初志かんてつっ!~お姫様にプロポーズされたわたしの顛末~

ニノハラ リョウ

本編

「大きくなったら、結婚しよう?」


 一ノ瀬いちのせはるか

 女として生まれて早25年。あの日のことを今でも時折思い出す。

 生まれて初めて、そして今のところ最後のプロポーズの言葉をわたしにくれたのは、誰よりも可愛らしいお姫様のような女の子だったことを。


 ……まぁそれも残念なことに、勘違いが招いた結果だろうから、実るはずもないんだけど。


 その頃、わたしも彼女も小学生だった。

 二人の兄を持つ三人兄妹の末っ子として生まれたわたしは、頭が良くて両親の期待を一身に背負った長兄と、体を動かすことならなんでも得意で、人とのコミュニケーション力が神がかっている次兄を持っていた。

 そんな近所でも評判の兄達だったが、別にコンプレックスに思う訳でもなく兄妹仲は悪くなかった。両親とも……悪くなかったと思う。


 ただまぁ、こんな片田舎の兼業農家が溢れている一般的な家庭では、末っ子だけにそこまでお金をかける発想がなかっただけで。

 そんな事情もあり、小学生の頃のわたしは、だいたい兄達のお下がりをきて、母親がカットする自宅床屋でショートカットにされていた。

 残念なことに、長兄の頭脳は微塵も受け継がず、まぁなんとか体を動かすことは好きかなぁ? くらいの人間だったので、周囲も女の子、というよりは男の子に近い扱いをしていた……と思う。


 みんなでドッジボールをすれば、男の子に狙われてボールをぶつけられそうになってる女の子を庇ったり。

 運動会のリレーではアンカーで独走してみたり。

 お菓子持ち込み禁止の小学校で、バレンタインの日に女の子達から色々手の込んだ手紙を貰ったり。


 ちなみにホワイトデーにむけて一人一人にお返しの手紙を書いたら腕がつった。


 そんな、女の子に囲まれ、男の子に好敵手のような仲間同性扱いになっていた頃、彼女は転入してきた。


 それは秋も終わり。

 校庭の木々はほとんど葉を落として骨ばった姿を晒してて。

 通学路の田畑は大地の色をあらわにしていた、そんな頃。


高橋たかはし千里ちりです。よろしくお願いします」


 担任の隣で彼女がそう告げると、教室は俄に活気だった。

 人の流出入が滅多にない片田舎で、新顔は珍しいっていうのもあったし。

 なにせ彼女はここらで見たことないレベルで洗練されていた。

 艶々とした黒髪は真っすぐ背の中ほどまで伸びていて。

 小さな顔にバランスよく配された鼻と口。黒目がちな大きな瞳がとてもきれいで。

 ぽつりと落とされた左の目尻の泣き黒子が、どこか美しい。

 わたしが着たらあっという間に汚して母親に怒られるまでが規定路線の、白くて清楚なワンピースは彼女にとても似合っていた。

 落ち着いた物腰とか、一つ一つの所作とか。

 そう言ったものが全部全部洗練されていて。

 まるでそう……この間読んだ「田舎のねずみと都会のねずみ」みたいな違いを感じた。たぶんみんな感じていた。

 いや別に彼女を排除したいとかそういう気持ちがあった訳はないんだと思うんだけど。


 どこか浮世離れした彼女の存在に、周りは浮足立って、腫物のように扱ってしまうのも。

 たかだが十年くらいしか生きてない小学生では致し方なかったのかもしれない。


 そこで生来お節介なわたしが顔を出して。

 なんとなく浮いていた彼女に話しかけて、なんとなく仲良くなって、そしたらなんとなく周囲も近づいてきて。

 初雪がちらつく頃にはちりちゃんはクラスに馴染んでいた……と思う。


 それでもちりちゃんの一番近くにいたのはわたしで。

 周りの女の子は『お姫様と騎士』みたいねって盛り上がっていた。

 わたしの役目が『王子様』じゃないあたり、みんな正直だ。まぁ、お姫様の侍女そえものじゃなかっただけ良かったのか?


