第3話

 天枷のスマホを持って体育館へやって来た。


 体育館の中央はネットで仕切られており、半分がバドミントン部。もう半分がバスケ部が使用していた。


 ダムダムとボールが弾む音。キュッキュッとバッシュの音が体育館に響き渡っていた。


『あ、龍馬。言い忘れていたけど、これから私と喋る時はずっとワイヤレスイヤホンをしなさい。あんた持ってるでしょ』


 バスケと体育館に青春を感じているところに、アイリスの声が聞こえてくる。


「持ってるけど、なんで?」


『あんた、ほんとばかね。スピーカーにしたら私達の秘密の会話が聞かれるじゃない』


「なるほどねー」


『周りに人がいる時はあんまり喋らない方が良いかもね。変な人って思われるから』


「それもそうだな」


『ま、あんたは既に変人扱いを受けてるけどね』


「変人じゃなくてジェネリックぼっちだ』


 反論しつつ、制服のポケットからワイヤレスイヤホンを取り出して片方だけ取り付けた。


「福井。バスケ部に入りたいのなら見学先が間違っているぞ」


 片方だけにワイヤレスイヤホンを入れた時、後ろから聞き慣れた女性の声が聞こえてくる。


 振り返ると、気の強そうな女性教諭が立っていた。


 新島里美にいじまさとみ


 高校一年と二年、二年連続で俺の担任になった先生で女子バスケ部の顧問だ。


「男子バスケ部は外練中だ」


「いえいえ、合っていますよ。俺も女子達と一緒に、きゃっきゃっうふふとバスケしたいなぁと思いまして」


「ふっ。男子の友人もいないお前が女子と、きゃっきゃっうふふできると思っているのか?」


「ひでーな、おい。今時コンプラアウト発言しやがって、教育委員会にチクってやるぞ」


 お世話になっている担任の先生に対してそんなことはしないが、冗談を言い合える仲ではある。


「それは困るな。わびとして女子バスケ部に入部させてやってもいいぞ」


 言いながら視線を練習中の女バスの方へと向ける。


「もう一本!!」


「今のリバウンド取れたよ!!」


「集中!!」


「一年!! 全然声出てない!! もっと出せ!!」


「「「はいっ!!」」」


「なつ!! 反応遅い!! もっと早くできるだろ!!」


「ごめん!」


「ちー! 今のなんで諦めた! そんなところで諦めんな!」


「すみません!!」


 そんな練習風景を見ながら新島先生は勝ち誇った顔をしてみせた。


「この、きゃっきゃっうふふの輪にお前も入るか?」


「俺の思い描いた、きゃっきゃっうふふとは程遠いので遠慮しとこうかな。カフェのバイトもあるし」


「そうか、残念だ」


 最初からわかっていた会話をしながら、「ところで」と先生が疑問を投げかけてくる。


「福井がここにいるということは、私の依頼は済んだということで良いのだよな?」


 依頼というのは、俺と天枷に与えられた新入生用の資料のまとめのことだろう。


「終わりましたよ。先生の無茶振り」


「それはご苦労であった」


 軽く労いの言葉を放った後に首を傾げてくる。


「終わったのならどうしてこんなところにいるんだ。まさか本気で女バスに入りたいわけでもないだろうに」


「天枷が教室にスマホを忘れたんでね。届けに来たんですよ」


「スマホを? あー、教室で共に作業をしていた時にということか。待っていろ。すぐに呼んできてやる」


 頭が良いというか、察知能力が高いというか、有能というか。先生へ二だけ説明すると十を得て体育館に入って行く。先生の背中越しに、天枷がレイアップシュートを放つ瞬間が見えた。


 天使の輪みたいに光る髪の毛の、天使みたいな顔立ちの女子が、翼の生えた天使みたいに華麗に飛んで放つシュート。比喩表現ではなく、本当の天使のように見えてしまう。


「素晴らしいシュートだ、りー。本当にお前のレイアップは見ていて惚れ惚れする」


 先生が練習の中に混ざると、「ストップ!」と女バスのキャプテンらしき人が練習を止めた。すると全員で、「お疲れ様です!!」と先生に一斉に挨拶をする。


 清々しいほどの体育会系だ。強い運動部って大体これだよなぁとか感心していると、駆け足でこちらに走ってくる天枷の姿があった。


「ごめんね、福井くん。わざわざスマホを届けに来てくれたんだね」


 先生が予め俺の用事を説明していてくれたみたいだ。なので会話のスタートがスムーズに進む。


「ほい、これ……」


 さっさとスマホを渡そうとしたところでワイヤレスイヤホンから声が聞こえてきた。


『今よ、龍馬。言っちゃいなさい』


 おっと忘れていた。このまま普通に渡しちゃ、俺は流行に乗れない浦島太郎だ。


「福井くん?」


 渡す途中で動作が止まったから、天枷が何事かと首を傾げている。


「お前のスマホを拾ってやったんだから連絡先、強制交換な(前髪ふさぁの決死のイケボ)」


 どうだアイリス。ナルシストのおまけ付だぞ。流行の最先端。これで全JK爆発。木端微塵だぜ。


『龍馬。今の声はないわ』


「ちょっと最先端過ぎたか(ボソッ)」


『いや、うん。私が悪かったわね。安心しなさい。学校で変な噂が流れても、私はずっと一緒にいてあげるわよ』


 あれ? 死刑宣告かな?


「……ぷっ。あはは!」


 んん? ウケてる?


「なんかキャラじゃないよ、福井くん」


 ありゃ。ちょっと良い感じの雰囲気に持って行ってくれている天使が目の前にいる件。最高かよ。


「そうかな。高校二年になって新しいキャラを作ろうとしたんだけどダメかな?」


「あはは! ごめんね、私が簡単に友達でも作ったらとか言っちゃたからだよね。ぷくく、でも、今のはやめた方がいいよ」


「はは……ですよねー」


 棒読みで返す。


 ま、冗談と受け止めてくれたから結果オーライってところかな。


「ほんじゃ、ま、俺はこれで」


 天枷が俺のスベリを救ってくれたけど、この場に止まるのは恥ずかしい。さっさと立ち去ろうとすると、「待って」と制止を促された。


 天枷がさっき返したスマホの画面を俺に見してくる。


「連絡先、交換するんでしょ?」


「『へ?』」


 俺とアイリスの間抜けな声が重なってしまった。

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