第10話 石塚の姉3

 シャイな人の次はシリアスか。彼女の通うミッション系の大学では、石塚に似たり寄ったり当たり障りのない人の評価はそうなるのか。 

「それで肝心な事を聞きたいんですけれど。石塚は今どこに居るかご存じないんですか」

「そうね、居場所は分かっているけど如何どうしているかは解らないの」

 ハア? 言ってることが良く解らん。

なんですかそれは、じゃあ何処に居るんです」

「丹波の山奥の旅館」

「いつから?」

「夏休みに入ってから、越村さんが槍ヶ岳の山荘に行ってからプィと出掛けてそのままなの」

「帰ってこないんですか」

「そう心配はしていないけど、留年されると矢張り手広く商売をして世間体があるから家族は困ってるの」

 いったい石塚は家族から愛されいるのか、少なくとも目の前に居る人は例外として両親とお兄さんはどう考えているのか。

「それでお母さんは上がってもらいなさいとぼくを引き留めたのは」

「弟について聞きたいからでしょう」

「そう言われても、昨日まで穂高に居て何も知りませんよ」

「だから母もあなたも双方が持て余して困るでしょう。それで此処へあなたを連れ出したのよ」

 父親と長男は会ってない。母親は顔見知り程度で、どのように認識しているか知るには絶好のチャンスなのに。それを言えば沙苗さんも越村のことを弟から聞いた範囲でしか知らない。しかしこうして会って話すとその範囲は限りなく広いと解った。越村には石塚家の人々については目の前に居る沙苗さん以外はさっぱり判らない。お母さんだけでも面識だけはつけておけば、取り敢えず卒業後に仕事がなければ困らないようにしておきたいのが人情だ。

「それで家族は石塚をどう思ってるんです」

 此の人からでも石塚が家族の中で置かれている立場を知っておきたい。

「それもそうね。そこが気になるでしょうね。弟に対してもっと理解を深めてもらはないと手の付けようがありませんものね」

 弟に対してあたしたち家族は当て付けがまし所があると父は感じている。どうせ親のすねかじりで親元を離れれば何も出来ないと父は思っていただけに、急に旅に出た弟を最初は支援していた。あちこち知らない土地を廻って見聞を広めていたとばかり思っていた。ところが旅先からのお金の催促はいつも同じ場所だった。

「じゃあ一カ所に逗留していたのか。別にそれでも視野が広がっていいんじゃあないですか」

「それが長すぎていい加減かげにしろってなったの」

 こうなればどっちが先に音を上げるか我慢比べだと最初はいきり立った。それがひと月以上も経てば、大学のこともあるし。留年はみっともないと父が音を上げた。それで時間に融通が利くあたしにお株が廻ってきた。そこで弟からあなたのお話を良く聞かされていたのを思いだして大学へ探しに行くつもりだった。

「そこへ私が訪ねてきたんですか」

「ええ、それで母もあなたに上がってもらいなさいと言ったのです」

「お母さんも僕の事は知ってるのですか」

「以前は知りませんでしたが、最近になってお父さんから『祐司をなんとかしろって言われて』その時に弟が腹を割って話せる友達が居るらしいとあたしが父に告げた」

 母には寝耳に水で、お前その人を家に連れて来て欲しいと催促された処だった。

「そうか、これでお母さんとあなたの思いは判りましたが、人任せなお父さんは石塚をどう思っているのか」

「父はそれほど厳格な人じゃあない。どちらかと言うと、世間の経営者より人情味はあるが、仕事に追われるとそっちの方に気を取られて余程に行き詰まるまでは様子見に徹する人ですから」

「そうか、親は何が何でもごり押しするタイプでないのが石塚には救いですね。そこで私の出番ですか、以前からそんな兆候はあったんですか」

「ほとんど見られなかっただけに、家族の一員としては情けない話ですが、あなたの方が詳しいかも知れませんね」

「それでも沙苗さんにだけは僕の事を詳しく伝えている処を見ると、石塚は何か事が起これば僕に家族との橋渡しを期待して、沙苗さんだけには、俺にはこういう男がいると話していたのかも知れない」

「そうかも知れませんし、もしそうなら越村さんにそうして欲しいのですけれど」

 中々ハッキリとは言えないのは何故だ。石塚は家族から愛想を尽かされているのか? そんなことはないだろう。父親は何も言わずに滞在費を出している。

「金を止めればいいとお父さんは言っていないんですね」

「それを強引に言ってるのは兄なんです」

「お兄さんと石塚はそりが合わないんですか?」

「あたしと違って年が離れている所為せいもあって、小さい時からあたし達とは距離を置いていたんです」

「早い話が、兄貴面あにきづらして、あなたと石塚を頭ごなしに見ていたっていうことですか」

「ええ、まあそんなところです。その兄が今は会社の切り盛りをしているのに、弟がざるから水を溢すように旅館の費用に消えてゆけば、兄はいい顔するわけがない。父は二人とも可愛い我が子ですから、そこは大目に見ているけれど、それもゆくゆくは会社を任すとなれば、そんなにいい顔もしていられない。父はその岐路に立たされているんです」

「どれくらいの出費です」

「社員二人分の一ヶ月のお給料はもう越えてます。だから兄は苛ついているんです。誰がその金を工面しているんだと」

「それなら尚更、家族が会って説得すべきでしょう」

「それが難しいからあなたにお願いしたい」

 弟は今まで黙々と親や兄への小言どころが一切逆らったことがない。そんな無茶をしたことがないだけに困っている。それだけにあたしの話を聞いた家族から、あなたはその矢面に立たされていると言われた。



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