 時折ちりちゃんのうちに遊びにいくと、ちりちゃんを大人にしたようにそっくりなお母さんがいて。……お父さんはいなくて。

 周りの悪意ある噂好きの大人たちは、『都会で悪い男に弄ばれた』だの、『むしろ弄んで父親の分からない子を産んだ』だの、言いたい放題だったって言うのは、ちりちゃん達がいなくなってから聞いた話だ。


 そしてあの日。


 珍しくちりちゃんのお母さんがいなくて。

 ちりちゃんちに二人っきりで。

 さらさらと降り始めた雪が、音を奪っていたあの日。


 何がきっかけだったかもう思い出せないけど。

 急にわたしを押し倒して馬乗りになったちりちゃんが泣きそうな顔を近づけてきて。

 さらりとちりちゃんの長い髪がわたしの頬をくすぐって。

 僅かに触れ合った唇は、見た目と同じくらいふわふわと柔らかくて。


 顔を上げたちりちゃんは、黒目がちの瞳からほろほろと綺麗な雫を落としながら。


「大きくなったら、結婚しよう?」


 って、綺麗に笑うから。

 

 わたしはこくりと頷くしかできなかった。

 



「あれ、ぜったい男と間違われてたって」


 チャランチャランとなるスマホのアラームを手探りで止める。

 懐かしい夢は、どこか寂しさを伴って胸を擽った。


 何故なら……。

 あのプロポーズの後、彼女は母親と共に姿を消してしまったから。

 噂によると、事情があって離れていた父親が二人を迎えにきたそうだ。

 存在自体が夢幻だったかのように、あの美しいお姫様はあっという間に目の前から消えてしまった。

 だから……いつまで経っても覚えているのかもしれない。

 どこか甘酸っぱくて、そして儚い彼女の存在と、人生で最初で最後のプロポーズと、ファーストキスのことを。


 ベッドから身を起こせば、あの頃のちりちゃんと同じくらいに伸びた髪がさらりと肩に落ちる。


 くるりと部屋の中を見回せば、都会で女性が一人暮らしをするには充分な広さの部屋に、所狭しと綺麗な物、可愛い物、素敵な物が置かれていて。

 それを一つ一つ視界におさめながら、今朝もわたしは満足げに頷いた。


 朝の身支度をしながら、懐かしい夢と共に今までのことを思い出す。


 きっかけはなんだったか……。


 そうだ、あれはちりちゃんがいなくなってしばらくして。

 わたしが中学生になった頃だろうか。

 当時次兄が連れてきた恋人、今は次兄の妻でわたしの義姉となった人と出会ったことで、わたしに転機が訪れた。


 初めて義姉を次兄が家に連れてきた時、わたしは雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


 義姉は……とても可愛らしい人だった。いや、可愛らしさで言えばちりちゃんの方が凄かったけど。

 ちりちゃんは、愛らしい見た目とは裏腹に、結構シンプルなものが好きだった。

 着ているものこそ、ちりちゃんのお母さんが選んだものらしく女の子らしさが前面に出ていたが、持っているものだったり、ちりちゃんの部屋に置かれてるものだったりは、基本的にシンプルなモノトーンで揃えられていて、ちょっと意外に感じたものだ。


 だけど義姉の方は、そのスタイルから服装、持ち物全てが可愛いもので揃えられていた。

『女の子を楽しまなくてどうする!』が信条の義姉は、『可愛い』を求めてとってもアグレッシブだった。


 そんな義姉から見て、いつも兄のお下がりを着て、ぼさぼさの髪でいるわたしは許しがたい存在だったらしく。

 一応わたしの意向を聞いてくれて、別に男の子の格好を好きでしてるわけでは無く、着る物がないから着てるだけだと、その方が面倒がないからだと告げた瞬間。

 ギラギラと目を輝かせた義姉は、わたし改造計画に乗り出した。


 綺麗な物、可愛い物、女の子らしい物。


 今まで触れてこなかったそれらは、とてもキラキラと輝かしくて。


 どうも、無意識に抑圧されていたらしいわたしは、見事にのめり込んだ。


 最初は義姉が使わなくなったものを貰って、バイトができるようになると自分で買うようになって。

 大学入学を機に実家を離れ、賃貸ながらも『自分の城』を手に入れたわたしは、自分の好きな物に囲まれる生活を耽溺するようになった。


 その様子を、長兄はどこかほっとしたように、次兄もニヤニヤとしながらもどこか安心したように見ていたから、もしかしたら兄達は、両親のわたしへの扱いに思うところあったのかもしれない。


