買い出しデート(天枷本番編)

第21話

 本番の日曜日を迎えた。


 待ち合わせ場所は昨日と同じく地元の駅に午後一時集合ってなわけでやって来たんだが。


『天枷さんって龍馬と同じ地元?』


 片耳に付けたワイヤレスイヤホンからアイリスの声が聞こえてくる。


 今日は女性と二人っきりになる経験が乏しい俺の強い味方としてアイリスが見守ってくれることになっている。


 遠くの方で葵本人の姿を確認できるんだけど……。


 初めてのおつかいを見守るお母さんかっ。


 変なデカサングラスにマスクの変質者御用達なアイテムを重装備。これで葵も立派な変質者としての一歩を踏み出したんだなぁとしみじみ思う。


「っぽいよな」


 中身が変質者の金髪ツインテールアバターへ曖昧に答えてやる。


 そういえば、俺が働いているカフェ・ファルサは地元にあるのに、天枷は部活終わりに来ていたよな。それを踏まえてこの地元の駅に集合ということは、天枷はここら辺の人間ってことになる。


「福井くーん。お待たせー」


 午後一時ジャスト。時間ぴったりに天枷がご来場。


「いや、俺も今来たところ──」


『ぶっ!!』


 振り返ったところで、なんか知らんがアイリスが吹き出した。


「良かったー。ちょっと部活が押しちゃって、間に合わないかと思ったよー」


 走って来てくれたみたい。中腰になり、ぜぇはぁと息が荒れていた。


「連絡くれれば良かったのに」


「約束したんだから無理に変えるのも悪いし。それに女バスダッシュを使えば間に合うと思って」


「女バスダッシュのおかげで待ち合わせ時間ジャスト。すごいな」


「えへへ。スピードには自信があるからね」


 ブイっとピースサインを送ってくれる姿は、女子としてではなく、人として可愛いと思ってしまう。


 はぁ、はぁ、よし。なんて、もう息を整えた天枷が背筋を伸ばした。


「それじゃ、行こっか」


「そだな」


『待て待て待て!』


 耳からアイリスの待ての指示が入ってしまう。


 なんで待たないといけないのか意味がわからないため、司令部へ確認を取る。


「なんだよ。待ち合わせ合致の前菜会話としてはそこそこ良かったろ?」


 天枷に気が付かれない程の小さな声で返してやる。


『ファッション!』


「ファッション? いや、ファッションは昨日幼馴染が選んでくれた、どちゃくそイケてる服着てるから問題ないだろ」


『あんたはどちゃくそイケてるわよっ!』


「普通にありがとう」


『じゃなくて天枷さんっ! 天枷さんのファッション!!』


「天枷のファッションんん?」


 アイリスが指摘する天枷のファッションを見てみる。


 ピンクのシャツ。スカート。スニーカー。


 別段おかしなところはない。


「どうかした?」


 俺が天枷を見るもんだから、彼女が首を傾げてくる。


「んにゃ、なにも」


『んにゃ、なにも、じゃなあああい!!』


 キーンっと耳からバカでかい声でツッコミを入れて来やがるな、この自称AI様。


『ショッキングピンクに英語が書かれたシャツ。モスキートグリーンのパンツ。それにその蛍光色の靴! 昨日あんたが履いてたのと同じじゃない!』


「あ、足が速くなる靴ね。だから天枷は足が速いんだな」


『なに上手いこと言ってんのよ!』


「でも足が速いおかげで待ち合わせに間に合ったんだぞ」


 そう言ってやると、呆れたため息が聞こえてくる。


『いや、その服はやばいでしょ。ださいとかそんなんじゃなくて、その英語の意味わかってる?』


「なんて書いてあるの?」


『「私は便所」』よ!」


「エロ漫画歓喜」


『言うてる場合かっ!』


 葵よ。その距離からのグラサンでよく天枷の着ている服の英語が読めたな。つうか、サラッと英語読める辺りに頭の良さが垣間見える。そりゃこんなアプリも使っちまうくらいだもんな。


「でもよ、アイリス。外人だって漢字で、『大便』だの、『小便』だの、『痔』だの書かれたシャツ着てるし問題ねぇだろ」


『だからあれはカッコよくて、美人な外人だから許されるわけであってね』


「だったら天枷だって美人なんだから許されるだろ」


『あ、龍馬が人のこと美人とか言った! 美人とか言ったああ!!』


 なんで小学生みたいな泣きそうな声を出してんだよ。


『私は言われたことないのに! 言われたことないのにいい!』


「ちょ、あんまでかい声出すと音漏れしてバレるからやめろって」


『……むぅ』


 納得いっていない様子だが、声を抑えてくれたみたい。あのままだったら俺の鼓膜が逝ってしまっていたな。


『こんなの流石に酷いじゃない。龍馬みたいなくそださぼっちが頑張ってオシャレしたのに』


「それはどういう感情で言ってるの? 褒めてる? 貶してる?」


『向こうがこれじゃ、龍馬が頑張ってオシャレした意味ないじゃない』


「オシャレにしてくれたのは葵なんだがな」


 でもまぁ、そうやって言ってくれるのは俺を気遣ってくれているわけだよな。それに、俺の服を一緒に選んでくれた葵の行動が無駄になっちまう。俺にはファッションなんて全然わからないから天枷のことを言える立場じゃないのは重々承知だが、ここは葵の気持ちを汲んで天枷へ指摘しても良いのかもしれないな。


「天枷、その服……」


 どう指摘したものか手探りで言葉をかけると、彼女は察したようで、自分のシャツを摘んで見せた。


「あ、ごめんね。私、ファッションセンスないみたいで。友達にもよく言われるんだ。直そう、直そうとは思ってるんだけど、服に時間かけるならバスケ優先になっちゃうんだよね。あはは」


 苦笑いを浮かべる彼女を見て、アイリスからの声が入る。


『ま、まぁ、こんなファッションをしてるのは、「どうせ龍馬との買い出しだし部屋着でいっか」なんて無碍に扱っているわけじゃないのはわかったわ』


 ワイヤレスイヤホンの奥から、はぁと大きなため息が聞こえてくる。


『私が服を選んであげるから、一緒に買いに行きなさい。このままじゃ龍馬がオシャレをした意味がない』


 そんな指令が入る。


 アイリスがそう言うのならば、ここは指示通りに動くとするか。


「天枷。服、買いに行こう」


「え、でも、買い出しが……」


「買い出しなんてすぐに終わるしさ。バスケで忙しいからこそ、こういった時が買いに行くチャンスなんじゃない?」


 提案したあとに気が付くが、男子と、しかもこんなぼっちと一緒に買い物なんて嫌なんじゃないかと思う。


「う、うん。そうだね。こんなチャンスあんまりないかもだし。遠足も近いもんね」


 流石はフッ軽のゴリゴリな女バス部員。別にぼっちの男子と一緒に服なんて余裕って感じだな。


「福井くん、付いて来てもらっても良い?」


「もちろん」


 そう言って俺達は歩み出した。


「って、おい。アイリス。また都心に行くのか?」


『安心しなさい。地元の駅前のショッピングモールで十分よ。そこで服を買えばついでに遠足の買い出しもできるでしょ』


「なるほど。流石は恋愛指南アプリ」


『はぁ……成り行きとはいえ、なんで私、服を選ぶとか言っちゃったんだろ……もう……私のバカ……』


「ん? なんか言ったか?」


『なんでもないわよ、ばか』

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