第2話

『恋ナビAI』を起動すると、会社名等やオープニングなんてものはなく、いきなり金髪ツインテールの美少女がスマホの画面に現れた。


「『あ、や、ちょ……!』」


 スマホの画面内で慌てふためく金髪ツインテール美少女は、あわあわするとこちらを睨み付けてくる。


「『ちょっとあんた! いきなり起動しないでよ!』」


 スマホのスピーカーから放たれるツンデレボイスが教室に響き渡ると同時に、廊下の方からも声が重なって聞こえて来た。


「んー?」


 やたらめったら葵の声と似ているなぁと違和感を覚えながら席を立ち、廊下の方へ足を向けた。


 教室のドアから廊下を覗き見るようにすると、葵が階段の方へ歩いて行く後ろ姿が見えちゃった。


「なぁんか本物の人間みたいなAIだな」


「『ふふん。当然でしょ。私は超高性能のAIなんだからね』」


 あ、これ、葵が操作してるわ。声がスマホと廊下から聞こえてきてるもん。


 え、うそ。どうしよう。ツッコミ入れた方が良いのかな。


『私の名前はアイリス。ぼっちなあんたの恋をナビゲーションしてあげるわよ』


 葵の姿が見えなくなると、声の重なりはなくなった。


「いや、あお──」


 ツッコミを入れようとして思い止まる。


「アイリスっていうのか。よろしくな」


 葵が俺の脱ぼっちのためにアプリを用意してくれたんだ。ここでツッコミなんか入れたら、恩を仇で返すことになっちまう。


 ここは気が付いていないフリをしよう。


『よろしくしてあげるわよ、龍馬』


「なんで俺の名前知ってんだよ」


 あ、やば。ついツッコミを入れちゃった。


『はわっ!』


 向こうも、しまったと口元に手を当てて慌て出すが、なんとか切り返してくる。


『ば、ばかね。あんたのスマホのアプリなんだから、あんたのスマホの情報を読み取ってるに決まってるじゃない』


「あ、なるほどね。スマホに登録してある情報はアイリスにインストールされたってことか」


 今の一瞬でそういう設定にねじ込むのは、流石は成績優秀な葵だな。でもこれ、中身が葵って気が付いてなかったら個人情報漏洩を疑うところだぞ。


『ちなみに龍馬のことならなんでも知ってるから』


 先程の上手い切り返しで調子に乗ったのか、自慢満々に言ってのける。


「スマホに登録されてることならってこと?」


『そ、そういうこと』


「へぇ。俺のどういう情報がアイリスに入ったんだ?」


 なにを言って来るのか少し楽しみなので、泳がせてみよっと。


『福井龍馬。6月29日生まれ。かに座のA型。身長177センチ。体重70キロ。がっしりとした運動部体型だけど帰宅部。カフェでバイトをしている。最近はミスなく働けてちょっと嬉しいみたい』


「ちょっと詳し過ぎない? バイトのこととかスマホに情報なんてなくない?」


『あ、あれよ!』


「どれよ」


『AIに見透かされるくらいあんたは浅い人間なのよ!』


「うわー。辛辣ー」


『そんなことよりも!』


 ビシッと画面越しに指をさして強制的に会話を捻じ曲げて来やがる。


『私を起動させたってことは恋愛指南して欲しいんでしょ。任せなさい。この恋のナビゲーターアイリスが、龍馬の恋をしっかりナビゲーションしてあげる!』


「恋をナビゲーション、ねぇ」


『それで、誰に恋してるの? もしかして学園の二大美女の幼馴染の女の子なんて存在して、その子に恋してる、とか?』


「すげーピンポイントなところを嬉しそうに聞いてくるんだな」


 つうか、やっぱり二大美女って言われるの嬉しかったんだね。


『う、うっさいわよ。さっさと言いなさい』


「うーん……」


 唯一話しかけてくれて、一緒にいてくれたりして、葵には本当に感謝している。この感謝の気持ちを恋と呼ぶのならば、俺は葵へ壮大な恋をしているということになる。将来も一緒にいてくれるというのならば、俺は泣いて喜ぶだろう。