 そして25歳の今。

 身支度を整えて、玄関の姿見を覗けば、ビジネスライクながらも自分の好きな物で身を包んだわたしが映っていた。

 ちゃんとアイロンで巻いた髪とか、テクを駆使してナチュラルに盛れるメイクを施した顔とか、シンプルなカラーだけどちゃんと整えた爪先とか。

 小学生時代のわたしを知る人間だったら二度見しそうなくらいには『女性可愛い』を楽しんでいる自分がいて、朝からとても嬉しくなった。




 

「おはよーございまーす」


 職場に顔を出せば、いつもは落ち着いているオフィスにどこか浮ついた空気が漂っていた。

 その様子に首を傾げなら自席に着くと、隣の後輩ちゃんが嬉々として話しかけてきた。


「ねぇねぇ、遥先輩! 聞きました?」


「何を~? あ、そのリップ新色の? かわいいねぇ~。よく似合ってるぅ!」


「もー、先輩目敏いんだから! でもありがとうございまーす!

 じゃなくて! 聞きました? 例の話っ!」


 普段は落ち着いてるだけに、彼女がここまで興奮するのは珍しい。

 だからこそ、例の話とやらに興味が引かれた。


「たぶん聞いてないんじゃないかなぁ? みんな浮足立ってみえるのもそののせい?」


「そうなんですよ! 聞いて驚いてくださいっ! 海外に出てた御曹司が帰ってくるらしいんですよ!」


「……誰?」


 わたしの返事に、後輩ちゃんがぽかんと口を開く。

 そして、悩まし気にかぶりを振った。


「もー! なんで先輩はそんな女子力高いのに、男に興味ないんですか?!」


 いや、そんなこと言われても。

 別に興味ない訳じゃないやい!

 趣味に割く時間が多過ぎるだけだい!


 その時ふと、冬の匂いと共に人生の最初で最後のプロポーズが頭をよぎった。

 綺麗な涙と、それに溺れるように色を濃くした泣き黒子が……とても美しかった。


「実は恋愛対象、同性とかですか?! すみません私は男の人が好きですっ!」


「ちょっと! 勝手に想像して勝手にフルのやめてくれない? 酷い風評被害だわ」


 勝手に失恋させられた気分だわ。

 だって、後輩ちゃんには付き合って一年の彼氏がいるのを知ってるし。

 その彼氏が向かいの席から仇のような目で見てくるし。

 ちなみにその彼氏はわたしの同期で、両片想いでモジモジしてた二人の背中を押したのはわたしだったりする。


「御曹司ですよ御曹司! 今の社長の息子のっ!」


「あぁ~なんか聞いた事……あるかも?

 最近までずっと海外支社の立て直しに奔走して、日本にいなかったっていう……」


「そうですその人です! なんでも物凄いイケメンらしいんですよっ!

