第11話

 本日はカフェのバイトがあり、いつものルーティンがちょっとばかし変わる。


 バイトはいつも夜の一〇時に終わり、そこから家に帰って晩御飯を食べてからシャワーを浴びて、夜の一一時には就寝という簡単な流れ。


 だけど今日は班決めがあった。


 一時間後には今日という波乱の日が過去になってしまう。


 今日伝えたいことは過去になる前に今伝えよう。


 ということで、俺はバスタオルで頭をガシガシとさせながら自室の学習机に座り、恋ナビAIを起動させた。


『また私に会いに来たのね』


「メンテナンスは終了したんだな」


『ふん。頻繁にメンテしてやるんだからね』


「いや、それはどうなんだよ」


 学生の葵の都合なんだから理由はわかるんだけどさ。これ、葵って気が付いてなかったらまじで違和感しかないアプリってなるぞ。


『それで、今日はどうしたのよ?』


「ああ。実はさ──」


 葵も大体は話の内容はわかっているだろうが、今日の班決めのことを話しておく。


「──ってなわけで、俺はパシリで準備係になり、優しい天枷が道連れになってしまいましたとさ」


『優しい天枷ねぇ。ふぅん。あんた、そんなに天枷さんのこと好きなんだ』


「話聞いてました? なんで今の話でそんな展開になるんだよ」


『だって、女の子に優しいとか言うなんて、好きってことじゃない。私は言われたことないのに……』


 唇を尖らせて拗ねたような声を出されてしまう。


 それはアイリスではなくて葵という意味なんだろうな。


 そりゃ葵のおかげで真性ぼっちじゃなくてジェネリックぼっちになれているから感謝はしているけどさ。いちいち優しいって言うのもなんか違うくないかな。


「アイリスと出会ってまだ日が浅いんだけど」


 今の相手は葵ではなく、アイリスだ。そう答えるのが無難だろう。


『むぅ』


 更に拗ねちゃった。


「あー、はいはい。アイリスは優しいねー」


『適当な感じがムカつくけど、まぁいいわ』


 次にアイリスが恥じらいながらボソッと言ってくる。


『幼馴染の子にも言ってあげた方が良いかもね』


 なんでこいつは俺に幼馴染がいるのを知っているのやら。しかし、ツッコミを入れていたらキリがない。


「わかったよ。また言っておく」


『わかればよろしい』


 そうやって嬉しそうな顔を見せるアイリスの笑顔は、夜なのにアサガオみたいに綺麗であった。


「それでさ、アイリス。ちょっと相談なんだけど」


『このアイリスに任せなさい』


 ちょっとご機嫌に返してくれるアイリスへ、今回アプリを起動させた理由を話す。


「天枷は無理して俺に合わせただけだからさ、買い出しは俺だけで行ってやった方が良いよな」


『あんた、ばかね』


「え、だめ?」


『一緒に買い出しに行けるんだからふたりっきりのチャンスじゃない。ガンガン押し倒せば良いのよ』


「いや、部活もあるしさ。効率を考えてもひとりで行けるんだから天枷に申し訳ないだろ」


『あんた、ほんとばか』


 心底呆れたような声を出されてしまう。


『やっかいな先輩に言われるよりも龍馬を優先してくれたんでしょ。だったら断る方がよっぽど失礼よ』


「あ……」


『あんたは気遣ったつもりでも、相手にとっては迷惑ってこともあるんだからね』


 そう、だよな。ここで俺が変な気遣いをしてひとりで買い出しに行ってしまったら、せっかくの天枷の気持ちを踏みにじることになる。


 ここは一緒に行った方が良いんだな。


「ありがとう、アイリス……って、なにを悶絶してるんだ?」


『特大のブーメランをくらって大ダメージを受けているところよ』


「ブーメラン……」


 あー、なるほど。


 俺のスマホへ強制的にアプリを入れた件のことを言っているのかな。


 葵は俺を気遣ったつもりでも、俺にとっては迷惑かもって思っているのかね。


「このアプリを使って良かったよ。色々助かってる。本当にありがとう」


 あえて名前は呼ばずに感謝の意を示す。


 俺は葵の行動を迷惑だなんて思っていないと表現したつもりだけど、伝わったかな。


『ふ、ふん。ま、まぁ、なんかあればまた会いに来なさいよ』


 そう言い残すとアプリが強制終了した。


「あ、このアプリ向こうからも消せるんかよ」



 翌朝。


 今日は母さんが遅番らしく、珍しく家にいたのでお弁当を作ってくれた。


 久々の母さんの弁当を持って、「いってきます」を言うと、「いってらっしゃい」と返してくれる。


 やっぱり、いってきますに返答があるのは良いものだよね。


「おはよ」


 玄関を出ると、目の前に葵が立っていた。


「おはよ。葵」


 挨拶を返すと、ジト目で見てくる。


「なに? なんか嬉しそうだけど、良いことでもあったの?」


 どうやら俺は嬉しそうな顔をしているらしい。自分ではわからないが、嬉しそな顔をしているのならば、それは母さんがいってらっしゃいを言ってくれたからだろう。


 そんなことを素直に言うと、マザコンぼっち認定されそうなので黙っておく。


「もしかして、連絡先を交換した子とうまくいってるとかでにやけてんの?」


「いや、そうじゃねぇよ」


「じゃあ、なによ」


「秘密」


 大したことでもないのに引っ張るから葵が、「言いなさいよ」とか詰め寄ってくる。


 マザコンぼっち認定は勘弁なので話題を適当に変えたいところだ。


 そこで、アイリスに言われたことを思い出す。


「優しい、か……」


「は?」


「葵。こうやって朝、一緒に登校してくれてありがとう。優しいよな、葵は」


「は、はあ? な、なによ、きゅ、急に」


「んにゃ、ただなんとなくだよ」


「ば、ばかじゃないの。きゅ、急にそんなこと言ってくんな。ふんっ!」


 言葉では強がっているが、その実、葵の顔は真っ赤にして照れている。


 やっぱり言って欲しかったんだな。


 言葉ってのは言わないと伝わらないよな。それは幼馴染でも。家族でもなんでも。

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