第26話

 各クラス、それぞれ割り振られたバスへと向かう。


 俺達二年六組は案の定、『六』の数字が書かれたバスだ。


 バスガイドさん、バスの運転手さんへ、「よろしくお願いします」と小さく言うと、ニコッと営業スマイルで返してくれた。


 バスの内部は、二つの座席が中央を挟んで横四列、縦に一一列がズラッと並んである。最後尾だけ五人座れるようになっている、どこにでもありそうな観光バスだ。


 バスの座席に特に決まりはない。ただできるだけ班で固まって座らないといけない。はずなんだけど……。


「風見くーん。一緒に座ろー」


「は? 連はウチと座るんだけどー」


「なに言ってんのよ。レンレンは私と座るし」


「ははは。みんなで後ろの席に座ろう」


「「「きゃああああん♡♡♡」」」


 うわー。でたよ、風見ファンクラブ(勝手に俺が命名)の連中。班なんて関係なく一番後ろの席を陣取りやがった。最後尾の五席の中心には風見が座り、その横に女子を並べている姿はまさにカリスマホストって感じだ。顔がイケメンなのが更にムカつくポイントだな。


 ま、なんとなくこうなることは予想していた。こいつらが勝手によろしくやっているんだ、俺は俺で勝手に一人で座るとするか。このバスは四十五席ある。二年六組は三十六人。自ずと隣に空席ができるぼっちに優しい世界だ。


「福井」


 空席を探していると、高校生にしては随分と低い声で呼ばれてしまう。


「ここ、空いてるぞ」


 一番後ろから一つ前の二人席。そこの窓際に座る岩本豪気が、ぽんぽんと座席を軽く叩いて教えてくれる。


「班はできるだけ固まって座らないといけないだろ。ここに座ればいい」


「真面目なんだな。誰もそんなルール守っているように見えないけど」


「連達のことは置いておき、それ以外は全員守っているぞ」


 言われて見渡すと、確かにほとんどが……いや、風見達以外は全員班で固まって座っているのがわかる。


「そうよ龍馬」


 ふと通路を挟んで隣の席に座る葵が声をかけてくれる。


「みんなルールを守っているんだから、あんたも守りなさい」


 そんなことを言ってくる彼女に対して、視線を後ろに向けた。「あの女子も同じ班?」と視線で訴えかけると、流石は幼馴染様、通じたみたいで、「そうよ」と言わんばかりにため息を漏らした。


「あ、福井くん」


 岩本の前の席には天枷が一人で座っており、彼女も岩本同様に空席の部分をぽんぽんと叩いた。まさか、天枷も俺を隣にご招待してくれるってのか? ちょっと積極的過ぎやしませんか、二大美女様。遠足でテンション上がっちゃった?


「私の隣の席空いてるから、食材置いて良いよー」


 はい。違いました。遠足でテンション上がってるのは俺の方でした。自重しろよ俺。


「福井くん、全然りーに遠慮しないでいいよ」


「そうそう。りーはジャンケンに負けて荷物置きと化したから」


 天枷の前に座る武田と井上がはしゃいだ声でそんなことを教えてくれる。


「ほんと、りーって昔からジャンケン弱いよねー」


「とりあえずパー出しとけばいいと思ってそう」


「えー。そんなことないんだけどなー」


 あははーと女バス三人組が楽しそうに会話をしている。


「おい、福井。さっさと座れよ。立ってるのお前だけだぞ」


 一番後ろのホスト風味のイケメンに注意されてしまう。


 天枷と喋って嫉妬しているのか、でも今回は正論なために反論できない。くそー。正論イケメンとか真底腹立つな。


 ぶつけようのない怒りを鎮め、天枷の隣に食材を置かせてもらう。


「ほんじゃ俺もちゃんとルールに従うか」


 正論イケメンにもさっさと座れと言われたし、俺は岩本の席に素直に座ることにした。


「悪いな福井。俺は酔いやすいから窓際でも良いか?」


「別に良いよ。酔いやすいなら酔い止めいる?」


「良いのか?」


「俺も酔いやすい体質だからな。気持ちはわかる」


 言いながら自分の鞄より酔い止めの薬を取り出した。


「ほい」


「悪いな。野球の遠征の時もバス移動は多いんだが、いつも酔い止めを忘れるんだ」


「なんかわかるわ。乗り物酔いって意識低いよな」


「ふっ。乗り物酔い同盟がここに生まれたな」


「いやな同盟だな」



 バスが動き出して数十分が経過した。一般道から高速道路に入り、外の景色は同じようなものへと変わってしまう。これから行くキャンプ場には後一時間、二時間ほどかかるとバスガイドさんの説明があった。そんな説明など聞く素振りも見せない風見達の席からは、きゃーきゃーと黄色い声が上がっている。


