ふぅん。意外だな。葵って知的な奴が好きなイメージだったんだけど。でも、確かにガキの頃は足の速い奴が好きとか言ってたから、野生的な男が好きと言われてもおかしな話ではないか。


「おい、そんなんじゃ火なんかつかないだろ。どいてろ」


 爽やかな声を出しながら、俺と葵の間に割って入ってくる風見は、手に持った大量の炭と着火剤を投入した。


 そして爽やかの中にワイルドさを含んだような顔付きで着火。


「これくらい余裕だな」


 ニカっと白い歯を見せて前髪をかき分ける。


 天枷への汚名返上と言わんばかりの甘いマスクを見せつける。


「「「きゃああああああん♡♡」」」


 しかし、その効果は風見ファンクラブの連中には抜群に効くが、天枷は岩本、武田、井上と食材の調理を楽しんでおり、こちらを見ていなかった。


 大事な天枷が見てないぞー、風見。


 もくもくもく──


 いつの間にか俺のところのレンガ炉からものすごい煙が巻き上がる。


「ごほっ! ごほっ! うわっ! なんだ、これ!?」


 あ、おい、我先に逃げるな風見。


 自分でやっておいて無責任なやっちゃ。


「けほっ。ちょっと龍馬。あんたも離れた方が良いわよ」


 むせながらも葵が俺の手を引っ張ろうとしてくれるのを、「大丈夫」と一言。


 確か、風通しが悪いとこういうことになるかもってマスターに教えてもらったな。つうことは単純に風通しを良くすれば良いということになる。


 近くに都合良くあったうちわで風を送りながら、大量の炭を調整。調整というか、風見の入れたものを取り出す作業って感じだな。


 調整を終えると、煙は落ち着いて火起こしが無事に終わる。


「ふぃ。ご苦労さん」


 額の汗を拭い、自分自身に労いの賛辞を送っておく。なんで俺がイケメンくそ野郎のケツを拭かなきゃならんのだと思っていると。


 おおおおおお!


 パチパチパチパチパチパチ!


 唐突に聞こえてくる拍手喝采。


「え?」


 周りを見ると、クラスメイト達が俺へと拍手を送ってくれている。


 すげー。


 なんかマジシャンみたい。


 福井くんってこういうのできるんだ


 そんな声が聞こえて来る。


 普段慣れない拍手喝采にどう反応して良いかわからないため、顔赤くなる。


「いやー、どもどもー」


 小さくぺこぺこしていると葵が呆れた顔をしてこっそり言ってくる。


「ぼっちだから褒められたことあんまりないもんね」


「ほっとけよ」


 二人して笑っているところで、こそこそとクラスメイト達の声が風に乗って聞こえてくる。


 つうか風見ださくね。


 ほんとだよな。完璧イケメンって感じなのに。


 イキった割にって感じだよね。


 逃げ回る時の走り方、本当にサッカー部かよ。


 バスの時からの右肩下りの評価が更に下がっちゃったみたいだな、風見。


 そんな風見がこちらを面白くなさそうな顔をして睨んでいた。


 おいおい。俺を睨むなよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る