第33話 最終決戦② 挑発

 迷宮内が熱気に包まれる。ティエリ王子の襲撃炎攻撃予告であることは明白。

 反撃チャンスだわ。集中し機を伺う。


「うっわ……エミール殿、為政者より煽り屋のが天職なんじゃないっすか」

「オレの能力、反射カウンター型だからさあ~。愚弟ティエリから来てくれないと困んのよね」


 ヘラヘラ笑うエミール様に向け、ティエリ王子が手を差し伸ばす。

 ――次の瞬間には、エミール様が立っていた場所が爆発炎上していた。

 血の気が引く。けれどいつまで経っても、鼻腔に肉の焼け焦げた匂いが届かない。


「アッハハハ、愚弟はすーぐ頭に血がのぼる」


 気付けば掌上に炎の球を携えたエミール様がティエリ王子の背後に立っていた。

 炎の球は一瞬にして増殖し、四方八方よりティエリ王子に襲いかかる。

 ティエリ王子が瞬時に腕を振り回しドーム状の水壁を作り出した。炎の球が消火される。


「上出来、上出来。オレの攻撃を防ぐだけならね」


 水の壁が視界を遮ってくれたおかげで、容易に距離を詰めることができた。

 私の背後から飛ぶ手裏剣が水の壁を突き抜けティエリ王子の足を縫い止める。


 水の壁を破るように走り抜ける。

 ティエリ王子の見開かれた目が、ようやく私を捉えた。防御姿勢でも取るつもりなのか、腕を振りかぶろうとしている。

 今更遅いわ。


「その口、もう要りませんわよね!」


 顔面に一発、殴打をぶちかます。

 そして後退。一撃離脱ヒット・アンド・アウェイは得意中の得意。


 ――しかし私の拳を受けたティエリ王子の顔は予想より綺麗であった。

 強い殴撃の痕が頬を染めているものの、鼻や口が潰れたりはしていない。


 拳に残る感触。冷たく硬いものを殴ったようだった。

 ティエリ王子の足元には砕け散った透明の物体がいくつも散乱している。

 ……ギリギリのタイミングで、氷を顔の前に生成し直撃を防がれたのか。


「危機一髪で頼る能力が氷ってさ〜。愚弟、マジでユリアンのこと高く買い過ぎじゃん〜」

「……ハハハ、兄様。下手な洒落は不快なだけですよ?」


 ティエリ王子が腕をだらんと垂らした。直後、ティエリ王子の足元に火が灯る。

 飛び散った氷が全て溶けていく。


「所詮、偽りの姿でしか幸福を得られない輩。何を気に留める必要があるのか」


 視界の隅でユリアンの肩がビクリと浮いた。

 その姿に、ずっと堪えていた何かがプツンと切れる。

 

 分かってない。何も分かっていないわ。

 ティエリ王子も、……ユリアン本人すらも。


 頭に血がのぼっているのはどうやらティエリ王子だけではなさそうだった。

 ――ふふ、ティエリ王子。私たち、こんな共通点があったのですね。


「偽り、偽りって。ティエリ王子、ずっと何の話をされているのですか」

「……能力もなければ耳も付いていないのか?」


 ティエリ王子がそれを言うのか。

 私の方がまだ、あなたよりは他者の言葉を聞く聴力に恵まれていると思うけれど。


「領民はユリアンを支持している」


 ティエリ王子の眉がわずかに動く。しかしそれ以上は表情を崩さない。

 冷ややかな視線。けれどもう委縮する私ではない。

 

「それは寒冷化の原因がユリアンだと知らないから、ではありません。ユリアンが領民を大切に思っているから」


 領民の顔が幾多も思い浮かぶ。

 山火事から民を守ったユリアンに、感謝の念を抱く街の人々。

 寒冷化に喘ぐ農民に手を差し伸べたユリアンと、ユリアンのもたらした知識を正しく扱う農民たち。


 領主と領民の関係は利益で繋がっている。領民は税を納め、領主は統治による安寧を与える。

 その利益関係が破綻しないのは――ユリアンと領民の間に信頼があるから。


「人々が信頼を置いているのは、領民を思うユリアンの姿。その姿のどこに偽りがありましょうか」


 ティエリ王子を睨む。

 無表情で話を聞いていたティエリ王子が忌々しそうに眉根を強く寄せた。


「笑わせるな。何をもって愚民はユリアンを信用した? 寒冷地農法における解決策を与えた件か」

「おっ! 愚弟、ユリアンのこととなると耳が早いな」


 ティエリ王子が舌打ちを鳴らす。


「――寒冷化を引き起こした張本人が! 解決策を与え、領民のためなどとうそぶいて」


 金髪を揺らし宙を切り裂いたティエリ王子の指先は、私の言葉すべてを否定しようとしていた。


「その姿のどこに真実があるんだ!?」

「利益の提供、それ自体は支持基盤において重要です。しかしそれは本質ではない」


 ユリアンの本質。それは彼自身の行いによるものだ。

 そのことを分かっているのは農民だけではない。


 私も、よく分かっている。

 ――何度も助けてくれた。気遣ってくれた。

 失敗した私を責めもせず、抱きしめてくれた……。


「ユリアンは決して、完璧な人間ではありません。コミュニケーションに難があるし、不器用で……だから愛情を上手く示せないことも多い。けれど」


 視界の端にユリアンの俯く姿が映った。

 少しでも早く悲痛な表情を消し去ってしまいたいと強く願う。

 ……私が語りかけている相手は最早、ティエリ王子ではなかった。


「けれど――愛情深く領民を、妹を、そして私のことを思ってくれている」


 それがユリアン。ユリアン・ツー・ハイデッガー。


「だから私も、思い慕っているのです。ユリアンのことを……」


 ユリアンがようやく顔を上げた。

 視線を感じる。驚愕を湛えたユリアンの顔色が、徐々に赤く染まっていくのが視界の端に映る。

 ユリアンの視線に応えようか迷って、――しかし。


『告白だー!!』

『眩し……目が潰れる……』

『キスしろキス! キース! キース!』

『推しの結婚……ツラいけど……リリアナ様が幸せなら……』


 ……応え損ねる。

 この状態でユリアンと視線を交わし合うとか、む、無理。


 盛り上がるヤジの飛び交うコメント欄とは対照的に、ティエリ王子は腑に落ちない様子で目を細めた。


「言っても分かりませんか……」


 ……それこそ最初から分かっていた。

 ティエリ王子が民意を、私の気持ちを理解できる筈がないことくらい。


 分かっていたのに。頭に血がのぼって、こんな無意味な問答。

 自分に呆れ溜息。駄目ね。冷静にならないと。


 気を引き締め直した瞬間、不意にぶわりと熱気が身体を襲った。


「無能力者の分際で――なんだ、その態度は」


 ――ん?


「偉そうに演説などした挙句の果てに? ボクを馬鹿にするような真似溜息だと? お前如きの分際で!」


『マジギレで草。まあ分かるけど』

元婚約者リリアナも煽りぢから高いな……』

『エミール様の挑発は能力発動条件のせいだろ? 元婚約者は素じゃん』

「違うよ〜、オレはただユリアンが可哀想だったから、代わりに言い返してあげただけだよ〜?」

『今更かわいこぶんなって!』

『はぁ……挑発的な推しの姿も最高〜!!』


 とんでもない誤解をされている……!

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