第一章 破門

第一話 

 竜が昇り、竜が守る国、立辰りっしん

 遙か古来から竜神と共に生きてきたこの国の人々にとって、それを奉る竜神社は常に身近な存在だ。日常生活での小さな悩みから、人生を左右する決断まで、様々な思いを持った人々が連日竜神社を訪ねる。

 そして国中に無数にある竜神社を束ねるのが、皇都に建てられた祭竜総社さいりゅうそうしゃである。

 皇都は天竜山を中心に造られており、祭竜総社の奥宮はその山頂に、里宮は麓にある。このうち、一般の参拝客が入れるのは里宮までだ。奥宮へ入れるのは竜術士会の関係者に限られている。


 朝。整備された天竜山の長い参道を、陣太は登っていた。風は穏やかで、参道脇に立ち並ぶ桜の木からは花びらが音もなく舞い続けている。

 参道からは並木の隙間から広大な皇都を見下ろすことが出来た。よく晴れた空の下で、都は今日も活気に満ちている。

 陣太は上機嫌で、足取りも軽い。昨晩に屍竜と戦えたことが大きいだろう。近頃は強敵相手の仕事が少なかったため力を持て余していたのだ。

 竜の力を扱う竜術士の使命は、その力でもって人々の安寧を守り、竜との契りを果たすためにある。しかし、陣太の興味はもっぱら強敵との戦いに注がれていた。強い敵と戦えるから竜術士になったと言ってもいいだろう。


 歩き続けると、立派な鳥居が見えてくる。祭竜総社の奥宮だ。

 陣太は作法とされる一礼もなく鳥居を潜った。その時、境内にいた一人の男が陣太の所へ歩み寄ってきた。

 深い皺の刻まれた顔。紫の羽織を身に纏った老齢の男だ。見事な白髪と白髭は隙が無く整えられ、内面の厳格さが滲み出ているようだ。背丈は陣太よりも低いが、背筋はしっかりと伸ばされており、刃向かう者を圧倒する雰囲気を放っていた。

 背には使い込まれた薙刀がある。陣太と同じように斜めに掛けられたそれは、この男の竜術士としての得物である。

 男の名前は善導拾次ぜんどうしゅうじという。陣太と同じく腕の立つ竜術士であり、辰斬りの一人だ。全身から放たれる雰囲気に違わず厳格な人物で、陣太が厭う質の人物である。

 陣太の記憶では遠方での臨時任務のために皇都を不在にしていたはずだが、戻ってきていたらしい。

「なんだ、善導のオッサンか。戻ってきてたのか」

「陣太、お前」

 表面的には落ち着いた呼びかけだったが、そこには明らかな怒気が含まれていた。

「昨晩の勝手な行いを聞いたぞ。どういうつもりだ」

「どうもこうも、屍竜を倒すのは竜術士の仕事だろ」

「お前には物の怪退治の仕事が、別に与えられていたはずだ。なぜそちらの仕事を無視したのだ」

「そっちの相手は弱そうだったからな。強くて楽しそうな方を選んだ」

「それを選ぶのはお前ではない」

「どの道、あいつらじゃ屍竜は倒せなかったろ」

「そのために応援が用意されていたのだ。お前はそれを無視して勝手なことを……! そもそも、どうやって屍竜が出ていることを知ったのだ」

「つまらない任務に出るのが面倒だったからな、ここらでぶらぶらしてたら急に詰め所が慌ただしくなったんだ。聞いてみたら屍竜が出たから応援部隊を編成してるって言うから、そいつらがもたもた準備してるうちに倒してやった」

「まったく、お前ときたら……」

 善導は溜息と共に声を落とすと、陣太の目を見ながら続けた。

「お前は昔からろくに人の言うことを聞かんが、その腕が確かであることは疑いない。もっと人と協力することを覚えよ」

「俺は俺のやり方で仕事してんだ。協力したいなら、俺に合わせられるヤツが来いよ」

 陣太は面倒になって善導から目を反らすと、声を無視して再び歩き始めた。

「ワシはお前のことを認めているからこそ言うのだ」

 過去に何度聞いたか分からない忠告を背中に受けながら、陣太はあくびをした。

「はいはい。いつも余計なお世話だっての」

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