第19話
大通りを少し外れ、裏道を歩くとなんとも敷居の高そうな店があった。
レンガ造りで控えめな看板が出ているだけの強気なスタイル。
「さっきの小洒落たカフェとは違うけど、ここも雰囲気良さそうじゃない?」
葵はオシャレな店に行きたかっただろうから、見た目重視で選んでみる。
「いや、どう見ても高そうじゃない。学生が入る店じゃないわよ」
「そうかぁ?」
控えめな看板には、『週替わりランチプレート(¥1,200)』、『日替わりパスタ(¥900)』、『自家製プリンとコーヒーセット(¥700)』と書いてある。
「案外リーズナブルじゃない?」
「ほ、ほんとね」
「行ってみようぜ」
店の玄関を開けた瞬間、クラシックなジャズが聞こえてくる。
「場違いじゃない?」
少しばかり心配する葵をよそに、ウェイターがやって来てくれる。
「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
「はい。二人です」
ピースサインをウェイターさんに返すと、「お席にご案内いたします」と俺達を席に案内してくれる。
この店の内装は、木目調のテーブルと椅子。壁にはアンティーク風の絵画やミラーが飾られていた。
席数は少なく、隠れ家てきな落ち着いた雰囲気を醸し出している。
カウンターには常連客と思しき人とマスターが談笑しているのが伺える。
「こちらの席にどうぞ」
案内された席に腰掛けると、「メニューがお決まりになりましたらお呼びください」とウェイターがはけて行く。
「ちょ、ちょっと龍馬。ほんとに大丈夫な店なの? 中もめちゃくちゃ高そうよ」
コソッと言ってくる葵に、「大丈夫だろ」と適当に返す。
看板のメニューはかなり安かったため、メニュー表に載っているものが高いのであれば看板のメニューを頼めば良いだけだろ。
「あんた、なんでそんなに余裕なのよ」
「ま、俺もオシャレなカフェで働いているからな」
「くそぼっちで、訳わからん服を着ていたくせにムカつくわね」
「くそじゃなくてジェネリックぼっちな。あと、俺の魂の炎は葵によって浄化されちまったから、今は普通の高校生だろ?」
「返しも一丁前にムカつくわね」
初めてのオシャレな店で緊張していた葵は、俺の発言にいつも通りになっていってくれた。
「あ、ほんとだ。普通のファミレスよりちょっと高いくらいなのね」
メニュー表を見た葵からは緊張と不安が消え失せた。
♢
結局俺達は看板メニューに書いてあった『週替わりランチプレート(¥1,200)』を注文。ランチプレートの中身はハンバーグ定食であった。
「そういえば龍馬って、風見くんと同じ班になっちゃったのよね」
もう店に入る前の不安は本当にどこかに行ってしまった葵が、遠足のことについての話題を提供してくれる。
アイリスの時は天枷の話題ばかりなので、こんな話題が出てきてちょっぴりだけ驚いてしまう。
「なんで風見の話題?」
そう言うと、葵は俺をからかうような顔をする。
「んん? もしかして龍馬以外の男の子の話題を出したから嫉妬してるのかしら?」
「んなわけねー」
いや、内心はちょっとしていたりして。葵と男の話題なんてしたことがないからな。
「ふぅん。ほんとかしらねー?」
ニタニタと笑ってきやがりますよ、このツンデレ幼馴染様。
「そ、そういえば、よく風見と喋ってるのを見かけるけど、仲が良いのか?」
「仲良かったらどうするぅ?」
このツンデレ幼馴染め。これ見よがしにおちょくって来やがる。
「葵が誰と仲良くても俺には関係ねぇし」
「へぇ。じゃあ、私が風見くんと付き合ってもどうでも良いの?」
「お前もその他大勢の女子と一緒で、あんな見た目だけの奴が良いのか?」
「おやおや? 嫉妬かな? 龍馬くぅん?」
「やめろ、そのキャラ」
ツンデレがして良いキャラじゃねーぞ。
「ふふ。冗談。風見くんと付き合いたいなんて思わないわよ。二年連続で同じクラスのよしみだから絡んで来るだけ」
ここでホッとした感情になるもんだから、やっぱり俺は嫉妬していたのかもしれないな。
しかし、ここで天枷の話題じゃなくて風見の話題なのはなにかあるはずだ。
ま、まさか……。
「風見と友達になれとか言わないよな?」
