第14話 石塚との再会3

 さっき言った菅原さんも似たような苦労している。彼はこの近くに在る砂防工事の主任監督でも、現場で働くのは地元の人が大半だ。地元は自然を壊されたくない。景観も大事だが、この折り合いに菅原さんは苦労して、災害をいかにしてを食い止めるかを旅館に戻ると独りで考えている。これには石塚もウィスキーを持ち込んで一緒に考えた事もあった。

 他に旅館には学生も来る。失恋した彼女も色々やって来て、それらを聞いていれば逗留期間が延びてしまい、気が付けば夏休みは当に終わっていた。今は新しく画家がやって来て、彼の持論が気になってもう暫くは帰れない。

 かやぶきの里は最近になって押し寄せる観光客に大駐車場を設けて、バスも増便して一大イベント会場のようにして、集落には手ぶらで散策してもらうように設けた関所のようなものだ。あくまでも茅葺きの集落に余計なものを持ち込ませないようにかやぶきの里はある。だから此処には土産物屋から飲み食いする飲食店などの観光客が集落へ不満を持ち込ませない歯止め対策にも成っていた。会場にあるお店も景観に合わせた作りだ。

「さあ何が食べたい。和食がメインだが洋食もあるし酒も提供するが勿論車の運転手は除外だ」

「どうやって区別するんだ。これだけの大駐車場だ。おかしな客も来るだろう」

「越村は姉貴の車で来たのだろう」

「ああそれがどうした」

「モラルだ。此処に来る人は備わっていると言うのが前提だ。おかしな連中ならあんなへんぴな場所に通じる道を走らないだろう。純粋に安らぎを求める人しかやって来ない」

「モラルのない人間は走る道を選ばないぞ。すべてがあのお坊さんのようにはいかない」

「まあな、日帰りでは精進できんだろう」

 石塚はここでいったい何をしてるんだ。

 二人は広い駐車所を横断して店内に入り、中を見回してみると、如何どこにも善男善女面した人々で溢れている。石塚の言うことも満更じゃないようだ。店の人とは石塚はもうすっかり顔馴染みのように挨拶をしていた。

 二人は若狭の鯖と美山のそばを組み合わせた物を注文して、出来た品が載ったお盆をカウンター越しに受け取り、二人は店内で空いている席を探した。さっき聞いた画家を見付けると彼の席に近づいた。彼も同じそばを摂取しながら快く相席を認めた。画家はどう見ても三十代後半だろう。髪はかなり伸ばして後ろで束ねていた。男の髪は短めにして頭の形に添ってまとめるのが普通だ。芸術家気取りでもない彼は身なりは真面でも矢張り得体の知れない中年男性に見えた。

「どうした掛川」

 とまずは石塚が声を掛けた。呼ばれた男は直ぐ隣の男を見やった。

「ああ、此奴は同じ大学生で越村洋樹って言う。で、此の人は掛川寛人かけがわひろと。職業は自称売れない画家だそうだ」

「売れなくて大丈夫なんですか?」

 動じない彼に、越村は異星人のように掛川を眺めてストレートに訊ねた。

「そうだなあ。越村が不思議がるのも無理も無い。掛川の実家は俺の家と同じように小さいが事業をやっている」

 石塚は大学生だが彼はどうなんだ。

「見た所そこそこの歳だが働いてないんですか」

「働いている。ただ今は売れないだけだ」

 とそこに卑屈感はなく、掛川は俺の所為せいじゃあない。世間が認めないだけだと平然と言って退けた。

「これだけの心構えがないと芸術家は務まらないよ」

 変な処で石塚はサポートした。

「まあきちっとしたスポンサーがいればね。そうかしっかりと支えてくれる奥さんでも居ればいいですがお一人ですか?」

「そんな野暮な人が居るわけないだろう」

 それは石塚が決めるのでなく此の人だ。

「伴侶は野暮じゃないと日頃から言っているのは石塚だろう」

 と掛川さんも彼の矛盾を指摘した。

「そうだ無神経すぎる。要は愛情の問題だ。石塚にはそれが欠けてる」

 越村にすれば日頃からいっぱしの女性論を打つ石塚にはその実践が伴わない。夏休み前も恋に生きたいとたわいもない事をしゃあしゃあと石塚は言って何処か噛み合わない。それで石塚がこの集落に踏み入れ時に、それを矯正する為にここに滞在していると、越村はここに来て短時間で察した。それほど此処は人生の奇智に富んだ人の集まりだと感じた。

「それで掛川さんは独身ですか」

 しつこいと石塚が止めるのを掛川は制した。

「付かず離れず付き合ってる女は居る。要は愛情の問題だが、彼女の愛情は芸術の成果に賭けている。それに俺は目いっぱい応える努力をしている」

 画家の彼にとって作品は墓標であると云うのが彼の口癖だ。自分の心に思うことを絵にして残す。自分の生きた現世の証しを形にして遺したい。それが絵を描く一つの信念なんだ。生きて行く苦しさ切なさを絵にして遺してゆく。ただそれだけだ。

「だから女はその為だけに俺に尽くしている」

「そんな訳ないでしょう。掛川さんはもっとその女性と話し合ったことはないですか」

 これには無いとキッパリ言い切られて話が続かない。

「オイ、越村、会ったばかりでそれはないだろう」

 此の辺りの神経が芸術家には必要なんだと、掛川は意に介せずに美山特産のそばを美味そうに食べている。

「愛し合う。それは一般論だろう。女と云うものは、男もそうだが、愛の形は様々で恋した数だけ愛は生まれる」

 と掛川は箸を止めて、片想いも相手が気付いてくれればそれも一つの恋だと言い切った。憎しみ、嫉妬。なかんずくは怨念さえも形を変えた愛だと何の躊躇ためらいもなく云って仕舞うと、さも美味そうにまたそばをすすった。

「掛川さんはどんな絵を描いているんですか、一度作品を見たいのですが」

 これほどの愛欲が渦巻く持論を展開する彼の作品を見たくなった。

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