第31話 再出発

 陽の光がハイデッガー領内を明るく照らし始めた。

 城内は無事、朝を迎えることができた安堵に満ちている。


 執務室では旦那様とエミール様が報告の取りまとめ、それから今日の計画について話し合われていた。

 少しの緊張を持ってドアを叩き、中に入る。


「ティエリ王子の討伐。私も、連れて行ってください」


 役に立てるかは分からない。

 けれど、共に戦いたいから。

 これからもずっと、共に生きていたいから。


 旦那様――ユリアンを真正面からじっと見る。


 困難があれば支えたい。助けたい。協力し合いたい。

 それは役に立ちたいとか、そういうことではないのだと分かり始めていた。


 私の気持ちが伝わったかは分からないが――ユリアンもまた、私の目をまっすぐに見つめ応えた。


「……許可する」

「ふふっ……、よかった。以前のように、素気無く断られたらどうしようかと」

「あの時は……まだ……」


 あの時はまだお互いに信頼がなかった。

 けれど今は違う、そう思えること……そう思ってもらえることが嬉しい。


 私たちの様子を見たエミール様が満足気にうんうん頷いた。

 ……それはそれで、ちょっと恥ずかしいかも。


 *


「ホントにいーんすか? クソ王子を一発ぼこんと殴るチャンスっすよ」

「あはは、能力を失ったわたしじゃあ、ティエリ王子に近付くこともできませんよー」


 いつもより早めの朝食を終え、ユリアンが仕事の引継ぎを終えるまで城門の前で待つ。

 迷宮突入メンバーはユリアン・エミール様、そしてシノと私の四人となった。


 マディはハイデッガー代表代理として城に残り、ユリアンから引き継いだ報告の取りまとめや一般市民の保護などを続けるようだ。

 ホンザ様は昨日の宣言通り、街中で魔物駆除を担うとのこと。


 意外であったのがアネットだ。能力の大部分を失ったとはいえ、回復能力を持つ身。

 ティエリ王子討伐に参加するのかと思えば、彼女から辞退の申し出があったらしい。


「みなさんのお荷物になるわけにはいきませんから」


 アネットはスッキリとした表情で笑った。


「回復能力持ちがいたら便利っすよ? 足手まといにはならないと思うっすけど」

「ま~便利だからこそ、愚弟ティエリに真っ先に狙われたら面倒なことになるからね」


 エミール様の解説に、シノがさして興味もなさそうに「へー」と相槌を打った。


「わたしは街中で怪我人の治療に専念するつもりです。ホンザ様に同行して」

「えっ!? 大丈夫っすか!? 鼓膜とか……ホンザ殿とは最低でも百メートルは離れた方がいいっすよ」

「あははっ、それじゃあただの別行動じゃないですかー」


 ユリアンがマディと共に城を出てきた。

 マディが小走りでユリアンを抜き去り、私とシノに近付く。片手には見慣れない杖を持っていた。


 ――いえ、この杖。以前見たことがある。三日月を模した装飾。

 彼女の愛読書『ミントと幽霊』の主人公、アンリエッタが所持している杖だわ。


 マディが杖を私たちに向け少しだけ傾ける。


「無事を約束する魔法……の、真似事です。わたくしでは、こんなことしか出来ませんけれど……どうかお気を付けて」

「ありがとう、マディ。この約束は絶対に違えないわ」


 アネットがひょこ、っと私たちの会話へ顔を出した。


「あ、やっぱりそれ、『ミントと幽霊』のやつなんですねー」

「!?!?!!?!?!? えっ、あっ、ああああああ……アネット様、ご存じで……!?」

「クラスで流行っててー、あ、王立学園に編入する前の学校ですけどね」

「あっ……あっ……アネット様、その、全てが片付きましたらお話させて頂いてもよろしいでしょうかわたくしあのあの」


 マディが早口でまくし立てる。微笑ましい光景だわ。

 二人がゆっくり会話できる時間を作れるよう、できるだけ早く事態を収束させなくっちゃね。


 *


 慣れた手つきでシノが迷宮入口を飛ぶ映像記録コウモリを捕まえる。

 前回同様シノの冒険者マーカーを挿そうとしたところ、エミール様がシノの肩を叩いた。


「リリアナの配信アカウントを使おう」

「私の、ですか? 変にバズってコメント欄が荒れてますよ」

「いいよ、いいよ。面白いだろ」


 エミール様の主張はよく分からないながらも、指示に従い私の冒険者マーカーを挿す。

 何か思惑があってのことなのだろう。多分。


『――配信はじまった!?』

『生きてた! 元婚約者リリアナ、もう死んだのかと』

『今度こそ初見~』

『男二人? どっちが本命?』

『結局ティエリ王子どうなったんだよ』

『ばっかお前、片方あれエミール様だろ』


 次々とコメント野次が飛び交う。

 その中にいくつか、耳に痛いコメント。


元婚約者リリアナ、ティエリ王子打ち破るっつってたアレ、どうなった?』

『リリアナ様のご活躍、私、楽しみにしていました!』

『まだ魔物が街中にいる時点で察せって』

『やっぱ無能力者じゃ無理だったんだろ? そんでエミール様連れてきたんじゃん』


 ……全て事実だ。事実であるからこそ、胸に刺さるのだから。

 ちゃんと伝えなければならない。私が、失敗したこと。


 大丈夫。昨日は失敗したけれど、今日は間違いなくティエリ王子を打ち倒すのだから。

 堂々としていればいい。


