第14話
バイトが終わり、家に帰って床に着いてからふと気が付く。
「ちょっと待て。これってデートなのでは?」
天枷のフットワークがあまりにも軽すぎて気が付かなかったが、休日に男女が出かけるのを通常はデートと呼ぶはず。
いや、待て待て。それは早計か。
ただの遠足の買い出しだぞ。それをデートとか思っているようじゃ俺は拗らせぼっちと思われちまう。
だがしかしだな──。
♢
『普通にデートでしょ』
「そうなるかー」
自分の中であまりにもわからない案件だったため、こういう時こその恋愛指南アプリってなわけで、アイリスへ相談したわけだ。
「でもだぞアイリス。たかだか遠足の買い出しでデートってのはいかがなものかな?」
『別に本人達がどう思おうが勝手だけど、休日に男女が出かけるなら客観的に見てデートよ。ふんっ』
「不機嫌?」
『別に!』
めっちゃ怒ってらっしゃる。
『なんで休日なのよ……部活終わりのちょっとした時間でしょ、普通……』
アイリスは怒った様子でぶつくさと呟いていた。この状況で話しかけると……。
「あのー……」
『なによ!』
「ひぃぃ……」
こりゃなにを言っても怒られるやつだな。
でも一応、アイリスは恋愛指南アプリなんだからアドバイスは欲しいところ。
「ま、まぁ、天枷とデートだろうが、デートじゃなかろうが、買い出しだろうが、なんだろうが、休日に出かけるのには変わりない。俺は幼馴染以外と出かけたことがないからどう接したら良いか教えてくれ」
『そんなの自分で考えなさいよ。コミュ力お化けのぼっち』
「おい、自称恋愛指南アプリ! 働けっ!」
『だって、そんな、休日とか……』
拗ねたような声を出したかと思うと、『あ……』となにか閃いたような声を出した。
『あんた、どちゃくそ可愛い幼馴染の女の子がいるわよね』
「どちゃくそ可愛い幼馴染の女の子がいるぞ」
正直に言うと、『あ、えと……』と髪の毛を弄って照れていた。
『えへへ……』
絵に描いたようような照れ笑いを披露してくれる。
「なんでアイリスが照れとるんだ」
設定を忘れているぞ、葵。
『おっと……』
顔を軽くぱんぱんとして、でも、ちょっとニヤついた顔で言ってくる。
『あ、あんた。その、どちゃくそ可愛い幼馴染とデートの練習しなさいよ』
「でぇとのれんしゅうぅ?」
アイリスの突拍子のない提案になんとも言えない声が出てしまった。
『そうよ。買い出しが日曜日なら、土曜日に幼馴染を誘ってデートの練習をしなさい。これは名案だわ』
「名案ねぇ……」
でも確かに、いきなり天枷とふたりっきりの休日を過ごしたら間が保たないかも知れん。それで、「コミュ力は高くても、所詮ぼっちか」とか言われたらジェネリックぼっちの名が廃る。真性ぼっちとジェネリックぼっちには超えられない壁があることを証明するためにも、葵とデートの練習というのは必要かも知れん。
「そうだな。幼馴染に手伝ってもらおうか」
『そうしなさい』
「でも、どうやって誘ったら良いんだ? デートの練習に付き合ってってのは失礼じゃない?」
『それはあんたが考えなさいよ』
「おい、恋愛指南アプリだろ」
『だから天枷さんとの恋愛指南はしてるじゃない。一人一つまでよ』
「容量スカスカかよ」
『もう……しょーがないわね』
やれやれと肩をすくめながら、アイリスがアドバイスをくれた。
『幼馴染なんだからなんだって良いのよ。どこに行くとか、なにをするとか、本当になんだって良いの』
「電話でもLOINでも良いのか?」
『あんたからの誘いならなんだって嬉しいと思うわよ。きっと』
そう言った後に、自分の発言が恥ずかしくなったのか、急に慌て出す。
