7
視界に映る彼の手。
ごつごつとした骨ばった大きな手の親指の付け根部分にちょっとした傷がある。
ドアに手を着き、私のために空間を確保する手のなのだけれど、綺麗な爪に思わす見惚れてしまう。
「邪魔だし、鬱陶しい」
「……」
「電車に乗る時くらい、しばっておけよ」
電車がガタンと横揺れするたび、まどかの長い髪が上條くんの顔にかかってしまうらしい。
私の顔を挟むように目一杯伸ばされているから、少しでも横を向けば、彼の顔に触れてしまいそうな距離感だ。
さっきまでの優しい声音とは一転して、耳元に落とされる声音が、かなり刺々しい。
別にいいじゃない。
長かろうが、垂らしていようが。
上條くんには関係ないじゃないっ!
言い方ってもんがあるでしょっ!
女の子相手に、もう少し気を遣うとか出来ないわけ?
こんな至近距離で苛ついた声音で言われたら、申し訳ないとか有難いという感情ですらどんどん薄らいじゃう。
やっぱり、彼はデリカシーの欠片もない毒男だ。
降車駅の人形町駅に到着した。
ドア付近から電車内の中央へと押し流されそうになる私の腕を掴んで、上條くんが電車から降りた、その時。
「ありが……痛っ」
私の髪が、彼のYシャツのボタンに絡まってしまった。
「あっ、悪ぃ、動くな」
「っ……」
ホームから改札口へと向かう人の波に呑まれないように、抱き寄せるみたいに背中に手が添えられた。
ホームに降り立った私は慌てて絡まった髪を解そうとボタンに顔を寄せた、次の瞬間。
駆け込み乗車を注意するアナウンスと共に、階段から駆け上がって来たサラリーマンに、肩にかけていたバッグがぶつかり体が不可抗力で傾き、髪が絡まったボタン部分に視線を落としていた彼に――。
「んっ……ッ?!!」
えっ、うそっ……。
唇に柔らかい感触が。
しかも、目の前に目を見開いている彼の顔がどアップに。
うっわぁっ!
私、上條くんとキス、……してしまったらしい。
条件反射で体を目一杯のけ反らせ、ブチッという音と共に、パッチーンッ。
ハッと我に返った時には上條くんに平手打ちしていた。
「私に気安く触んないでっ!」
「ッ?!」
生まれて初めてのキス。
事故だと分かっているのに、恥ずかしすぎて心にも無いことを口走っていた。
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