「視聴者の皆様、私は昨日――」


 しかし映像記録コウモリへ向き直った私を、隠すように。

 ユリアンが私の前へ立ち塞がった。


「……、リリアナは、昨日……」


『誰?』

『なんか匂うな。俺らと同じ匂いする』

『ハイデッガー領の辺境伯だ。俺、隣の領地住まいだから見たことある』

『辺境伯? ってことは、こっちが元婚約者リリアナ意中の相手?』

『陰キャじゃん。髪モジャモジャだし』

『結婚式場ここですか~?』


「……ッ、……、……」


 コメントが多過ぎるのだろう、発言のタイミングが掴めないらしくユリアンが立ち尽くす。

 ただでさえコミュニケーション能力に乏しい方なのだ。コメントが滝のように降りかかる場なんてユリアンの最も苦手とするところだろうに。


 ……けれど私のために、一番不得意な場へ飛び出してくれたのだろう。

 それは素直に……嬉しい。


 ユリアンに助け舟を出すためだろうか、エミール様がひらひら手を振りながら近付いてきた。


「やーほー国民諸君〜。みんなの恋人、エミールだよ〜」


 まるで我々を先導するように、エミール様が映像記録コウモリを捕獲しつつ抜け道階段を降り始めた。

 エミール様、ユリアン、そして私とシノの順で抜け道階段を進む。


 映像記録コウモリはエミール様に応え、読み上げるコメントの量を更に増やした。


『えっ俺、恋人いない歴=年齢ってもう名乗れない……!?』

『童貞卒業の時間キタコレ!!』

『多分お前が卒業すんの童貞じゃなくて処女だぞ』

『俺はともかく、女性の恋人が男はちょっと……』

『百合しか受け付けない過激派がいるな』


 茶化すようなコメントで埋め尽くされる。

 エミール様が先に軽口を叩いたのだから仕方ないか。


「うんうん、みな意外と疲弊してなくて安心したよ〜。恐怖で眠れぬ日もあったろうに」


『眠れぬ日って、まだ昨日だけだろ』

『でも確かに配信見てると気が紛れるから助かる』

『冒険者、恩賞目当てで街の魔物狩り参加してるパーティばっかで、ほとんど配信してないもんな〜』

『あの恩賞エミール様の私財から出るらしいね』

『えっマジ? 金貨五千兆枚持ってんの?』


 わいわい、とコメントがより一層盛り上がりを見せる。

 言われてみれば――魔物の脅威など感じさせないほど、明るいコメントが増えている。

 これがエミール様の狙い?


「エミール様、私の……バズった配信アカウントを使われたのは、国民の皆様を勇気付けるためだったのですね」

「ん? んー? あっ、そうそう!」


 返答が怪しい……。


「そう、愚弟ティエリ討伐の進捗ね。昨日はリリアナの尽力で、聖女アネットを助け出すことができた」

「! エミール様、その言い方では」

「事実だろ?」


 私の発言を制止するようにエミール様が話を続ける。


「回復能力者を引き離せたんだ。これであとは愚弟をボコすだけ」


『やったじゃん! 俺は信じてたぜ!』

『ティエリ王子って下等種コントロール能力だろ? 割と何とかなりそう』

『さすが私のリリアナ様! 推し!』


「ああ、聖女アネットの能力は回復以外ぜーんぶ愚弟に盗られちゃったんだけどね」


『駄目じゃねーか!』

『状況悪化してて草』

『いや俺は評価するよ。回復能力がティエリ王子側に無いのは確かなんだろ?』

『おっ、団長の手刀も見逃さなさそうな人』


 国中が大変な状況であるのに、エミール様の軟派で軽薄な雰囲気は人々を明るくしていく。

 ティエリ王子にはない力をエミール様は持っているようだった。


 ――いい国王になりそうではないか。


「やっぱり、いらっしゃらないのね。コメントの御方」

「そりゃまーそうっすね……、ん? やっぱり?」


 抜け道階段、最下段が見えてきた。

 もうすぐ地下三階。ティエリ王子がいる階層だ。


 階段の先には――見渡す限り空間を埋め尽くす、魔物の群れ。

 ガーゴイルにゴーレム、トロールにハーピーにサイクロプス、デュラハン、ケロベロス、コカトリス、ミノタウルス、ワイバーン……他、節操なく大量の魔物。どれも地下深くの階層に住む強敵たち。


「派手なお出ましだね〜」

「……俺が」


 たった一言だけの簡易な発音と共に。

 一瞬で全ての魔物が凍りつく。


『は? エッッッグ』

『もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな』

『モジャ髪辺境伯……俺ら仲間だと思ってたのに……』

『こりゃティエリ王子も余裕だわ。解散解散』


 視聴者のコメントと共に、氷漬けとなった魔物のオブジェを掻い潜りながら進む。


 どれほど歩いただろうか。広く開けた行き止まりのフロアに辿り着いた。

 部屋の最奥。魔物たちが膝を着き、或いは座り込み、或いは――身体を捻じ曲げて。

 玉座に見紛う形の椅子を作り上げていた。


『うっわ、悪趣味』

『いよいよお出ましか……』

『いけーっ! やったれーっ!』


 肘掛けを使い顎を手の甲に乗せ、絹のように輝く金髪を重力に従わせながら座る人物は心底、面倒そうに呟いた。


「……耳障りな喚き声だな」

「まったく、とことん王にし甲斐のない弟だよ。なあ、愚弟」

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