第13話 石塚との再会2

 沙苗さんが帰ると越村はがっくりとしたようだ。

「泊まるのならバスの心配は入らないだろう」

 どうやら石塚は勘違いしたようだ。

「朝一番に出て来てもう昼過ぎだろう」

 と誤魔化した。

「そうか、何か喰うか。かやぶきの里に行けば、観光地で広い駐車所がありそこならまだバスもある」

「行きしなに見たが、車で十分はあったから歩けば結構あるだろう」

「なーに、二十分もあれば着く」

「そんなに歩くのか」

 穂高を縦走するお前が、と笑われた。身体は健康体だが足はまだ病み上がりだ。此処には岩場もなく年寄りでものんびりと歩けるただの平地だ。そう言われれば行くしかない。

「まあ、そんながっかりするな。俺が此処に居座るのには訳がある」

「此処の風景が気に入ったからだろう」

「まあそれもあるが、それだけで一ヶ月も居られるわけないだろう。実際この狭い集落なら二日か長くて一週間もあれば堪能できる」

「じゃあ何だ。此処に住んでる人達と気が合うのか」

「それも有るが、それより俺と同じ目的でここへやって来る旅行者だ。彼らは俺と同じく心にわだかまりがあり、それを払拭したくてここへ来ている」

「どんな泊まり客がいるんだ」

 と浮かぬ顔で訊いた。

「それはこれからじっくり会わせてやる」

 二人は旅館を出ると車一台しか通れない道路を歩いた。此処を訪れる観光客はかやぶきの里にある、百台は駐められる大駐車場に車を置いてやって来る。ここまで車で来るのは旅館の泊まり客に限定されていた。

「本当にあの旅館は満室なのか」

「いや空室もあるが予約が入っているんだ。越村も今日明日ならいいが、長く居るのなら断られる。それよりどうだ。この茅葺きの集落は。大半が江戸時代から在るんだ」

 道路と鉄道に避けられたお陰で昔のまま残っている。

「どうしてこの集落は避けられたんだ」

「まあ見れば此処だけは開けた場所でこんな集落が出来たが、これを取り囲む山を見てみろ」

 かなり遠くにある山並みは集落を囲むようにある。

「此処だけなら道路も鉄道も通せるが関西から日本海となると、トンネルや橋が多くなり工事がそれだけ大変なんだ。これより奥は大学の演習林で、ほとんどが原始林に覆われている秘境中の秘境だ。人馬だけなら何とか通れる峠道はあるが、鉄道や車を通すとなると大変なんだと泊まり客の菅原さんから聞いた」

「そう言えば、日吉駅を過ぎると長いトンネルがあった」

「あの平成九年に出来たトンネルを抜けると美山町になるんだ」

「何だ十数年か、ちょっと前か」

「それまではヘアピンカーブが続く難所の過酷な道だったそうだ」

「やけに詳しいなあ」

「さっき云った菅原さんは、砂防ダムの工事責任者なんだ。彼はこの丹波一帯で砂防ダムの工事と補修をやってるんだ」

「一人でか」

「一人で出来るか! 工事をするのは地元住民で、その人達に指図をするのが菅原さんで、あの旅館にずっと泊まってる」

 菅原さんから此処の自然環境を教わった。他にも色んな人が居るが、石塚のようにひと月近く居るのは画家と僧侶だ。画家は解るか僧侶は解らん。

「僧侶と言っても一般の旅行者と同じジーパンにティシャツ姿で滞在して、訊かなければ僧侶とは解らん人だ」

 彼は僧籍を離れて、心の葛藤を取り払うために来た。しかし僧侶と聞いて越村はエッ! と驚いた。そうだろう普通はそう言う心に邪念を持つ人に寄り添い、正しい方へ導く人が癒やしさを求めてここに来るとは、聞いた最初は信じられなかった。

「しっかりしたものの言い方で、しかも大きい声で喋るがダミ声でなく透き通るような明瞭な言い方には説得力があり強要もしない。こうした方がいいでしょうと無理に押し付けない低姿勢な喋り方に心が引きつけられたんだ」

 此処は観光客が多いと言っても、流石に車もあの観光名物の人力車もやって来ない。

「ほ〜う、説法を説く寺の住職が、逆に落ち込んで仕舞う原因はなんなのだ」

「最近よくある墓終いを知ってるか?」

 最近はお墓を作らずに自然葬が流行って、これは当然お経も戒名も求めない。このままでは檀家も消滅して寺はすたれる。先祖が未来永劫まで続くと託して残した墓も、田舎にあって墓参りが出来ずに墓は荒れる。一方で墓のない樹木葬や海に散骨したりする。これでは寺は法事や法要も出来ない。

所謂いわゆるお寺も斜陽産業に成り果てようとしている。それに心を痛めて山里に残るこの集落の意義を住職は探し求めているんだ」

 タイムスリップしたような長閑な集落を歩けば、深刻さは頭に入っても身に染みることなく穏やかに考えられる。なるほど人生に悲観する心の痛みをこの風景が受け止めて、癒やしてくれてると此処は実感できる。

「それでその住職は答えが見つかったのか」

「う〜ん、そこなんだが、仏の教えは闇に閉ざされた心に光を当てて真っ当な人生に導く、要するに信仰心の問題だ。一方で死後の世界に安寧あんねいを求める人々の心の拠り所としてのお墓への心情が危機にひんしていると住職の深山常弱みやまじょうじゃくさんは悟ったのだ」

「そうか、お墓もお詣りするときは手を合わすわなあ。あれはご先祖に対する祈りか」

「そらそうだ。ご先祖さまの否定は自分の存在をも否定する。ご先祖さまがあっての自分だろう」

「そう思うと簡単には墓終いは出来ないだろうが……」

「越村、お前の両親は田舎だろう。老いて仕舞えば誰が見るんだ」

 やがて一大イベント会場のような雰囲気が漂う観光名所のかやぶきの里が見えて来た。

「二十分もこうして静寂な中で話して歩けば、自ずと議論に集中できて良い結果が出る気がするからみんなやって来るんだ」

「なるほど仏様が安置されたお寺の広間で聴くお経や説法より此処はいいなあ」

 やれやれ、やっと少しは理解したか。

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