第八話
「わたしたちの先祖は、様々な理由で人里を追われた者たちの集まりなのです。陣太さんもご存知でしょうが、飛び地の人界にはそういう者たちの集落がしばしば発生します」
「ああ。だが、大抵は数年と保たずに潰れる」
「その通りです。外界との交流も無く竜神の守護も無い人里など、竜界のただ中で生き残れる道理がありません。しかし、わたしたちの先祖には外国の死霊術師たちから伝えられた技があった。死んだ竜を術の力で無理矢理従えることで、その恵みだけを欲しいままに取り出すことが出来たのです」
「とんでもねえことしやがる」
護国の要であり、民の信仰の対象である竜神。その死体を操って無理矢理に恵みを取り出す。それがどれほど冒涜的な行いであるかは、粗暴な陣太でも分かる。
忌夜は頷いた。
「里は屍竜を従えることで昔から存続してきたのです。わたしも死霊術の実力が認められたことで、屍竜を支配する役目を負わされました。しかし、わたしはそれを受け入れられなかった」
「そこから先は我が説明せねばならんな」
屍竜の低く厳かな声が響いた。
陣太が見上げると、屍竜は濁った瞳で陣太を見つめていた。
「穢れに侵されて倒れ伏し、屍竜となるのを待つだけだった我の元に、忌夜は遣わされてきた。死霊術によって我を支配し、里の傀儡とするためだ。しかし、忌夜は我から何も奪わなかった。術によって神性を維持したまま屍竜としたのだ。我は忌夜に力を貸し、里を抜け、共にここまで逃げ延びてきた」
二人の長い説明を受け、陣太は黙して考えた。そして問いかける。
「屍竜。あんたは俺に葬って欲しいのか?」
屍竜は黙って続きを待っているようだったので、陣太は構わず続ける。
「普通、竜術士が屍竜を狩るのは人を守るためだが、もう一つ理由があるよな」
「我らの誇りを守るため」
「ああ。人と契りを結び、信仰と引き換えに人を守護することを選んだ者。人に味方する竜神ってのは、そういう存在だ。それを守れなくなった時、人を食い殺す恥を晒す前に葬るのは竜術士の役目の一つだ」
竜術士に竜神が力を貸し与えることには、そういう理由もあるのだ。護国を志した竜神が意に反する醜態を晒す前に打ち倒すこと。これこそ竜術士に求められる最大の信心である。陣太は戦いそのものに心を躍らせる人間ではあるが、責務を忘れているわけではない。
「無論、我が人を食い荒らし、国を滅ぼす災厄と化すならば、その前に葬られることは本望である。だが、我は未だ護国の志を失ってはいない。忌夜のお陰でな」
屍竜は忌夜の方へその視線を向けた。
忌夜の死霊術という特殊な条件がこれを可能にした。
「我ながら往生際が悪いと思う。しかし、許されるならば使命を果たす機会が欲しいのだ。そのためには、我と契りを交わす竜術士が必要だ」
「なるほど」
忌夜が陣太に協力を求めた理由がようやく見えた。確かに、陣太ほど的確な人材は中々いないだろう。
陣太は頭をボリボリとかきながら忌夜の方を向いて言った。
「こいつに竜神としての役目を果たさせるために、竜術士としての契りを交わしてほしいわけだ。その点、竜術士会を追い出されてきた俺なら、契りを結んでいる竜神はいない。確実に空いてる。そりゃ丁度良いだろうな」
「もちろん、陣太さんにも利のある話です。あなたは強敵との戦いに人生の価値を見出している。それには竜気が必須のはずです」
「確かにな。屍竜の竜気なんて使ったことねえが」
「問題なく使えることと思います」
「ああ。お前の技を一度見てる」
大鼬を退けた、黒い爪の一撃。あれは屍竜の竜気だったのだ。竜術士ではない忌夜でも扱えたのだから、陣太ならば造作もないだろう。だが、問題は別の所にあった。
「だが、残念ながら無理だろうな」
「それはどうして?」
「俺は竜神と契りを交わせねえ。たまにそういうやつはいるんだが、これはもう生まれつきというか、魂の相性の問題らしくてな。どうにもならねえよ」
「ではどのようにして竜術士に?」
「竜気は他の竜術士に頼んで武器に込めてもらってたよ。情けないだろ」
説明する口調からは心なしか覇気が抜けていた。
陣太自身、あまり口にしたくなかった話だ。常に戦いを求め、力を示すことが自分を示すことだった陣太にとって、誰かに頼らなければ戦うこともままならないという事実は直視したくない現実だった。
「何も情けなくはないと思いますが」
「戦うしか脳のねえヤツが、自力で戦えねえってことだ。そんな間抜けなことがあるか」
「普通のことですよ。本質的には、一人で戦っている人なんてこの世にいません」
忌夜は陣太の側まで歩み寄ってきて言った。
「そういう事情でしたら、わたしが武器に竜気を込める役を負いましょう。竜神さまと直接の契りを結べなくとも、使命を果たせるなら何も問題ありません。そうですよね? 竜神さま」
「異存ない」
屍竜が答えた。
決めるのは陣太だ。自分がどうしたいかで決めなければならない。
自分を表現できるのは戦いだけだと言いながら、その力の源が屍竜になるだけでためらいが生まれることに、陣太は自嘲した。まだ自分の中にもそんな良識が残っていたのだ。
そんな時、洞穴の入り口から不意に強烈な獣の臭いが漂ってきた。流れ込んでくる風に紛れた臭いには、明らかな敵意が混じっている。覚えのある気配だ。
「急かしたくはないのですが、考える猶予が無くなってきたようです」
「仕込みじゃないだろうな」
「違います」
忌夜が明確に否定した。
陣太は溜息をつき、立ち上がる。
「分かった。その話、乗ってやる」
そう言いながら、洞穴の入り口へ向かって大股で歩き始めた。すぐ後ろには忌夜が早歩きで付いてくる。
歩きながら大鉈を手に取り、肩に担ぐ。急かされ押しつけられた選択だが、内面に湧き上がった高揚は真実だ。気づけば口角が上がっていた。やはり陣太は戦いの中に生きているのだと血肉で実感する。
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