第二話

 祭竜総社では朝から多くの竜術士会関係者が働いていた。しかし、竜術士会に所属する者が全て陣太のように前線で戦う実行部隊というわけではない。当然ながら、施設維持や人員管理のための内勤職も大勢いる。陣太が声をかけながら近づいたのはそんな内勤職の一人だった。

「おい、ちょっといいか」

 拝殿の前を箒で掃いていた小柄な女性は、突然自分にかかった影に驚き、陣太の方を振り返った。

「こいつに竜気の補充を頼みたい。誰か竜術士を呼んできてくれ」

 いきなり用件をぶつけると、陣太は背中から大鉈を引き抜いて地面に突き立てた。ズンと重い音が響き、掃除中の女性はびくりと肩を震わせた。

 竜術を扱うには竜気が必要だ。陣太はいつも武器に充填した竜気を放出して使うので、その補充のために祭竜総社を訪れることが多い。というより、それ以外の用事で来ることは滅多になかった。

「は、はい! ただいま――」

 返事をした女性がその場から去ろうとした時、男の声がそれを遮った。

「待て」

 陣太は声のした方を見る。

 二人から少し離れた所に男は立っていた。首まで垂れた黒髪が後部で短く結わえられ、重たい鈍色の羽織に身を包んでいる。腰には束ねられた鞭が備えられていた。これは幾多の敵を屠ってきたこの男の武器である。

 男の目つきは鋭く、そして冷たい。陣太を軽蔑する気配を隠そうともしない態度には、既に慣れたものだ。

「今度は浅田のオッサンかよ」

「そうだ」

 浅田鬼泉あさだきせん。この男も辰斬りの座に君臨する上位の竜術士だ。

 浅田は陣太の方を見据えながらゆっくりと近寄ってくる。

「君は自分の仕事に戻りなさい」

 そう言われた女性は、慌てて一礼すると足早にその場を去って行った。

「ちょうどいいや。こいつに竜気を補充してくれ。昨日のやつで全部使っちまった。竜気の種類はなんでもいいからよ」

「それはできん」

「なんでだよ」

「まだ自分の立場が分かっていないようだな。ついてこい」

 それだけ言うと、浅田は踵を返して歩き始めた。仕方がないので陣太もその後ろについて歩き出す。

 陣太が連れてこられたのは社務所だった。

 先導する浅田が通ると、通行している他の職員が道を開けてゆく。浅田と陣太が辰斬りということもあるだろうが、二人が何処となく近寄り難い雰囲気を放っているせいでもあるだろう。

 社務所に入った浅田はズンズンと進み、奥まった所にある打ち合わせ室へ入ると戸を閉めた。外の雑音が遮られ、静かな重苦しい空気が立ち込める。

 浅田が席についたので、陣太も卓を挟んだ向かいの席にどっかりと腰を下ろした。

「お前には竜術士を辞めてもらう」

「は?」

 席に着くなり飛び出した宣告に、陣太は間抜けな声を上げた。

「事前に警告文は送ってあるはずだ」

「読んでねえよ、そんなもん」

「そんな言い訳が通用すると思うか?」

「大体、あんたが勝手に竜術士を辞めさせることはできないだろうが」

「そうだ。だから規則に基づいて、事前に代表者採決を行っている。その結果、お前に最終警告を通知した上で、それでも命令違反があった場合には竜術士会を破門するということになった。それを読んでいないのはお前の落ち度だ。そして、昨日の命令違反。既に話は決まっている」

「そんなの知らねえよ、くそ……」

 陣太は悪態をついて背もたれに寄りかかり、天井を仰いだ。

「分かったら出てゆけ」

「うるせえな、分かったよ」

 陣太は声を荒げ、乱暴に立ち上がった。大きな音を立てて椅子が転げ倒れたが、知ったことではなかった。

 扉に手をかけて振り返る。浅田は席についたまま陣太の方を見ることすらなかった。

「俺がいなくなってから泣いて困っても知らねえからな」

「困っているのはお前だろう」

「くそが」

 陣太は戸を開け放ち、外へ出ていった。

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