『だから、ほら、さっさと幼馴染を誘ってどこにでも行きなさい』
そう言い残してアイリス側から強制終了しやがった。
「……今、全部事情話したからLOINで良いよな」
LOINから葵とのトークを開く。
その時に、ふとアイリスのアドバイスが頭を過ぎる。
『誘う時は優しく、丁寧に』、『あんたからの誘いならなんだって嬉しいと思うわよ』
葵は全部知っているだろうが、俺に気が付かれていないと思っている。脱ぼっちのためにこんなにも付き合ってもらっているんだ。いつもみたいに、「明日遊ぼうぜ」みたいなノリじゃなく、女の子を誘う感じにしないと、付き合ってもらう意味がない。
「そうなると、どうやって誘うか……」
葵を誘う時って特に目的もなしで誘ったりするからな。あいつもフットワークが軽いからなんでも付き合ってくれるし。
「そういえばちゃんと誘ったことなんてなかったな」
ボリボリと頭をかいて、どうやって、どこに誘うか考える。
改めて葵を誘うというのは難しい。
「……わっかんね」
布団に寝転がっても葵への誘い文句というのは思い付かず。
ちょっと夜風に当たろうかと部屋を出てリビングへ。リビングはもう暗くなっており、隣の和室のふすまも閉められている。父さんと母さんは寝ちゃったみたいだな。二人は明日も早いから、起こさないようにソッとリビングの大きな窓を開けてベランダへ出る。
春の夜はまだ少し肌寒い。だけれども、着実に暖かくなって来ている日々に少しの高揚感を覚える。春の夜というのもオツなもの。
「ふんふんふ〜ん♪ まだかなぁ……えへへ〜♪」
『緊急時はここを破ってください』の壁の向こうから鼻歌が聞こえてくる。
「葵?」
「きゃ……!」
声をかけると、可愛らしい悲鳴が春の夜空に響いた。
「龍馬……?」
ベランダの柵から軽く乗り出して、見慣れた美少女が顔を覗かせた。
「あんた、こんなところでなにしてんのよ」
「そのセリフをそのまま返そう」
「は、はぁ? べ、別になんだって良いでしょ。ここは私の家なんだし」
「そのセリフもそのまま返そう」
「龍馬のくせにムカつくわね」
そう言いながら葵は頭を引っ込めた。
「夜中に鼻歌を歌うほど良いことがあったか?」
「なっ!?」
葵の再登場。
「や、やや! べ、別に鼻歌なんて歌ってないわよ!」
「夜中に鼻歌を歌うと蛇が出るぞ」
「それは口笛でしょ」
「そうだっけ?」
「な、なんでもいいわよ。わ、私は別に鼻歌なんか歌ってないし」
ふんっと、また葵が頭を引っ込めた。
なんかもぐらたたきみたいだなと勝手に想像して吹き出してしまった。
こんなしょうもないやり取りが俺達だよな。
「なぁ葵。今度の土曜日、一緒にどっか出かけようぜ」
「行くっ!」
コンマ一秒で再三の登場を果たした葵を見て、やっぱり吹き出してしまった。
「もぐらたたきみたい」
「もぐらぁ? なによ、それ」
「あはは。頭出したり、引っ込めたりがもぐらたたきみたいだと思ったんだよ」
「はぁ、なにそれ。信じらんない。普通、女の子にそんなこと言わないでしょ」
「ごめん、ごめん」
「ほんと、普通の女の子だったら縁切られているわよ」
「だったら葵は普通じゃないってか」
「揚げ足とんな、ばか」
怒ったあとに葵が切り替えるように言ってくる。
「土曜日。楽しみにしてるから。ちゃんとエスコートしてよね」
「ああ」
こちらの返事を聞くと、カラカラとリビングへの窓を開けて開けて中に入って行く音が聞こえた。
「結局、いつも通りの誘い方になっちまったな……距離が近過ぎるってのも難しい……」
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