悪い予感を言葉にしてみせる。
葵は俺のために脱ぼっちを手伝ってくれている。風見は陽キャうぇーい族のリーダー各。友達になれば脱ぼっちの上に陽キャうぇーい族の仲間入りを果たすことになる。
「逆よ、逆。風見くんには気を付けてって言いたいの」
「気を付ける?」
葵は難しい顔をしてみせた。
「風見くんは相手を決めつけて話す癖があるからね……」
「そう言えば、俺はぼっちじゃなくて陰キャって言われたな」
「風見くんの中でぼっちってのいうのないんじゃないかな。陽キャと陰キャで判断して喋っているんだと思う」
「なんだそれ」
「自分の認めた相手意外は見下してんでしょ。人としてどうかとは思うわね」
「葵は風見に対して良い印象がないんだな」
「まぁね。人で判断してしまうのは人間誰しもあるから仕方ない部分があるけど、見下すのはどうかと思うわ」
「じゃあ、葵は風見に話しかけられるから認められてんだな」
「……別に認められたくなんかないんだけどね」
ベッと可愛らしく舌を出す。
「悪意なく絡んで来てるのに私が嫌悪感を出したら、こっちが悪者でしょ」
「そりゃそうだ」
「私には悪意はないけど、見た感じ龍馬には悪意むき出しよ。だから気を付けてって言いたくて」
なぁんか葵が一級フラグ建築士に見えるんだけど、気のせいだよね。うん。
「気をつけるよ」
なにをどう気を付ければ良いかなんてわからないが、意識するのとしないのでは雲泥の差だろう。
少しの注意で物事は変わる。
風見にはなにかしらを注意しておこう。
♢
葵とそのまま遠足の話をしたり、学校の話や、家族の話で盛り上がっているところで、彼女が化粧室へと席を外した。
そういえばこれって、明日の天枷との練習のためにやってんだよな。
だったら、女子への神対応ってのをやってみても良いかもな。
「すみません」
ウェイターを呼ぶと、すぐさま反応してこちらに来てくれる。
「先に会計を済ましても良いですか?」
カフェのバイトの時、たまにこれをやる人がいる。
ちょっとかっこいいし、俺もやる機会があればやってみたいと思っていたんだよね。これをやられた女性で悪い顔をした人を見たことがないし。
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウェイターが一礼すると、すぐにお金を置くトレイのカルトンと伝票を持って来てくれる。
カルトンに札を置くと、すぐさまお釣りを持って来てくれる。
うむ。席での会計ってのはかっこよさより楽さが勝つな。ファミレスとかハンバーガー屋じゃできないからね。
お釣りを受け取り、ウェイターと入れ替わりで葵が戻って来た。
「ごめんね、龍馬。お待たせ」
「んにゃ。それじゃ、そろそろ行くか」
「うん」
俺達は席を立ち、玄関の方まで向かう。
途中、会計のところで葵が立ち止まって財布を取り出したので、サラッと言ってやる。
「会計は済ましたぞ」
「は? え?」
驚いた顔をする葵に対して、ウェイターさんが、「ありがとうございます。またお越しくださいませ」と一礼してくれたのを背に店を出た。
「あ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ」
店の外で焦った葵が俺を止めてくる。
「うまかったな」
「おいしかったけど、え? いつ会計済ましたの?」
「さっき」
「な、なんで……」
「そりゃ今日は葵に付き合ってもらってんだから俺が出すのが当然だろ。バイトもしてんだし」
「そうだけど、そうじゃなくて……」
あたふたとしながらこちらに言ってくる。
「な、なんでファッションセンスは皆無なのに、こんなオシャレなことできんのよ」
「お。ファッションセンス抜群の葵からそんな言葉をもらえるとはな」
これなら明日もばっちりかな。
「服も私好みになって……こんなことされたら……」
ぶつぶつとなにかを呟いているかと思ったら、キリッとこちらを睨んでくる。
「せっかく都心の方まで来たんだから、徹底的に遊ぶわよ」
「おっけー」
俺達は大通りの方へと戻って行った。
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