買い出しデート(葵練習編)

第16話

 遠足までの日にちが迫って来た土曜日。


 日曜日は天枷と買い出しの約束。


 俺──福井龍馬は、葵以外の女子と休日にお出かけなんて初めてなわけで、それの予行練習で葵に付き合ってもらうことになった。


 葵以外の女の子と出かけたことがないのに、葵と出かけて練習になるのかどうかは、どうか見逃して欲しい。練習相手が葵しかいない。これがジェネリックぼっちの痛いところなのだ。悲しいよね。


 葵との待ち合わせは地元の駅前。


 俺としては一緒に家から行けば良いんじゃないかと思ったんだが。


『いい? 家から一緒に行くなんてナンセンスだから。絶対に集合してから行くのよ』


 アイリスに釘を打たれてしまった。


 まぁこれはあくまでも天枷と買い出しの予行練習。


 天枷と家から買い出しに行くはずもなし。練習の意味を込めての待ち合わせなのだろう。


 ただ、そこまで再現をするのであれば時間帯も再現すれば良かったのではなかろうか。


『幼馴染とのデートは朝からが鉄板よ。朝』


 アイリスに時間を指定されてしまった。


 なぜ、どうして、朝なのかを尋ねると。


『れ、練習なんだから時間が長い方が良いでしょ。幼馴染もきっと朝からの方が良いはずよ』


 そんなことを言うので、だったら朝からってこととなり、地元の駅前に九時に集合との話になった。


 俺が待ち合わせ場所に到着したのは朝の八時三〇分。これじゃ平日の学校と変わらんな、とか眠たい瞼をこすりながら葵を待つ。


 ジェネリックぼっちの俺でも女子を待たすのはいけないことくらいわかっている。だから三〇分前行動を心掛けた。


「早いわね。龍馬」


 後ろから声をかけられて振り返るとそこには──。


「葵……」


 水色のカーディガンにスカートを履いた葵の姿があった。髪型は低めのツインテールにしている。


「すげーオシャレだな」


「これくらい普通よ」


 オシャレと言われて嬉しそうにしているのも束の間。


 葵がこちらをジト目で見てくる。


「それより、あんたの格好はなんなの?」


「ふっ。俺も気合いを入れて来たぞ」


 ドおおおおおンと腰に手を当ててドヤ顔一つ。


「あんた、まじで言ってんの?」


「ちょっとオシャレ番長が過ぎたか?」


 こちらの言葉に葵は手で顔を覆ってしまった。くしゃみでも出そうなのかな。


「そのシャツ……なに? 炎でも吐くの?」


 俺の黒に炎が描かれたシャツを指差して言ってくる。


「俺の魂はいつでも燃えてるって意味で最高のシャツだぜ」


 炎の部分を親指でトントンと叩いて、熱い思いを吐き出した。


「……」


 なんかちょっとスベった感じになっているのは気のせいだろう。


「そのズボン。なんでそんなにチャックあんのよ」


「最近流行りの収納術だ。ほら、ここにはハンカチ。ここにはティッシュ。家の鍵に、自転時の鍵。あと、あめちゃん」


「ドラEもんかっ!」


「そんなに褒めるなよ」


「……」


 葵は視線を下に向ける。


「その蛍光色の靴は?」


「足が速くなるらしい。これで俺もモテモテだ」


「小学生かっ! いや、今時の小学生にも失礼だわっ!」


「お前もガキの頃は足が速い人が好きとか言ってたろ?」


「それは……ええいっ! 次っ!」


 葵は俺の腕元を見てくる。


「なんなの!? その鎖!」


「腕にチェーン巻くのはマストだろ?」


「マストじゃなくハズレよっ! ばかっ!!」


 葵が俺の腕のチェーンを引っ張ってくる。気分は無理矢理に引っ張られているバカ犬だ。


「いてて! おい、葵。朝っぱらからのチェーンを使ったSMデートは過激過ぎるぞ。いくら俺のオシャレ振りに発情したとしても、もう少し落ち着けよ」


「こんなもん見せられたら発情じゃなくて発狂よっ! こんな奴の隣なんか歩けるかっ!」


「だから俺を犬の散歩みたいに扱うのね」


「今時の犬の方がよっぽどオシャレよっ! ばかっ!」


 いつものツンデレな感じではなく、本気のばかを頂きました。


「いてて……それで、俺はどこに連行されてんだ?」


「あんたの収容先は駅前のアパレルショップよ。そこで一旦服を買うわ」


「服なら着てんだろうが」


「裸の方がまだマシよ!」


「なるほど。筋肉が一番のオシャレってことかい」


「違わなくもなくなくなくない……ええい! ごちゃごちゃ言わずに行くわよっ!」


「いでで!!」


 チェーンを引っ張られて辿り着いた地元の駅前のアパレルショップ。


 そこはシャッターで固く閉ざされていた。


「アパレルショップの開店時間は大体が十時か十一時。基本だね」


「あんたに言われたくないわよっ!」


 葵がしゃがみ込んでしまった。


「うそでしょ……あと最悪でも二時間はこの炎野郎の隣を歩くことになるの?」


「まぁまぁ。炎のあめちゃん食べる?」


 俺はいちご味のあめをしゃがみ込んだ葵へあげようとする。


 こちらを睨み付けてくる葵の眼光はかなり怖かった。


「食べるっ!」


 そう言ってあめちゃんを口に含むと、舐めるのではなく噛み砕いた。


 怒っておりますなぁ。


「あんた、遠足の買い出し──」


 言いかけて咄嗟に言葉を変えてくる。


「遠足もその服で行くの?」


 葵は咄嗟の切り返しが上手いなぁ。アイリスのことを知っている身としてはそのままポロっと言われても気にならないんだけどね。


「当然。この魂の炎をみんなに見てもらう」


「だめだこいつ、早くなんとかしないとぼっち街道まっしぐらだわ」


「ぼっちじゃなくてジェネリックぼっちな」


「うっさいわよ、ばか」


 呆れたように言われると、「流石にこの格好は天枷さんに失礼過ぎる……でも、それはそれで……」なんてぶつぶつ考え込んでいた。


「よし、わかった」


 葵の中で議決案が固まったらしい。立ち上がって言ってくる。


「こうなったら今から都心に行って、龍馬をメイクアップするわよ」


「ええ? 既に完成してるのに?」


「やかましっ! 未完成は黙っとけ!」


 ひでー言われようだ。


「そうと決まれば早速電車に乗って都心の方まで行くわよ!」


「あ、ちょ! チェーン引っ張んなって」


 俺は相変わらず犬以下みたいな扱いを受け、駅の改札の方へと向かって行った。

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