10日ほど練習した曲。

 Owl City & Carly Rae Jepsen の『Good Time』。

 明るくてテンポがよく、ハッピーな気持ちにしてくれるようなメロディー。


 まどかは隣りからの圧に負けた。

『早くしろ』と目で視殺されては、白旗を挙げるしかない。


 静まり返っていた体育館内に、ざわめきが起こる。

 校内でも大人気の上條くんがステージ上にいるからだ。


 いつ私が練習してるところ見てたのか。

 本当に課題曲が何なのか、知ってるのか。

 どうして、今ここにいるのか。


 脳内がぐちゃぐちゃになってしまうのを必死に堪え、チラッと横に視線を向けると、ほんの少し笑みを含ませた表情で小さく頷く。

 私は覚悟を決め、ごくりと生唾を飲み込み、鍵盤に指を乗せた。


 左手からスタートする曲だが、すぐに右手が加わり、しかも左手と右手が触れ合うほどに近い鍵盤を弾かねばならない。

 楽譜が無いのにもかかわらず、上條くんは私に完璧に合わせてくれる。

 初めて彼と連弾しているというのに、全く違和感がない。

 それどころか、彼は空いた左手で間繋ぎのアレンジ部分でない箇所にもアレンジを加えている!

 えええっ、何者なの?!


 そもそも、彼がピアノを弾けるということすら、今初めて知ったのに。

 気まずさと痛みを忘れさせるほどに彼の演奏は見事で、緊張していたことすら忘れて楽しくなっていた。


 時折、彼からシトラスミントの優しい香りがふわっと漂って来る。

『楽しもうぜ』そう言っているような表情を浮かべる彼に、思わず笑みが溢れた。



 およそ5分ほどのスライドショーが終わり、上條くんと共にステージ上でお辞儀をすると、悲鳴に似た歓声と拍手の嵐。

 それらは私にではなく、完全に隣りにいる彼に向けられたものだ。


 颯爽とステージ裏へとはける彼を追う。


「上條くん、ありがとう!今日も、……あの日も。それと、叩いてごめんなさい」


 やっと口に出来た感謝の気持ち。

 それと、心からの謝罪を。


 軽く手を上げた彼。

 振り返ることなく、彼はクラスの列へと戻って行った。

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