 だが、果たしてこの気持ちが恋と呼べるかどうかはわからない。


 仮にこの気持ちが恋だとしても、ここで葵のことを好きとか言うのは=本人に言っていることになる。それはちょっぴり恥ずかしい。


「恋、とかではないかなぁ」


『そ、そう。ふ、ふんっ。ま、まぁ結局、幼馴染とかなんとかってのは腐れ縁だし、ただ付き合いが長いだけで恋に発展するとかあり得ないわよね』


「アイリスはそう思う?」


『ま、まぁね』


 幼馴染は恋に発展しない。葵はそう思っているみたいだ。


 葵は学園の二大美女のひとり。俺が彼女へ恋をすることはあっても、彼女が俺なんかに恋をしてるなんて思うのは恐れ多い。ほんと、幼馴染ってだけでも感謝しないとね。


『わかったわ』


 ビシッとこちらに指をさしてくる。


『あんた、クラスメイトで学園の二大美女のひとりである天枷さんに恋してるのね』


「へ?」


 あまりに突拍子もないことを言われて間抜けな声が出てしまう。


『隠さなくても良いわよ。楽しそうに喋ってたじゃない』


「いや、それだけで好きになるかよ」


『あんたは童貞ぼっちだから、天枷さんに惚れる材料はそれだけで十分よ』


「童貞ぼっちの惚れる材料しょぼすぎるだろ」


『任せなさい。このアイリスにかかれば童貞ぼっちでも学園の二大美女のひとりなんてイチコロよ♡』


「いや、別にイチコロにしなくても良いんだが」


『龍馬のくせに一丁前に照れるんじゃないわよ』


「初対面のはずなのに失礼なやっちゃ」


 ブーブーとスマホのバイブレーションが先程まで座っていた机の方から聞こえて来る。


『何の音?』


「あー、天枷がスマホを忘れていったんだわ」


 席に戻り、机の上でダンスをしているスマホを見ながら答えた。


 天枷のスマホに誰かから連絡でも入って震えたんだろうね。


『スマホを忘れた……』


「そのうち取りに来るだろ」


『ばか』


「シンプルな悪口」


『この機会を活かさない手はないわよ』


「なんの機会だよ」


『スマホを届けて恩を売るのよ』


「わー、まるで人間のように汚いAIだー」


『うっさいわよ、そこ。さっさと届けて恩を売って来なさい』


「恩を売ってどうするよ」


『連絡先をもらうのよ』


「連絡先ぃ?」


『そうよ。スマホを届けて言ってやるのよ「お前のスマホを拾ってやったんだから連絡先、強制交換な」ってね』


「おい、自称恋愛指南アプリ」


『自称じゃないわよ。そういうアプリよ』


「おまっ、え? 本気でそれを言うつもりかよ」


『な、なに。なんか文句あるの?』


「あるわっ! 少女漫画風味のオラオラ系を童貞ぼっちにやらせてどうすんだよ!」


『し、知らないのかしら。今はそういう男の子がバズってんのよ』


「え? そうなの?」


『あんたは童貞ぼっちだから知らないんでしょうけど、それが今のJKには流行なのよ』


「流行り……だと……?」


 流行り廃りの流動性は流星の如く早い。流行りに乗り遅れたら浦島太郎のように時の牢獄に閉じ込められ、気が付いたらじいさんになっちまう。実際、自分の使っている言葉が若者言葉だと思っているおっさんは星の数ほどいる。


「ふっ。わかったぜアイリス。俺は浦島太郎になんかにならない」


『龍馬の脳内でなにがあったのか知らないけど、浦島太郎だなんて関係のないワードが出るってことは、流行に疎いと言われたのが相当ショックだったのね』


「見せてやるぜ、オラオラ系イン・ザ・ぼっちをな!」


『え? あれ? 本気でやる気になったの?』

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