 いや、なんでそんなに黄色い声が上がるんだよ。言ってることくそださいぞ。


 中学の時は喧嘩で一番だったとか。先生を従えてたとか。サッカーでU―15に選ばれたとか。サッカーの名門校から土下座で入学してくれって頼まれたとか。オンラインゲームでギルドのリーダーだったとか。パズルゲームで世界一位とか。この香ばしい俺SUGEEEEEE自慢のどこに黄色い声が上がるってんだ。


 これも全部顔。顔が良いからなんだろうな。チラリと後ろの席を覗き見ると、女子達は風見の話じゃなくて、風見の顔しか見ていない気がするな。それはそれでどうなんだと思うが、本人は気持ちよさそうに語っているオナニー状態。Win-Winなのだろうな。


「龍馬。酔いは大丈夫?」


 チラリと後ろを見ている時、通路を挟んで反対側の通路側に座って本を読んでいた葵に声をかけられる。


「だいじょ──」


「俺が強い高校に行ったらサッカー界が面白くなくなるからね。弱い高校を全国に導きたくてここに来たってわけだよ」


 風見の奴が急に声量を上げやがった。どこにテンションの上がる要因があったのやら。つうか話がループしているぞ。風見ファンクラブの女子達よ、気が付いていないのか? 


「「「きゃああああん♡♡♡」」」


 ダメだ。気が付いてない。完全に風見の話じゃなくて、風見の顔に酔いしれている。風見の顔のアルコール度数はテキーラショットより濃いのかもしれないな。


「「……」」


 俺と葵は苦笑いを浮かべることしかできなかった。


「そういえば、福井と長谷川はたまに絡んでいるところを見るが、付き合っているのか?」


 ふと、隣に座る岩本からそんな質問が飛んでくる。


 まぁ、普段ぼっちの俺が葵とだけ絡んでいたらそうやって勘違いする人も出て来るのはわかるけど……。


「「ぶっ!!」」


 葵が吹き出すのはわかるよ。当事者だし。ただの幼馴染として絡んであげているだけなのに、付き合ってるとか思われてるなんて最悪、みたいに吹き出すのはわかる。


 でも、なんで風見も吹き出してんだよ。


「あ、それはちょっと気になるところだよね」


 そうやって俺と岩本の前に座る天枷が後ろを向いて話に入ってくる。


「福井くんって一匹オオカミ気取ってるのに、長谷川さんには心開いているよね」


「誰が一匹オオカミなんて気取ってんだよ。ジェネリックぼっちだわ」


「あ、それそれ。そのジェントルマンぼっち」


「きみ、どんな耳してんの?」


「ジェネリックぼっち?」


 俺の造語に岩本が反応する。


「なんだっけ? コミュ力めちゃくちゃ高い孤高の存在だっけ?」


 いつ、誰が、どこでそんなことを言ったんだよ、天枷。


「なるほど。福井は孤高の存在か。わかりみが深い」


「なんで岩本はしみじみと頷いてんだ。どう見ても孤高じゃないだろ。底辺だろ」


「酔い止めをくれたからな。孤高の存在だ」


 こいつ、簡単だな、おい。


「ぷっ。孤高の存在……! ぷっ」


 葵。ぷで始まって、ぷで終わるな。


「こらこら福井くん。恥ずかしいからって話を脱線させて誤魔化すのはいけないよ?」


「脱線の原因は天枷だろうが」


「それで、長谷川さんと福井くんって付き合ってるの?」


 くそっ。話が戻ってしまった。そのまま、うやむやになれば良かったのに。


 ここは素直に幼馴染だと言った方が良いのだろう。しかし、俺達が幼馴染というのは知られていないと思うが、どうしたものかと葵を見る。


 別にバレても良いでしょ、なんて言わんとする目をしていた。


「ただの幼馴染だ」


「そ、そうよ。ただの幼馴染」


「へぇ。幼馴染って存在するんだねー」


 感心した声を出す天枷のところに、武田と井上の声が聞こえてくる。


「いや、ウチらも幼馴染だから」


「小学校から一緒なのは幼馴染でしょ」


「あ、そっか。そうだよね。うんうん」


 へぇ、女バス三人組は幼馴染なんだなーとか感心しているところで、後ろから爽やかで嫌な声が風のように吹いてくる。


「うっせーぞ福井。陰キャがイキってんなよ」


「そうよ。風見くんの話が聞けないじゃない」


「連の話の邪魔すんな」


「レンレンの声が聞こえないじゃない」


 俺え? 今の俺のせいなの?


「すまんな福井。俺が話題を振ったから」


 こそっと謝ってくれる岩本に、「全然大丈夫」と答えておく。


 それにしても風見の奴、俺のこと目の敵にしてるくらいに絡んでくるな。


 俺、なんかしたか?

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