第4話
私──長谷川葵は放課後の体育館裏に呼び出されていた。
体育館裏にはバドミントン部とバスケ部が練習している声や音が体育館から漏れていた。
『ちょっと! りーは!?』
『日直で遅れるらしいです』
『は? なにそれ』
『美里先生から仕事を振られたみたいでして』
『ばーか。そんなん関係ないでしょ。あいつ、レギュラーだからって調子乗ってんじゃん』
女の体育会系のような声がこちらまで聞こえてきてしまう。
私はテニス部に所属しているが、こんな人間関係の部活ではない。女バスは大変だと思ってしまう。
「好きです。付き合ってください」
女バスの会話に耳を傾けていたところで、目の前の男の子から放たれた告白の言葉。
私をここに呼び出した男子は手を震わせてこちらへ突き出していた。
震えているこの手を取れば告白に応じることになる。
でも、私の答えは決まっていた。
「ごめんなさい」
相手に対して誠心誠意、頭を深く下げて断わりの言葉を放った。
長い私の髪が顔にかかり、煩わしさを感じるが、今はその煩わしさに助けられている。
断った相手の顔を見ないで済む。
自分でも卑怯だと思う。相手は勇気を出して告白してくれたのに、自分は逃げるように顔を隠す。
「あ、あはは。そ、そうだよね。ご、ごめんね。学園の二大美女なんかが僕と付き合うとか無理だよね」
そう言い残して男の子は逃げるように去って行った。
辛い顔をしていたのか。泣き顔だったのか。それとも本当は冗談半分だからなんとも思っていないような顔だったのか。私は髪の毛で顔を隠しているから彼の顔を見ずにすむ。そんな自分がやっぱり卑怯だと思う。
「学園の二大美女って、なによ、それ……」
誰が付けたのか変な二つ名にはうんざりだ。
学園の二大美女だから付き合いたい。自慢したい。見せつけたい。
私のことなんか誰も見ず、その二つ名だけを利用して告白してくる輩がたくさんいる。
自慢みたいな言い方になるが、告白された数はかなり多い。
だけど全員相手にしなかった。その中には本気で告白してくれた人もいただろうが、それでも私は告白を断り続けた。
だって──。
「私が好きなのはりょうちゃんだけ」
そう。私が好きなのは幼馴染の福井龍馬だけだ。
昔から優しくて、頼りがいがあって、ずっと一緒の大好きな男の子。
大好きだから早く告白したいのだけど、やっぱり告白は怖い。
幼馴染という陽だまりのようにあたたかい関係性。居心地の良い私の特別な場所。なにがあっても失いたくない。
告白をすることで失くしてしまうかもしれない恐怖が私の告白する勇気を蝕む。
だから、私はりょうちゃんの気持ちを確かめるためにアプリを作った。
恋愛指南アプリ、『恋ナビAI』
なんて題打ったただの通話アプリだ。
アプリ内のアバターを好きにアレンジができて、私は適当なアバターを設定した。
りょうちゃんから見た私は恋愛指南をしてくれるAIに見えるはず。
これを利用してりょうちゃんの気持ちを確かめたい。
「……私ってやっぱり卑怯だ」
自分でもわかっている。こんなやり方でりょうちゃんの気持ちを確かめるなんて卑怯だ。
でも、長年の片思いでこじらせた恋心は止まらなかった。
テニス部の顧問が変わったことで、テニス熱が冷めてしまった心が全部りょうちゃんに向かってしまったのだ。
♢
問題はりょうちゃんのスマホにどうやってアプリを入れるかだ。
自然な感じでスマホに入れたいのだけど、どうしたら良い物か。
悩みながらも、今日はりょうちゃんが日直で、新島先生より居残りを命じられたことを思い出した私は、彼に会いに行くことにした。
二年六組の教室。去年はりょうちゃんと違うクラスだったけど、今年は一緒になれた教室。りょうちゃんと一緒と知った時は、家でリンボーダンスをしたらお母さんが乱入して、「マンボっ!」と共に叫んだ。それくらい最高のクラス替え結果。
その教室でぼっちで作業をしているのだろうりょうちゃんを手伝い、さりげなくアプリを混入してやろうと教室に突入。
「!?」
退散。
え、待って。ちょっと待って。
あれは学園の二大美女、天枷愛理。
見た目レベルが神の最高傑作と言っても過言ではない同性の敵。
なのにひたすらに明るい性格と愛嬌で同性からの支持も高い。
ぶっちゃけ私も好きな女と聞かれたら愛理たんと返すレベルで良い子。
去年、すぐに私のことを覚えてくれて、部活も覚えてくれて、「お互い一年で大変だけどがんばろーね」とか、テニス部にふらっと来て、「長谷川さん。これ、飲んでみて、めちゃくちゃ美味しいよ」と差し入れしてくれたり、「長谷川さん明日テニスの授業だね。色々教えてよ」とか。なんだよ、そのコミュ力。普通に惚れるだろうが。
そんな天使がりょうちゃんとなんか良い感じになってない? は? なんなの? まじで他人の男取るとか正気か? 堕天使じゃねーの?
