第13話
カフェ・ファルサ。
カジュアルなイタリアンカフェにユーモラスな小物が揃ってある。
壁には壊れたように見せかけた時計が飾ってあるが、ちゃんと秒針を刻んで俺にバイトがあと何時間で終わるかをいつも教えてくれる。傾いた絵画は、どれくらいの価値があり、誰が描いて、なんで傾けているのかは謎である。マスター曰く、なんかオシャレ、らしい。
テーブルや椅子はアンティーク風で、どこか演劇の楽屋を思わせる。
コーヒーの香りを嗅ぎながら、ファルサの制服に着替えた。着替えたといっても、制服のブレザーを脱いだ代わりにエプロンを着けただけのシンプルなスタイル。
「マスター。今日の六時半くらいにクラスメイトと相談があるので、一テーブル借りて良いですか?」
キッチンに立つマスターの
俺より長身で少しだけヒョロっこい茶髪のマスターは酷く驚いた顔をしてみせた。
「龍馬くんの口からクラスメイト、だと?」
「わかります。俺もクラスメイトの女子が店に来るなんて思いもしませんでした」
「しかも女子!?」
マスターは茶髪の髪をかきむしりながら、思い出したように笑う。
「あ、あー。幼馴染の葵ちゃんかい。そういえば同じクラスになったと言っていたね。なんだよ、驚かせるなよ。びっくりするじゃないか」
「葵じゃありませんよ」
「なん だと……!?」
「思いっきり間をわざとらしい反応ですね」
「妄想じゃないのかい?」
「ジェネリックぼっちの俺に葵以外のクラスメイトがやって来るなんて妄想だと思いますよね。ですが現実です」
「そ、そうか……龍馬くんもついにジェネリックぼっちを引退ってわけか」
「そうなりたいところですが、今度の遠足の買い出しの相談なので、まだまだジェネリックぼっちは継続です」
「しかしこれは脱ぼっち脱出のチャンスじゃないだろうか。僕は龍馬くんを応援するよ。もちろん、席は使ってくれて構わない」
「マスター」
うるっ。
「ありがとうございます」
「あ、その分の給料は差し引いておくからね」
「ですよねー」
♢
お店は大盛況! ってわけじゃなく、まばらだ。
そりゃ平日ど真ん中なもんで、満員御礼ってわけにはいかない。
カフェ・ファルサの客層はちょっぴり高め。紳士、マダムが多いが、若いカップルや夫婦なんかも顔を出してくれる。
カランカランとドアの鈴の音が新規のお客様のご来店を教えてくれる。
「いらっしゃいませ」
鈴の音が鳴ると、接客用語を放つパドロフの犬状態でドアの方へと足を向ける。
「やっほ、福井くん」
そこには見慣れた学生服にエナメルバッグを背負った部活帰りの二大美女がひとり、天枷愛理が降臨なさった。
学園の二大美女は学園を離れてもやっぱり美女だが、そこはまだまだ高校生。大人なカフェにちょっぴり背伸びしてやって来た美少女っ感じで初々しい雰囲気を醸し出していた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。お席にご案内しますね」
「ふふ。はーい」
俺は店長から前もって空けてくれていたテーブル席へ向かう。
ふたりして向かい合って座り合い、俺はエプロンを脱いだ。
「ごめんね。よくよく考えたら、仕事中にやって来るなんて迷惑だったよね」
「そんなことはない。この時間は給料も出ないんだ。俺は客だ」
気遣いではなく本当のことを説明しておく。
「そういうこと」
俺達の会話が聞こえて来たのか、マスターがお冷を持ってご登場。
俺と天枷の前にお冷を置いてくれると、彼女へ話しかける。
「龍馬くんがクラスメイトを連れて来てくれるなんてこちらとしても嬉しいですからね。ごゆっくりして行ってください」
「はい。ありがとうございます」
「部活終わりでお腹が空いているだろうからなんでも注文してね。ここは龍馬くんの給料から引いておくから」
「そうなりますよねー」
「ははは。注文が決まったら教えてね」
楽しそうに笑いながらマスターは他のお客様の接客へと向かって行った。
「人の良さそうな店長さんだね」
「お世話になっているよ」
実際、こんな高校生を雇って親身に接したくなるんだ。尊敬するレベルで感謝している。
「バイトか……私がしているところなんて想像もつかないや。福井くんは凄いね」
「天枷は昔からバスケ一筋?」
「うん。小学生の頃からずっとミニバスしてて、そっからずっとバスケ部だよ」
「なにかをずっと継続できている人の方が凄いと思うけどな」
「もう社会に貢献している福井くんの方が凄いよ」
「上下関係の厳しい部活を、好きで貫ける人の方がよっぽど凄いさ」
「むぅ。譲らないね。福井くんって結構頑固?」
「じゃあ俺の方が凄くて、天枷の方が凄くない」
「急に受け入れた」
あははと笑い合い、俺達は注文をすることにした。
♢
天枷は俺に気を使ったのか、家に晩御飯があるとのことで安いカフェオレだけを注文してくれた。俺もこの後すぐにバイトに戻るため、コーヒーを頼んだ。
互いにコーヒーカップが半分程度になったところで、雑談から本題へと移る。
「準備係の買い出し、どうしよっか」
天枷の言葉に腕を組む。
「平日の夜は天枷は部活だし、俺はバイトがあったりなかったり。しかも食材だから、遠足の日に近いところで買いに行かなきゃいけない」
「食材が傷んじゃうもんね」
「やっぱりさ、俺がバイトを調整して、遠足の日が近い平日に一人で買いに行くのがマストなんじゃない?」
「だめだよ」
天枷は首を横に振った。
「あんな雑な決め方された福井くんを一人で行かすなんて、私は嫌だ」
風見の鶴の一声に納得いっていないご様子。
「天枷は優しいんだな。でも良いんだぞ。俺としては班決めでもっと惨めな思いすると思っていたんだ。それなのにあっさり決まってくれた。言い争うくらいなら準備係くらいするさ」
「優しくなんてないよ。これは福井くんの問題で、本人がなんとも思ってないのに、私があんなの見て嫌な気持ちになっただけ。だからこれは私の自己満足なんだよ」
「天枷の自己満足なの?」
「そうそう。私の自己満足。だから買い出しには一緒に行ってもらいます」
「自己満足に付き合えってことね」
「そゆこと」
やっぱり優しいな、天枷。それが本心でも、本心じゃないとしても、俺を気遣ってくれていることに変わりはない。
本人が自己満足だってんなら、それに付き合ってやるとするか。
「自己満足ってんなら休日返上で行くしかないぞ。でも、女バスって休日も部活だろ?」
「休日か……」
天枷はエナメルバッグから可愛い犬の手帳を取り出した。
「天枷は手帳派なのね」
「スマホより断然手帳派」
言いながら彼女は手帳を指でなぞっていく。
「遠足の二日前の日曜日は午前練で終わりだから、午後からなら空いてるよ」
「良いのか? 部活終わりのしんどい後に買い出しなんて」
「全然余裕だよ。女バスの体力ってすごいんだから」
まぁ、あのゴリゴリ具合を見たらそうなんだろうと納得してしまう。
「じゃあ、そこで買い出しに行こう」
「決まりだね」
天枷はすぐさまペンを動かした。
買い出しについての話し合いは案外スムーズに進んだ。
学園の二大美女は愛嬌のあるコミュ力お化けだからこんだけ話が進むんだろうな。
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