 なのに日本でも海外でも浮いた噂一つなくて……。それが何でも子供の頃から婚約している最愛の婚約者がいるかららしいですよ!」


 いいですよねぇ、一途男子。とうっとりする後輩ちゃんに、オレオレアピールする向かいの席の男が視界の端に映ってうざい。


「へぇ。そんなイケメンなら一度見てみたいかもね~」


「今、社長室に来てて、その内各部署にあいさつ回りするらしいですから、見られると思いますよっ!」


 後輩ちゃんがそう言った瞬間、廊下の向こうから悲鳴のようなざわめきが届いた。


「?! 来たみたいですよっ!」


 妙にキラキラして好奇心も顕わな後輩ちゃんを見る向かいの男が涙目になっていたのは、敢えて指摘しない。

 大丈夫。後輩ちゃんのこれは単なる好奇心だ……多分。


 そして、件の人物は姿を現した。


 女性陣の喜色の声に包まれて現れた人物は、確かにイケメンだった。


 すらっとした体躯と長い手足を、体型にあったスーツに包んでいて。

 どこか育ちの良さを感じさせる所作が、そのイケメンぷりを底上げしていた。


 艶やかな黒髪を短く整えて、少しだけ長めの前髪を後ろに流していて、秀でた額があらわになっていた。

 長躯であることを印象付けるのに一役買っているであろう小さな顔は、目と鼻と口がバランスよく収められている。

 特に印象的な黒目がちな瞳は、濡れたような印象を与え、目尻にぽつりとある泣き黒子が一片の艶を佩いていた。

 それはひとたび視線が合えば、誰もがどきりと胸を高鳴らせてしまいそうな艶やかさだった。


 そして……何故か、どこか、既視感があった。


三井みつい千里ちさとです。今まで海外の支店ばかりでしたが、今日から本社でお世話になりますのでよろしくお願いします」


 ちょっと低めの声もまた艶やかで。

 最前列で聞いていた女性陣がうっとりとした視線を投げていた。


 人垣の後ろ、少し離れたところで、後輩ちゃんとその様子を眺めていると、くるりと三井氏がフロア内を見渡して……。


 わたしの姿を見止めると、何故か花開くように笑った。


「……へ?」


 ざっと前の人達が振り向いたのに合わせて、わたしも後ろを振り向く。……背後には書類を仕舞っておくキャビネットしかなかった。

 あ、また誰かファイル入れる場所間違えてる。


 ……じゃなくて。


「……え?」


 視線を前に戻す頃には、皆のざわめきも耳に届いていて。


 「……せ、先輩?」


 めちゃくちゃ動揺している後輩ちゃんの声が耳に届いたのは奇跡に近いだろう。


「……は? ……ぐえっ!?」


 気づけば御曹司に抱きしめられていて、オフィスの中は阿鼻叫喚。とどろく悲鳴が他の部署の人達を集め出す。


 そんな中、呆然自失のわたしを置き去りにして、御曹司は決定的な一言を放った。


「会いたかった! さぁ結婚しよう! 今すぐ結婚しよう! 式はあとで、とりあえず婚姻届だけだそう? 

 ずっと持ち歩いてたから、あとははるちゃんの名前を書くだけだよ? さぁ行こう! 今すぐ役所に行こう?!

 新婚旅行はどこにする? 色々言葉喋れるから、どこに行っても楽しませるよ?

 あぁ幸せだなぁ! 帰国早々はるちゃんに会えるなんて! やっぱり運命的だよね僕たち!」


「は、はぇ?!」


 イケメン御曹司にお姫様の如く横抱きにされて、気づけば人妻になっていた。


「はぇぇぇぇぇ?!」




 

 だって知らなかったのだ。

 御曹司がまだ幼い頃、わが社が後継者争いをしていて、それに巻き込まれた現社長がトラブルを遠ざける為、片田舎のわたしが住む街に妻子だけ避難させた事も。

 さらにはトラブルを避けるため、御曹司には奥様の旧姓を名乗らせ、更には女装させて敵の目を欺いていた事も。

 そして当人は、「高橋たかはし千里ちり」という女の子になってわたしのいた片田舎で生活していた事も。


 全部全部教えてもらえたのは……。


 今日は初夜だねっ! って張り切った彼が、都内有数のスイートルームのふかふかのベッドにわたしを押し倒したタイミングだったなんて事も。


 会社の廊下をお姫様抱っこで運ばれていくわたしには、まだ知る由もなかった。





(side 千里)

 ずっとずっと好きだったよ。

 急に母親と一緒に家を出されて、父親に見捨てられたと思って、勝手に絶望して塞ぎ込んでた僕の手を引いてくれたのは君だった。

 満面の笑顔でキラキラしたエネルギーをみんなに分けてるみたいに、君の周りではみんな笑顔だった。

 

 だけど……。

 

 そのキラキラを、君の笑顔を、独り占めしたいって、誰にも渡したくないって気付いたあの日。

 衝動的なプロポーズとキスを君が受け入れてくれたから。

 僕は今まで頑張ってこれたんだ。


 だから……ありがとう。大好きだよはるちゃん。




 

 

 

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