第5話

 俺──福井龍馬は、バイトのない日は夜の七時くらいに夕飯をとってから風呂に入り、部屋でぐだぐだしてから寝る。


 というのがいつものルーティン。


 そのぐだぐだの内容は、スマホのゲームアプリや動画やらを見て終わる。


 なんて、どこにでもいそうな男子高校生の夜のルーティンなんだけど、今日はいつもと違う。


『おつかれー(絵文字キラキラ)福井くんと連絡先交換するとは思ってもなかったよ(絵文字キラキラ)これからよろしくねー(絵文字キラキラ)』


「すげー。これが葵以外との同級生JKのLOINというものか」


 目がチカチカしやがるぜ、ちくしょー。


 とか思っている矢先に、『よろしくたのむ』と書かれた犬のスタンプが送られてくる。


「これがスタンプというものか……」


 葵とのやり取りは──。


『晩御飯そっち』


『り』


 みたいなやり取りで終わるからな。


 普通のJKはこういうLOINをするのだな。凄いというかジェネレーションギャップというか。いや、ジェネレーションは一緒だから、ただのギャップか。


「さて、これをどう処理するかが問題になるわけだが……」


 こちらから連絡先を聞いておき、しかも向こうから連絡をくれたのに既読スルーなんて失礼にも程がある話だ。


 しかし、何度も言うが俺は家族やバイト先以外で葵としかやり取りをしない。スタンプはおろか、絵文字なんて使ったこともなし。


 文面は大体、『り』か『よろ』の三文字しか使わないエコノミー運転仕様。もちろん、葵に聞きたいことがある時や、バイト先にはちゃんとした文を送るが、基本は、『り』と『よろ』の二択。


 そんなLOIN初心者が、LOIN上級者になんの戦力もなしに返信するなんて論外だ。戦場にパンイチで挑むが如く愚かな行為。


「こうなったのも葵のせいだし、ここはアイリスを召喚するか」


 俺ひとりじゃ天枷に失礼なLOINしか返せないだろうから、恋ナビAIを起動する。


『ふんふん、ふーん♪ ふふふ♪♪』


 やたらめったら上機嫌な声が聞こえてくる。しかもめちゃくちゃ声が響いていた。画面上では、金髪ツインテールの美少女が鼻歌を歌っているだけに見えるんだが、多分、おそらく、きっと、風呂だな。あいつスマホを風呂に持っていくタイプだもんな。


『ふふ♪ なにはともあれ今日はりょうちゃんと──』


 目が合った。


『きゃああああああ!!』


 アイリスが自分の腕で胸を隠すような仕草を見せてくれる。そして、バシャバシャと水が弾ける音だけが聞こえてくる。


『えっち! 変態!』


「男は皆変態だとあれほど言っているだろうが」


『こんな可憐な美少女のお風呂を覗くなんてサイテー! 覗くなら一緒に入ってあげるんだから、堂々と誘いなさいよ!!』


 やっぱり葵は風呂に入っていたか。少し申し訳ない気分になるのと同時に、設定上はアプリなんだからそれは仕方なくないかと思ってしまう。


 つうか葵のやつ、焦ってとんでもないこと口走ってんぞ。今度、堂々と誘ってやろうかしら。


「なんでアプリを起動しただけで怒られにゃならんのだ」


『あ……』


 そこでようやくと俺がアプリを起動したことを理解して冷静になる。


『え、AIだってお風呂に入るんだから、やたらめったらと起動するんじゃないわよ』


「それだとアプリの意味がねぇだろうが」


『それは……ええっと……あはは。そ、そんなことよりもなにか用?』


 話を捻じ曲げやがった。


 ネタは割れてるから別に良いんだけどさ。


 AIの設定にこだわるより、今の問題の解決が最優先だな。


「実はさっき天枷からLOINが来てさ。返信をどうしようか悩んでいて」


『ふ、ふぅん。天枷さんから早速とLOINがねぇ』


「どう返せば良いと思う?」


『どういう内容が来たのよ』


 俺のスマホの情報をインストールしてんなら、LOINの内容くらい勝手に読み取りやがれ。なんて言うのは野暮ってもんか。


「まぁ、これからよろしくって感じかな」


『少なくとも、「り」とか「よろ」みたいな返信はやめた方が良いわね』


「そりゃそうだ」


『……うーん。まぁこっちから連絡先を聞いといて、「よろしくー」ってだけで返すのも味気ないわよね』


 あーでもない、こーでもない。なんてアイリスが一緒に考えてくれる。


『だめだわ。「よろしく。今日はお互い居残りで作業お疲れ様」くらいの浅い回答しか出てこないわね』


「いや、普通にそれで良いじゃん」


『気に入った?』


「気に入った。絵文字やスタンプはどうしたら良いと思う?」


『人によるから難しいよね。絵文字がないと怒ってると思う人もいれば、単純に読みづらいって言う人もいるわよね』


「絵文字よりスタンプ押したら大丈夫かな?」


『良いんじゃない? 文だけよりはスタンプ押しても。って、龍馬ってスタンプ持ってんの?』


「初期スタンプなら」


『だめよ。初期スタンプ押すなら押さない方がマシ』


「えー。じゃあどんなスタンプが良いと思う?」


『そうねー。ネコのスタンプとかどうかしら』


 それは葵が好きなだけでは? とツッコミそうになるが、せっかくアドバイスをくれたんだから、素直に乗るとしますか。


「んじゃスタンプでも買ってくるわ」


『いてらー』


 完全にアイリスではなく素の葵が出ていたのをスルーしておき、俺は一度アプリを落とし、LOINのスタンプショップにて可愛いスタンプを探した。


「よし。買って来たぞ」


 律儀にアプリを再起動させてアイリスへ報告しに行った。


『どんなのにしたの?』


 声はもう響いてなかったため、風呂から上がったのだろう。


「ネコ」


『ふふん♪ アドバイス通りにしたのね。ネコは最高よね』


 嬉しそうな顔を見せるアイリス。そうだね。葵はネコが好きだもんな。野良ネコともすぐに仲良くなれるし。


「とりあえず、これで天枷にLOIN返すわ。ありがとな、アイリス」


『役に立てて良かったわよ』


「ああ。それじゃあ、またな」


『あ、龍馬……』


「ん、どうした?」


『いや、その……』


 アイリスは少し言いにくそうにしながら、声を潜めて言ってくる。


『これからは、その、他の人にもさ。もう少し長い文を心掛けても良いんじゃない?』


 それってのは葵へ送る時のことを言っているのかな?


 もしかしたら、葵は短すぎる文に不満があったとかかな。


「ん。これからはアイリスのアドバイスを活かすLOINを心がけるよ」


 答えるとアイリスは可愛らしく微笑んだ。


『私のありがたいアドバイスを心に刻んだのならよろしい。精進しなさい』


「精進するよ」


 そう言ってアプリを落とした。


「もう少し長い文、ねぇ」


 俺はアイリスから頂いたアドバイスを天枷に返信した後、葵へLOINを送った。


『葵の入れてくれたアプリ使ってるよ。面白いアプリだな。教えてくれてありがとう』


 その文と共に、葵が好きそうなネコの愛らしい笑顔で、「ありがとう」と言っているスタンプを押して送っておいた。


 まさかの既読スルーだったけどね。

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