第8話
昼休み。
立ち入り禁止の屋上に吹く春の風。遮るものがないこの場所に吹く風は温かくも優しく俺を包んでくれる。
別に立ち入り禁止の屋上へ無理くりに乗り込んだわけではない。これはまぁ、新島先生との交換条件ってやつだ。
「やべーな」
三円で購入したビニール袋から、コンビニで買ったたまごパンを取り出して頬張る。最近の物価上昇に伴ってコンビニ飯の値段もグッと上がってやべーな。しかし、今は情勢のことではなく、自分の心配をしなければならない。
「ぷはぁ……」
目の前で新島先生が電子たばこを吸っている状況はやべーな。校内は禁煙。もちろん、電子たばこもだめ。なのに学校の女軍曹みたいな先生が余裕で校則を破っておいでなのやべーな。
だが、これが新島先生との交換条件だ。先生が屋上でたばこを吸っているのを目撃した俺は、賄賂として屋上の鍵を入手した。これで便所飯ではなく、シャバで堂々と飯が食えるってもんさ。
あ、うん。別に先生が屋上で校則破りの電子たばこを吸っているのがやべーなじゃないんだよ。
班決め。
これほどまでに恐ろしいものはない。
陰キャ、陽キャ、それぞれに友達がいる。グループがある。だから班決めなんて特に困ったことはないだろう。しかしだね、俺みたいなジェネリックぼっちは葵しかいない。葵以外と班になった日にゃそれはそれはおそろしい時間が待っているのだよ。
「確かに、去年の福井の様子から今年もやばそうだな」
俺の漏れた声が聞こえたのか、先生が反応した。
「事情を知ってるならなんとかしてくださいよ、先生」
「悪いな。私は学校教諭だ。ひとりを特別視するわけにはいかん」
「電子たばこがバレて、俺にだけ屋上の鍵を渡すのは特別視ではない?」
「ふっ」
余裕しゃくしゃくの笑みで、前髪をふさぁっとかき分ける。彼女の仕草は、仕事のできるキャリアウーマンを彷彿とさせた。
「痛いところを突かれてしまったな。謝れば良いのか? すみません、ごめんなさい。たばこを吸わないとやってけないので見逃してください」
しごでき女軍曹みたいな先生が秒で謝ってくる。どんだけたばこ吸いたいんだよ。
「言いませんよ。先生とはWIN‐WINの関係でいたいので」
先生のことをチクって便所飯になるとかまじでごめんだわ。むしろ感謝しているくらいだ。
「でもですよ先生。去年の惨劇を知っているのであれば、もう少し班決めの考慮を願いたい」
去年の遠足の班決めは自由であった。
生徒の自主性を重んじる新島先生なりの配慮であったのだろうが、人数的に俺だけが余ってしまった。去年は葵とは違うクラスだったこともあり、フォローしてくれる人はゼ〜ロ〜。
ええ? 福井くん余っちゃったの?
どの班も規定の人数なんだけどね。
え、どうする? 入れる?
でも……。
あー、じゃあウチの班に入る?
え、でもそれだと……。
そうだよね。
「辛すぎるだろっ!」
ちょっと優しくされるのも惨めだったわ。結局、先生と一緒の班になったわ。バスもバスガイドさんの隣に座ったわ、ちくしょうがっ。
「疑問なんだが、福井。お前はどう考えてもぼっちになるようなタイプには見えんのだが、どうしてぼっちなんだ?」
「ぼっちじゃない! ジェネリックぼっち!」
「すまない。ぼっちにも種類があったんだな。今の若い子の言葉はわからん。至らぬ先生を許してくれ」
「うるせー! ぼっちに種類なんかあるかっ! ちくしょうがっ! ちょっとでも自分のぼっち具合を緩和させるために言ってるだけじゃい!」
「どうどうどう。落ち着け福井。先生が悪かった」
ふーふーと息を整え、先生の質問に答えてやる。
「結局、何事もスタートが大事なんですよ」
「ほう」
「俺は地元から少し遠いこの学校に来ました。葵以外に知っている人はいません。それでまぁ、入学初日に困っているおばあさんを助けたら遅刻しちゃいましてね。入学式に遅刻してくるイキった奴認定をちょっとばかし受けまして、誰もしゃべりかけて来ませんでした」
「そういえば遅刻してきていたな。そんな理由があったのか」
「そうです。まぁ別にイキった奴認定はすぐに解けたんですよ。解けたというか、みんなの興味がなくなったというか。でも気が付けばクラスにはそれぞれグループができてしまい、なんとなく俺ははじかれたって感じです」
「小、中の時も今と同じように長谷川だけしか友達はいなかったのか?」
「小、中の時はぼっちじゃなかったですよ。小学生から一緒の顔なじみなので話しかけやすいし、かけられやすい。だからなんとなく誰かと一緒にいることはできました。それも全部葵が繋いでくれた関係ですけどね」
「なるほど。小、中は不特定多数の誰かとは一緒にいられたからコミュ力はある方ってわけか」
「そうですね。人並みにコミュ力はある方だと思います」
苦笑いが出ながらも先生へ続ける。
「ただ高校は地元ではありませんから、今までの自分じゃ通用しない。葵も違うクラスだった。結果、見事にジェネリックぼっちの完成です」
「どうしてそのまま地元の高校を選ばなかった? そうすれば少なくともぼっちじゃなかったろうに」
「それこそ友達が欲しかったんですよ。地元の顔なじみってだけの関係ではなく、葵の力を借りずにちゃんと友達と呼べる間柄の人物が欲しかった」
そう言ったあとに自虐的に笑ってしまう。
「ま、結果は言わずもがな。地元にいる時より酷くなってしまいましたけどね」
「お前も色々と苦労してんだな」
ぷはぁと口から煙を撒き散らして、先生は電子たばこを胸ポケットにしまった。
「そうですよー。めっちゃ苦労しているんですから、今年の班決めはよろしくお願いします」
「善処しよう」
そう言って屋上を出て行く先生の背中を、カツサンドを食べながら見守り、LHRの時間に期待することにする。
そして昼休みが終わり、LHRが始まった。
「よし、班決めだが。男女別で三人班を自由に決めてくれ!」
あんのドS三十路!! 俺の話、全然善処してないじゃん!
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