教室の入り口付近でチラチラとふたりのやり取りを見て、ぐぎぎと歯を鳴らす。
「りょうちゃんのばか。そんな顔も性格も最高に良い女にデレデレしやがって……」
嫉妬の炎が燃え盛っているところで、天枷さんがこちらへと駆け出してくる。
「やばっ」
サッとその場を去ろうとしたが間に合わず。
「あ、長谷川さん」
「や、やほー。天枷さん」
うわー。覗き見してたのバレたかな……。
「長谷川さん。テニス部の顧問が変わって大変だよね」
天枷さんが私の手を握りしめてくれる。シルクのように白く柔らかい肌にドキドキが止まらない。
「あれだけみんな必死に練習してたのに辛いよね。私にできることは少ないかもだけど、なんでも言って。愚痴とか全然聞くからね。同じ厳しい運動部だから絶対共感できるもん」
「は、はい」
つい敬語で答えてしまった。
「あ、やばい。練習行かなくちゃ。それじゃ、また明日ね。長谷川さん」
「ばいばい」
なんであんなに良い人なんだ。
っと。天枷さんが去った今、教室内にはりょうちゃんがぼっちで作業をしている。
どうせりょうちゃんのことだ。全部自分で引き受けて天枷さんを行かせたんだろ。
「本当に優しいんだから。もう大好き過ぎる」
私はひとりで作業しているりょうちゃんのところへ向かった。
♢
「ミッションコンプリぃぃぃぃぃぃ!」
教室を出て私はガッツポーズを取った。
見たかおらあ。あのナチュラルなアプリ混入を。どやさぁ!
うぇい、うぇいとしているところで、私のスマホが鳴り出した。
私の恋ナビAIが鳴っているようだ。これは即ち、りょうちゃんが早速とアプリを起動させたということだ。
「あ、や、ちょ……!」
焦って出てしまう。
スマホの画面にはりょうちゃんの顔が映し出されていた。りょうちゃんから見た私は金髪ツインテールのアバターだが、私から見たりょうちゃんはそのままの姿に設定してある。
「ちょっとあんた! いきなり起動しないでよ!」
驚いてそんなことを口走りながら階段の方へと歩いて行く。
『なぁんか本物の人間みたいなAIだな』
「ふふん。当然でしょ。私は超高性能のAIなんだからね」
廊下の階段を降りながら喋る。
「私の名前はアイリス。ぼっちなあんたの恋をナビゲーションしてあげるわよ」
設定通りに自己紹介をして、会話を続け、りょうちゃんの気持ちを確かめることにする。
「私を起動させたってことは恋愛指南して欲しいんでしょ。任せなさい。この恋のナビゲーターアイリスが、龍馬の恋をしっかりナビゲーションしてあげる!」
『恋をナビゲーション、ねぇ』
「それで、誰に恋してるの? もしかして学園の二大美女の幼馴染の女の子なんて存在して、その子に恋してる、とか?」
「すげーピンポイントなところを嬉しそうに聞いてくるんだな」
流石に今のはストレート過ぎたかと思ったが、向こうは到底私が操作しているとは思わないだろう。
「う、うっさいわよ。さっさと言いなさい」
『うーん……』
りょうちゃんは少しだけ悩んで答えてくれた。
『恋、とかではないかなぁ』
ガーン……。
その場でスマホを落としそうになるのをなんとか堪える。
うそでしょ。あれだけ仲良しさんなのに。どうして、なぜ、ほわい。考えられない。
「そ、そう。ふ、ふんっ。ま、まぁ結局、幼馴染とかなんとかってのは腐れ縁だし、ただ付き合いが長いだけで恋に発展するとかあり得ないわよね」
もー、私のばか。なんでそんなこと言っちゃうのよ。
『アイリスはそう思う?』
「ま、まぁね」
ばかばか。私のばか。なんで肯定するのよ。
こうなったら仕方ない。りょうちゃんの好きな人を根掘り葉掘り聞いてやる。
「あんた、クラスメイトで学園の二大美女のひとりである天枷さんに恋してるのね」
『へ?』
「隠さなくても良いわよ。楽しそうに喋ってたじゃない」
あんなデレデレしていたりょうちゃんは見たことがなかったので、ここは深めに聞いておくことにしよう。
♢
「いや、なんで今ので引かないのよ。愛理たんまじ天使かよ」
真っ暗なスマホ画面に映る自分の顔を見るとため息が出る。
天枷さんにドン引いてもらおうとしたのにウケちゃったし、ついでに連絡先も交換してるし。天使過ぎるでしょ。普通の女子ならドン引きからの変な噂ドッカーンでりょうちゃんは木端微塵になるはずでしょ。
「しばらく話を合わせないと変に思われちゃうよね」
今更、このアプリは葵でしたぁ、なんて言ったら流石のりょうちゃんも引いちゃうよね。
「でもまぁ、りょうちゃんがこれで脱ぼっちできるのなら、それはそれで嬉しいかも」
「しばらく話を合わせないと変に思われちゃうよね」
りょうちゃんみたいな人がぼっちなのってやっぱりおかしいし、りょうちゃんも友達が欲しいはず。だったら私が導いてあげたい。
「あああ、でも、それで天枷さんと付き合うことになったら……ああああああ……」
りょうちゃんには脱ぼっちして欲しい。でも、彼女は私がなりたい。なのに設定上、恋愛指南しないといけない。
なにこの状況。自分で蒔いた種だけど過酷しぎやしませんか。もう、私のばかっ!
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