第34話 最終決戦③ 決着

 ティエリ王子が腕を胸元の高さまで上げた。

 指先は私を指し示すようにピンと伸ばされている。


 ――横へ飛ぶ。判断は正しかったようで、先程まで私がいた場所からは火の手が上がっていた。


「リリアナお嬢様を狙うなら、シノが相手っすよ!」


 シノが手裏剣を連続していくつも投げる。

 ティエリ王子が腕を振りかぶった。手裏剣が今しがた作り出された氷の柱に突き刺さる。


「うーん、こうなっちゃうとオレの出番がない」

「ニートの煽り屋じゃないっすか」


 エミール様の言う通りだわ。ティエリ王子は明らかに私を狙っている。

 だからこそ隙も多い。攻撃を避けて避けて、そうすれば好機チャンスは容易に訪れるだろう。


「下賎な者の発言を、十文字以上も許したのが間違いだった……」


 ティエリ王子がポツリ呟く。


「違うな。お前の存在を許していたのが間違いだった。そうだろう? 無能力の役立たず者」

「なんとでも言ってくださいませ」


 今更、何を言われようと臆することはないわ。

 ティエリ王子が振り上げた手の指す軌道上を避けつつ、着実に距離を詰める。


「このボクの命令を違え……能力の開花もせず、役にも立たず。何のために生きている?」


 先の尖った氷柱つららがティエリ王子の胸先に幾多も生成された。先端は全て私へ向けられている。

 見た目こそ恐ろしいが、そう大きくもない。指先から肘ほどの長さだろうか。避けるのは造作もない。


 一斉に発射された氷柱つららを屈んで躱し、更に前へ。


「お前はボクの――誰の役にも、何の役にも立たない無価値な存在」


 ティエリ王子の眼球がチラリと横へ動く。

 視線の先にはユリアンが居た。


「役立たずの分際で、ユリアンを思い慕っているだと――!? お前にユリアンの何が分かる? お前の存在がユリアンの何になるというんだ!」


 ホンザ様にも言われたわ。

 私はユリアンにとって何の役にも立たない、足を引っ張るだけの存在。

 分かっている、けれど、でも。


「愚弟、その台詞は横恋慕する人間のそれだろ……」

『いつの間にかBL配信を見せられていた俺たち』

『劣等感受け……推せる……』

『は? 劣等感拗らせ男は攻めだが?』

『喧嘩すな! そんなことで!』


 怒りを具現化するように、ティエリ王子の指頭が示す先へ雷が落ちる。

 けれどもうティエリ王子の能力は私に当たらない。

 ――分かっちゃったもの、ティエリ王子の動作クセ


「いや、元々愚弟は横恋慕グセがあったか。いくら身体能力に優れてるったって、能力が開花するかも分からないリリアナを婚約者にするなんて博打――ユリアンの片思い相手がリリアナだって知ってなきゃ、打たなかっただろうよ」

『待ってさっきから情報が多い』

『闇深過ぎだろ! こえーよ!』


 シノが投げた手裏剣が、ティエリ王子が起こした風により軌道が変わり四方八方へ飛んでいく。

 ひとつ、私の目の前に飛んできた。咄嗟に掴む。

 風が止んだ一瞬を狙いティエリ王子へ投げ付ける。


「……ッ!」


 能力発動の合間を突かれたのであろう、ティエリ王子の頬を手裏剣がかすめた。

 血が一滴、流れ落ちる。

 更に一歩踏み込んで追撃を――そう思うも、ティエリ王子が作り出した氷の柱に行く手を阻まれた。


 私が投げた手裏剣の軌道は、綺麗なものではなかった。ヘロヘロと言い換えてもいい。

 けれどもティエリ王子の頬を傷付けられた。その損傷が一つの事実を示している。


 能力発動が追いついていないんだわ。

 ティエリ王子が聖女より奪った能力。彼女アネットと比べ、全く使いこなせていない。

 その証拠が――能力発動の際に、いつも大きく振り被る腕の動き。


 ティエリ王子が即座に能力を発動できる場所は、指先を向けた延長線上だけ。

 それが対峙の結果、得た結論だった。


 ユリアンに凍らされた手の動きを封じられた時。氷の融解にティエリ王子はヤケに時間を掛けていた。

 ――時間がんだろう。


「……ボクの頬に、傷だと?」

回復アネットの能力であればすぐ癒えましょう。降参は早いほど良いですよ? ご自慢の顔面が無くなる前に」

「この程度で図に乗るとは、よほど成果に飢えているようだな……!」


 ティエリ王子が苛立たしげに頬の血を拭い払った。


「その考え方こそお前が愚妻、能無しである証拠」


 眼前にて行く手を阻んでいた氷の柱を蹴り割る。

 お喋りに夢中な今であれば、破壊に割いた隙をティエリ王子より突かれる心配もない。


 ティエリ王子が手を振り下ろし叫ぶ。

  

「お前のような役立たずには価値がない! 誰も必要としないんだ! 愛される資格などない……!」


 ――次の攻撃で決めるわ。

 腹を括って握り拳に力を入れる。


 瞬間。

 数多の巨大な氷柱が、地面より突き出すように現れティエリ王子を包囲した。

 先の尖った杭状の氷は、身体を貫かれていたら即刻絶命していただろうと思わせる。


『デッッッッ』

『さっきまでと比べて巨大過ぎんか?』


 ――ティエリ王子の作り出した氷ではないわ。

 能力発動の兆し腕を振り上げるなどもなければ、規模感も違い過ぎる。


 ユリアンだ。

 氷柱より目を離さず、脇目だけでユリアンを見やる。


 視界の隅でユリアンは鬼のような形相でティエリ王子を睨み付けて。


「……チッ」


 舌打ちをした。

 ……き、キャラ変……!?


「忌々しい奴――!」


 ティエリ王子のくぐもった声が聞こえてくる。

 氷柱に包囲され身動きは取れないようだが、氷漬けにはなっていないようだ。


「こちらの、台詞だ……」


 応えるようにユリアンが呟いた。

 ――ティエリ王子に不当に責められ怯んでいた時と、様子が違う。


 元の調子に戻った……とは、言い難かった。

 だっていつものユリアンは、あんなにキレ散らかしたりしないし……。


「リリアナを、……俺の、妻を」


 じわり、ティエリ王子を取り囲む氷から水が流れ始めた。

 能力を使用し溶かしているのだろう。が、遅すぎる。腕を振り上げる隙間もないようだ。


 ユリアンの口から普段では考えられないほどの低音が零れ落ちた。


「……これ以上、愚弄するな……!」

「誰がお前に十文字以上の発言を許した!? なあユリアン!」


 氷が解け終わる直前――もう、間合いは詰め終わっていた。

 視線をユリアンに向けていたためだろう。私の接近に寸前まで気付かなかったティエリ王子が、薄い氷を隔てた向こう側で目を見開いていた。


 一打目で氷をかち割る。

 飛び散った氷の破片を気にも留めず二打目、振り上げようとしたティエリ王子の腕を叩き落とす。


 三打目。右ストレート。

 今度こそ確かに、ティエリ王子の頬を赤く染め上げた。

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