第23話
葵が大事なところで連行されてしまい、耳に付けたワイヤレスイヤホンは悲しくもただの耳栓と化してしまった。
耳栓からはなにも聞こえず、ただただ俺の耳を塞ぐだけのものになってしまったもんだから、天枷にバレないようにこっそりとワイヤレスイヤホンを取り外した。
アドバイスを聞けないまま、天枷とはちょっぴり気まずい時間の中で遠足の買い出しという本日のメインが終わってしまった。
「えっと、終わっちゃったね」
ショッピングモール内を出口に向かって歩いていると、天枷が少しの苦笑いを浮かべて沈黙を破ってくれる。
「だな」
五円で買った大きめの袋を軽く持ち上げて答えてみせると、またまた沈黙がやってくる。
天枷は部活後で疲れているんだ。時間に比例して言葉数が少なくなるのは当然だろう。しかし、彼女との関係がまだまだ薄いために、なんとなくこの沈黙は気まずい。関係の深さってのは本当に大事だよね。
こういう時の恋愛指南アプリだってのに、葵の奴連行されやがって。帰ったらいじってやろうかしら。
「あ……」
天枷が声を漏らして唐突に立ち止まる。
なにかあったのか、彼女の視線を追ってみる。
視線の先にはショッピングモール内のフリースペースというか、イベントスペースというか、なんというか。そこは週変わりでイベントが行われる場所で、大抵は物産展が開かれることが多い。先週は北海道物産展だったね。
ガンッという音がのこちらに聞こえてくる。
『ああー! 惜しいー! 次は入れましょう!!』
今日は、『フリースローチャレンジ』という名目でその場所は盛り上がりを見せていた。
日曜日のお父さんが小学生の娘にかっこいいところを見せたいみたいで、腕まくりをしてバスケットボールをバスケットゴール目指してシュートを放つ。
ガンッ! シュッ。
ボールはゴールの縄を通り抜けた。
『おめでとうございまあああす! どうぞ、こちらで景品をお受け取りください』
日曜日のお父さんのシュートは見事に決まり、娘さんにかっこいいところを見せれたことに心の中で拍手を送っておく。
隣を見てみると、天枷はしっかりと拍手を送っていた。
「女バスの実力を見てみたいな」
「ええ!?」
こちらの願望にちょっぴり焦る天枷が可愛くて少し笑ってしまった。
「で、でも、どうやって参加するかわからないし」
「お買い上げ五千円以上のレシートでフリースローにチャレンジできるみたいだぞ」
看板にある説明文を読んでやると、天枷が思い付いたように返してくる。
「福井くん。買い出しのレシートはみんなのお金なんだから使うのはどうかと思うんだよね」
「何言ってんだよ。その服、天枷の買い物だろ?」
「あ……」
どうやら言い逃れはできないと察したのか、天枷は視線を逸らした。
「私、フリースローって苦手なんだよね」
どうやらそれが本音らしい。
レイアップは天使のように美しいのだが、誰しも得手不得手があるもんだ。
「そっか。残念だ。じゃあ、行こうぜ」
強要するものでもなし。スパッと諦めて歩みを始めようとしたところで服の袖を掴まれる。
「ちょっと福井くん」
「ん?」
「今の感じを出されちゃ女バス部員としては見過ごせないよ。女バス魂に火がついちゃった」
「今のどこに着火ポイントが?」
「そんなあっさりとされたら女バスとしての名が廃る」
どうやら、俺の態度が気に食わなかったみたい。面倒くせぇなぁ、運動部。
♢
そんなわけで行列に並ぶこと数十分。意外と早く順番が回って来た。
「さぁ次は、こちらの女性の挑戦です」
わーわー、パチパチと現場の盛り上がりは完全に出来上がっている。吹き抜けのところでやっているから、ギャラリーが一階だけではなく、二階、三階といる。
「まずはレシートの確認をさせてもらいますね」
そう言って司会役のハッピを着た店員さんが天枷のレシートを確認すると、「はい、確認しました」と言って彼女へバスケボールを渡す。
「三回投げて一回でも入れば景品を差し上げます。三回連続で入れば豪華賞品ですから、頑張ってください」
「はいっ」
歯切りの良い声で返事をした天枷は女バスの癖なのか、その場でダムダムとボールを弾ませた。
彼女の横顔は、それはそれは集中しているみたいで真剣な眼差しをしている。
こんなお遊びでそこまで真剣にならなくともと思うが、こんなお遊びでも真剣になるくらいに彼女はバスケが好きなんだと実感できる。
そんな彼女の横顔はいつもの愛らしいものではなく、背筋が凍るような美しさがあった。氷の芸術と見ているかのような感覚に陥ってしまう。
「……!」
シャッと放たれたシュート。
ボールは綺麗な弧を描き、吸い込まれるようにゴールへと入る。
おおおおお──!
