第三話
往路は清々しかった桜並木が、今は憎たらしく見える。目の前で舞い落ちる花びらの群れは、もはや羽虫のように鬱陶しい。活気づいている都も、ごみごみと喧しいだけにしか思えない。
陣太は苛々しながら天竜山を降りてゆく。竜術士の資格を失った今、ここにいて出来ることは何もなかった。
「頼まれたって二度と来ねえよ」
ぶつくさと悪態をつきながら歩く陣太を、すれ違う人々は避けて通った。
荒い足取りのまま里宮まで半分ほどの道のりを歩いた頃、陣太の背に声がかかった。
「待て!」
振り返ると、そこには善導がいた。
「浅田から聞いたぞ。お前、どうするつもりだ!」
「どうもこうもあるか。出てくしかないんだろ」
陣太が投げやりに吐き捨てると、善導は大きく溜息をついて頭を抱えた。
「あの代表者採決な。ワシは反対票を投じたんだが、駄目だったか」
「そうかよ」
善導は陣太の目を見て、諭すように言う。
「今は仕方ないが、何とか戻れないか皆と話をしてみる。それまでは自棄にならず、大人しくしていろ。良いな?」
「あんたも物好きだな。俺に構ってても面倒なだけだろ」
「ただ物好きなだけで、お前のような荒くれ者を育てられるか。育て親としての責務と愛情というヤツだ」
「いつまでガキ扱いだよ。俺みたいな厄介者にいつまでもかまけてると、あんたの立場も悪くなるぞ」
善導は昔からこうだった。幼少から手の付けられない子供として疎まれていた陣太を引き取り、凄腕の竜術士に育て上げたのは、この男である。破門された現状を見れば、一人前と言えるかは微妙なところではあるが。
「馬鹿を言うな。お前の力は竜術士会に必要なものだ」
「そう思ってんの、多分あんただけだぞ」
「ならば、皆は人を見る目がないな」
善導はニッと笑った。ここまで来ると、今度は陣太の方が呆れる番だ。
「本当にわかんねえやつだな……」
「とにかく、しばらくは家で休んでおれ。いいな?」
「約束はできねえな」
陣太は善導に背を向けると、再び歩きはじめた。背中に感じる視線の気配は、とても長いこと続いていた。
*
護国の要である竜術士の給与は、一般庶民と比して抜群に多い。その中でも選りすぐりの達人である辰斬りともなれば、地方の領主にも引けを取らない高給取りだ。都の一等地に大豪邸を構えることも可能だが、そうする者は少ない。理由は二つ。
一つは多忙だ。
辰斬りとは即ち、単身で屍竜を倒すことが出来る竜術士のことを言う。竜術士全体から見て、屍竜を倒せる者は非常に少ない。これほどの実力者となると容易に替えが効かないため、屍竜が出たとなれば真っ先に呼ばれる。いつ遠方への出張がかかるとも知れない生活の中で一カ所に豪邸を建てても、あまり意味が無いのだ。
結果として、家族を住まわせるための標準的な家を建てる者が多いし、家族を持たないものは行く先々の竜神社や町宿を転々としながら過ごす。
もう一つの理由は信仰だ。
竜神の力を借りるに当たり、竜術士は特定の竜神と契りを交わす。当然、その目的は護国のためである。国中に跋扈する物の怪を打ち倒し、世の安寧を維持する義務を負うことで、絶大な竜の力を振るうことを許される。
このため、竜術士を志そうという時点で私欲の大きい者は少なくなるのだ。あくまで献身的に、己の力は人々のためにというのが基本であり、最初から大金を求めて竜術士になる者は稀だ。そもそも竜術士は命懸けの仕事であり、金儲け目的で目指すには不向きだ。
では、陣太はどうか。
素行不良と命令無視が激しいため、屍竜が出るような緊急時でも招集の優先順位は低めだ。昨晩の応援要請が陣太へ来なかったのは日頃の行いが悪いからだろう。
つまり、他の辰斬りと比べて暇は多い。
加えて信仰面もおざなりだ。陣太の信条は、強者との戦いを楽しむことにある。
昔から力を持て余し、喧嘩っ早い性格だった陣太にとって、竜術士という職がたまたま適していただけだ。普段なら迷惑がられる暴力性も、世を乱す脅威へ向ければ世のため人のためとなる。つまり清貧の気質もない。
だが、陣太の住まいは簡素なものだった。皇都の端にある平屋木造のボロ小屋がそれである。理由は簡単で、興味がないから。それだけだ。
陣太が久しぶりに自宅の戸に手をかける。ギシギシと嫌な音を立てて戸は開いた。
それと同時、足元に薄い封書が落ちた。雨風日光に晒されていたのだろう。シワが寄り、汚れ黄ばんでいる。どうやら戸に挟んであったらしい。
拾い上げてみると、差出人は祭竜総社。中には陣太の人事に関する警告文が入っていた。恐らく、浅田が言っていたものだろう。
「くだらねえ」
今更見てもどうしようもない。そもそも、先んじて読んでいたとして、陣太が警告に大人しく従ったか疑問である。
陣太は封書を破り、その場に放り捨てた。
三和土にあがり式台に腰を下ろすと、腹が減っていることに気づいた。残念ながら、ろくに帰らぬ家なので食べ物の買い置きもない。ただ、ろくに使い道のなかった金だけは置いてある。
畳の下に隠してあった銭袋を引っつかみ、家を出る。他にろくなものも置いていない。
また当分家には帰らないだろう。いつものことながら旅支度は必要なかった。
そこらの屋台で握り飯をいくつか買い、頬張りながら歩く。そのまま南門を抜け、都の外へ出た。善導の言いつけを破ることになったが、気にすることもなかった。いつものことだ。
天気だけは馬鹿みたいに良い。素晴らしい旅行日和だが、行先はない。
ちょうど都を出てゆく乗合馬車を見つけたので、陣太は駆け込みで乗車した。どこでも良いので遠くへ行くことにする。
物騒な大鉈を背負った陣太を見て他の乗客達がぎょっとした顔を見せたが、陣太は構わず席について大鉈を壁に立てかけた。
街道を行き交う旅人たちを眺めながら馬車に揺られていると、陣太はいつしか眠りについていた。
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