2024/11/30(SAT) 血の学芸会
【元日記】
子供の学芸会に行く。演目は『西遊記』。
子供たちがちゃんと演技をしていて、びっくりした。演技上手い。
お母さんの時代は、演技をするっていうことの心理的なハードルが高くて、みんな棒立ち演技だったんだよ。と思いながらマジで感動しながら全ての子を見た。時代の変化!
↓ 盛り盛り
【嘘日記】
この記事は一人の記者の血によって書かれている。私は記事を書き終えた後、生命をかけて掲載の交渉にいどむつもりである。天天新聞社が消えようとも、天天新聞の伝えた真実は消えないと。
事件は去る11月30日の土曜日、帝都東京某所にて起こった。
全国の小学生児童諸君が尊き秋空のもと、日々の学芸諸事の鍛錬の成果を公開せんと集まった。五千五百余校から参加せし児童たちの頬は紅葉のごとく赤く、目は凛々しく輝いていた。
なにしろ天覧の催しである。児童諸君の緊張たるや想像に難くない。
国母の御前にて披露されし『西遊記』は人食い妖怪の
児童の演技は真に迫り素晴らしいものだった。しかしこれが問題であった。素晴らしすぎたのだ。
仏敵である妖怪牛魔王の恐ろしさに、観覧に招かれていたの米国のファーストレディが失神。さらには仏蘭西の大統領のSPが、仏敵牛魔王のあまりの迫力に銃を乱射。乱射。乱射。
秋晴れの下で血の雨が降る。児童の血は鮮烈な赤。(若いので)
さすれば国母の身辺を守りし我が国の志士隊も沈黙とはいかない。抜刀である。総抜刀。国母の御前で抜いたとなれば、あとは切るのみ。敵を切って、最後には己の頸も切る。国母の前で抜いた刀は全てを切らねばならぬからである。
そんなわけで、観覧に招かれた
各国SPと志士も死亡。
児童の死体が累々と連なるうえに涙をこぼした国母は三蔵法師のごとき尊さであったという。
生き残った児童の肩を抱き、奥に控えし忍者隊に守られ、国母は会場を後にした。ことの全てを収めた弊新聞社のカメラマンは、会場を出る国母を写したために忍者が投げた手裏剣に喉を貫かれて殉職を遂げた。国母を写すことは許されない。
しかし、この事件を残さないというのは、赤い頬をした児童の活躍を、雄々しき孫悟空を、恐ろしき牛魔王を、その演技のすばらしさを忘却の空に放り捨てるということである。それで良いのだろうか。
さらには
写真である。
写真は雄弁に語るであろう。国母が児童に向けた憐みを、国民は写真で知るであろう。愛国の心を強くするであろう。
我が国の報道の歴史の転換点に今、私は記者として立とうとしているというわけである。
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