観客がわいた。
パチパチパチと拍手の音が鳴り響く。
そんなことも気にならないほどに集中しているのか、天枷はゴールだけを見つめていた。
ガンッ! シュッ。
二回目のシュートはバックボードに当たり、そのままゴールを揺らした。
「彼女さん、凄く上手ですね」
司会役の店員さんが目を丸めて俺へと言ってくる。
ここで彼女じゃないと否定して会話が長くなるのもなんだし、天枷には悪いけどそのまま返すことにする。
「現役のバスケ部なんですよ」
「おお。これは本日初の三回連続が決まるか」
いつからやっているかわからないが、今日は三回連続で入れた人っていないんだな。まぁ、こんだけギャラリーがいたら緊張もするよね。
そんな中、天枷はサラッと三本連続でシュートを決めていた。
「おめでとうございます!」
「──あ……ありがとうございます」
ここで集中を切り、いつもの天枷へと戻った。
「さて、彼氏さんも挑戦しますか?」
「彼氏!?」
集中していたみたいで、さっきの会話はまるで耳に入ってなかった天枷が、ぎょっと驚くような顔で俺を見ていた。
「私達って付き合ってたの?」
「客観的にそう見えたんなら、わざわざ否定すんのも面倒だから良いかなって」
「それもそうだね。店員さんは私達が付き合ってようがなかろうが関係ないもんね」
天枷から随分とドライなお言葉を頂戴する。でも良かった。あんたなんかと付き合ってるとか思われたくない、なんて言われたらどうしようかと思ったわ。
「すみません。レシートがないんで──」
「ちょっと待ちなさい、彼氏くんやい」
店員さんへ断りを入れようとした矢先、天枷がノリの良い声で俺の言葉を遮る。
「あら不思議。ここにもう一つのレシートが」
含みのある笑みをしながら、レシートをひらひらとさせてやがる。お返しに天枷へ思いっきりのジト目をプレゼントしてやる。
「彼女さんやい。買い出しのレシートはみんなのお金なんだから使うのはどうかと思うんじゃなかったかい?」
「私だけにフリースローやらせて福井くんだけ逃げるのは男らしくないなー」
「一理あるな」
「ありゃ。福井くんってノリいいね」
「ノリの良いぼっちとは俺のことだぜ」
俺は天枷からレシートを取ると店員さんへと見せた。
「すみません。俺もやって良いですか?」
店員さんへレシートを見せると、「もちろんです」と答えてくれた
「彼女さんにかっこいいところ見せてください」
レシートの代わりにバスケットボールとプレッシャーを受け取ってしまう。
ダムダムと天枷の真似をしてドリブルみたいなことをして集中を高めていく。
「福井くんってバスケ経験者?」
天枷が横で首を傾げて聞いてくる。
「ふっ。バスケ、サッカー、野球。俺の地元じゃ球技とゲームができない奴に人権なんてなかった」
「そんな過酷な地元で育った福井くんはさぞバスケがうまいんだね」
「まぁ見とけよ。左手は──添えるだけっ!」
♢
「あははー! 残念だったねー」
フリースローが終わり、大笑いをしている天枷と出口の方へと歩いて行く。
「左手は添えるだけだからボールが全然届かなかったね」
「うるせ。ほっとけ」
バスケってこんなに難しかったかな。と思い知るほどに俺のフリースローは悲惨な結果で幕を閉じた。全球ゴールに届かず。店員さんもギャラリーも苦笑いで終わってしまった。
彼氏恥ずかしー。
つうか釣り合ってねー。
なんであんな子があんな彼氏を選ぶんだ?
なんて声が聞こえていた気がする。
わかってんだよ、ばゃきゃろー。ジェネリックぼっちが天使みたいな美人と釣り合っているわけねぇんだよ! つうか察しの通り付き合ってねぇよ!
「しかしまぁ、豪華賞品ねぇ」
マイナスの感情のまま、いちゃもんをつけるように天枷の持っているものに視線をやる。
「えー、豪華賞品だよ。プロバスケチームのキーホルダーなんだし」
言いながら天枷がバッシュのキーホルダーを見せてくる。今回のイベントはプロバスケチームが主催だったみたいだな。俺は詳しくはないが、バスケ好きの天枷には豪華賞品ってわけか。
「はい、福井くん」
天枷がこちらにバッシュのキーホルダーの片足分を渡してくる。
「嫌味か? これを見る度に今日のことを思い出せと?」
「違う違う。単純なお礼だよ。フリースロー誘ってくれてありがとう。私って案外フリースローできるんだなぁわかって嬉しかったからさ」
「学校で付けて天枷と本当に付き合ってるアピールしてやるぞ?」
「これで福井くんもぼっち卒業って感じ?」
ノリの良い返しが、全くと良いほどに脈をないのを感じる。もし、天枷に片思いをしていたら絶望だったろうな。
「さっさと卒業してぇよ」
言いながらキーホルダーを受け取ることにする。
「ふふーん。お揃いだねー」
でもまぁ、脈はないだろうが、さっきのなんとも言えないちょっぴり気まずい雰囲気ってのが消えてくれて良かったよ。
天枷との関係が少しだけ縮んだ気がした。
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