遠足編
第25話
遠足の前日は楽しみで眠れない。
だなんてガキ臭くてしょうがねぇ。
もう高校生なんだ。遠足の前日くらい通常通りに眠れるわい。
なんて強がりを言える立場じゃないんだな、俺は。
そもそも俺は遠足の前日は眠れないタイプだ。
小、中の遠足や修学旅行の前日は寝不足になっていたな。
高校に入ってぼっちになったから普通に眠れるタイプに変わってしまっただけであり、本来ならば遠足の前の日なんて胸がドキドキで眠れない。
遠足の日に頭の中がめちゃくちゃクリアになってるってのは、なんともまぁ皮肉なもんである。
脳内爽快でいつもの制服ではなく、私服に着替える。
こういう課外活動には制服やら学校指定の体操服やらの学校も多いと思うが、我が校は私服で行くことになっている。
所謂、なんでもOKなもんで、制服でも体操服でも良いんだろうが、そんなものを着てくる奴はいないため、悪目立ちしてしまうだろう。
今でこそジェネリックぼっちだってのに、ここであえて制服をチョイスして悪目立ちしたら真性ぼっちになっちまうだろうから、そんなヘマは踏まない。
葵プロデュースの私服に身を包み、肩には天枷と買いに行った食材を持って、いつもより早く家を出た。
「おはよ、龍馬」
玄関を開けた先には葵がお出迎えしてくれる。
「相変わらずオシャレだな」
「別に今日はバーベキューで服が汚れても良い服にしたんだけど」
葵の服を見ると、白のトレーナーにスカートで髪の毛はポニーテールにしてある。
「汚れても良い白?」
「この服もだいぶ着ちゃったからね。そろそろ引退ってことで着てきたのよ」
「服に引退ってあんの?」
「なるほど。そりゃ魂の炎を消さずにいられるわけか……」
呆れた様子で言われてしまうと、葵が思い出したように言ってくる。
「あんた、酔い止めは持って来た? 今日のバスは長いみたいよ。バーベキュー場で山の方に行くみたいだからクネクネコースよ。あんたは乗り物酔いが激しいんだから、今のうちから飲んでおきなさいね」
まるで弟を心配する姉のように優しく言ってくれる。
「大丈夫だっての。酔い止めは飲んで来たし、持って来ている。もし吐いた時のための着替えも持って来た」
「……着替えってもしかして……」
「ふふふ……」
俺は鞄から筆記体で書かれた英語のギラギラの服を取り出して葵へ見せつける。
「一軍の服をベンチにするのは心苦しいが、考えようによっちゃクローザーとして用意してある」
「一生出て来て欲しくないクローザー。あんたにピッタリなのは敗戦処理だよ」
「言い過ぎでは?」
「ちなみにそれ、『私はとてもイケメンのスカンク』って書かれているわよ」
イケメンのスカンクって書いているんだ……。
はぁ、とため息を吐いてから切り替えるように話題を戻す。
「バスのエチケット袋は遠慮なく使いなさい。あと、辛くなったらいつでも私に言いなさい。先生に言って席変わってもらうから」
「いや、おかんかっ!」
「あんたのおかんなら、もっとまともな服を買ってあげるわよっ!」
「あ、てめっ! ママのファッションセンスをバカにすんな!」
「あんたのママをいじれるくらいにあんたのママとは良い関係よっ! あんたのお母さんは私のお義母さんよっ!」
「え? 今、明らかにお義母さんって言ってない?」
「な!? そんなこと、あるような、ないような……ええい! さっさと行くわよ!」
葵は恥ずかしくなったのか、さっさとエレベーターの方へと向かって行った。
♢
学校の正門前にはクラス分のバスが路駐してあり、なんだか非日常感を醸し出している。
今日は教室には行かずに中庭集合となっており、中庭に立っているそれぞれの担任の先生のところへと登校した旨を伝えることになっている。
中庭を歩いていると、なんだか物凄い違和感を覚える。
いつもは制服を着ている学校の人達が、今日は各々私服を着ているもんで、なんだかいつもの学校なのに違う学校に来たかのような錯覚に陥る。
「おはようございます。新島先生」
葵と一緒に新島先生の下へ向かう。
先生は有名スポーツブランドのジャージを着ており、そのスタイルの良さからジャージなのにやたらめったらオシャレに見えた。
「うむ。福井。長谷川。おはよう」
先生が出席簿にチェックをしているところで、「あおいー!」とクラスメイトの女子が葵を呼んだ。
チラッと俺を見て、迷子の子みたいな顔をするもんだから吹き出してしまった。
遠足という独特な雰囲気に流されて、俺に気を使っているみたいだな。
「同じ班の子だろ? なんか話でもあんじゃないの?」
「……ごめんね。龍馬」
やっぱり気を使ってやがる。唯一の幼馴染でめちゃくちゃありがたいことだが、葵には葵の人間関係があるのだから、そっちも大事にしなくてはいけないだろう。
「長谷川と同じ班だったら良かったのにな」
「先生が班を決める時に仕組んでくれたら良かったのに」
「ちゃんと仕組んでやったろ。まずは男女別に決めてからってやつ」
「あれって仕組みだったの?」
「当然だろ。高校生にもなってきっちり男女三人ずつなんて平成の忘れ物な班の決め方は私らしくない。本当は生徒の自主性に任せて自由に決めさせてやりたかったのに、福井のせいであんなレトロな決め方になったんだ」
「俺のせいかよ」
「冗談だ。でもまぁ、多少は福井贔屓な決め方を選んだことに違いはない。これは他言無用で頼むぞ」
そう言って、人差し指っを立てて口元にもっていく姿はチャーミングである。
「他言無用もなにも、俺には先生の弱味を言う相手すらいませんがね」
「今はいるじゃないか」
「はい?」
「ほら」
先生が視線で差した先には、「福井くーん」と手を振ってくれている天枷の姿があった。彼女の周りにはゴリゴリの運動部班である風見班の連中がいる。
「この遠足で友達ができるといいな」
「友達ねぇ……」
苦笑いを浮かべて天枷のところへ向かう。
「お前まじで調子乗ってんなよ」
風見が睨みつけてくる。なんで睨みつけてくるのか。おそらくは天枷に手を振られたことによる嫉妬だろう。男の嫉妬なんて惨めだねぇ。
「おせーんだよ。出席取ったらチンタラしねぇでさっさと来いや。イラつくな」
あははー。せんせー。こんなのと友達なんかになれる気しねーっす。
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