第27話 疑念を確かめず

 迷宮にて冒険者マーカーを映像記録コウモリへ挿す。


『祭り会場ここ?』

元婚約者リリアナ来た! これで勝つる!』

『初見~』

『推しの生配信……生きる糧……』

『告白した後どうなったん? ここが式場?』


 ……思わず冒険者マーカーを抜いてしまう。映像記録コウモリが静かになった。


「何すか今の。コメントで滝ができてたっす」

「ホンザ様だけでなく、私の配信アカウントまでバズっていたのね……」


 これまではコメントの御方しか視聴されていなかったのに。

 ホンザ様の配信をきっかけに、一部の物好きな人々が私の過疎配信を探し当てたのだろう。

 

 配信映像の過去ログ視聴期間は一般アカウントの場合、一週間前分だけ。すなわちホンザ様を討伐した日の映像しか出回っていないはずだ。

 マディの件が広まる可能性はないという点については、ありがたい限りだけれど。


 ……さっき、告白がどうのとか、そんなコメントが。あったような。


 やはり夢ではなかったのね。

 ついうっかり勢い余って、コメントの御方に思いを伝えてしまったのは……。


「シノの冒険者マーカーを使いましょう。気が散るわ」

「了解っす。ぶすっといくっすよ〜」

 

 シノの冒険者マーカーを改めて映像記録コウモリへ挿す。

 しん、と静寂。一度も配信記録のないシノのアカウントなら問題なく迷宮探索できそうね。


 安堵の息を漏らしつつ木刀片手に抜け道階段を下る。目的地は地下三階。

 迷宮に喰われた人間は階層ボスとなる。地下一階マディ地下二階ホンザ様は既に攻略済みなのだから、ティエリ王子は地下三階の階層ボスであるはずだ。

 

 聖女アネットの状態は分からないが――ティエリ王子と共に迷宮内にいることに間違いはないだろう。

 迷宮へ向かうべく空を駆けていた聖女アネットの虚ろな瞳を思い出す。

 到底、通常の精神状態とは思えなかった。ティエリ王子により精神的に、或いは身体的にコントロールされているのだろうか。

 どうにかして助け出さないと。


 思案の隙間に、するりと入り込む音。


『――リリアナ!』

「えっ、……コメントの御方? 何故この配信を」

「シノのアカウントまでチェックしてるなんて、やっぱりストーカー……」

『違う! ハイデッガー領・第一迷宮で行われる配信は全て自動投影されるよう設定しているだけで……って、そんな話はどうでもいい!』


 とても早口。コメントの御方の焦燥を示しているようだ。


『リリアナ、迷宮探索は中止しろ! 危険すぎる!』

「何を今更おっしゃいますか。私たちは地下一階、地下二階とも踏破しているのですよ」

『お前たちが強いことは分かっている。しかし迷宮は下層へ潜るほど魔物も強くなる』


 コメントの御方の発言が正しいことを裏付けるかのように。

 地下三階への入り口に、門番のように佇む魔物が二匹。

 ――ガーゴイル。石でできた小型の竜。

 羽根を広げた二匹が一斉に私たちへ目掛け飛び掛かる。


『だから――今すぐ引き返せ! 城で待機していろ、俺たちが帰還するまで――』


 軌道が直線的過ぎるわね。

 カウンターを食らいたいと言っているようなもの。


 木刀をガーゴイルの顔面へ叩きつける。

 私の首を狙っていたのだろうか、爪が身体の横を滑るように空振りした。木刀の衝撃に耐えきれず、攻撃が乱れたのだろう。

 すかさず振り返り、ガーゴイルの首にもう一撃、木刀を叩き下ろす。


 二発の打撃に耐えられなかったのだろう、ガーゴイルの身体を構成していた石がバラバラと崩れた。


「リリアナお嬢様、こっちも終わったっす!」


 シノが手裏剣を回収しながら叫んだ。

 二匹のガーゴイルはどちらとも勢いよく向かってきていたから、反動で石の身体を割るのはそう難しいことではなかった。シノの実力なら勝利は当然ね。


「ご覧になりましたか? この通り、私たちなら大丈夫ですから」

『リリアナ。お前、焦っているだろう』


 ……勿論、国民の安全を思えば気は急くわ。

 しかし焦燥を、私より余裕を欠いたコメントの御方に指摘されるのは意に沿わない。


『いつものリリアナであれば、ガーゴイルの爪による初撃をかわし背後を取ったはずだ。それがなんだ、先程の雑な戦い方は』

「顔面を叩けば爪が当たらないことは明白でしたよね」

『その顔面への攻撃が拙速だったと言っている。避けて背後へ回れば、つんのめったガーゴイルを打ち取るのは難しくなかっただろう、リリアナの実力であれば』


 映像越しに睨みつけられているような気がする。

 けれど無視して迷宮奥へ進む。止まっている暇はないもの。


『シノ。リリアナを止められないか』

「止めないっす。シノは行き先が地獄だろうと、リリアナお嬢様についていくっす」


 映像記録コウモリを振り返ろうともしないシノの振る舞いに対してだろうか、コメントの御方が長いため息を吐いた。

 ――気にしない。気にしないわ。


 まっすぐ進み続ける私の背中に、思いがけない人物の声がコメント越しにて掛けられた。


『……リリアナ、聞こえるかい? オレだよ、エミールだ』

 

 えっ、エミール様? 何故この配信を……。


 今朝、王都へ向けて旅立たれた二人――ユリアン辺境伯、エミール様の姿が脳裏をよぎる。

 ユリアン辺境伯の肩には彼の飼い猫が乗っていた。……あの子は映像投影ネコだ。


 故にエミール様が迷宮攻略配信を見ることは可能だ、けれど。


『オレはリリアナを止める気はないよ。ただ忠告はしておきたい』

「忠告っすか?」


 先ほどの会話が、今になってヤケに気になる。

 コメントの御方が飼っている映像投影ネコは、ハイデッガー領・第一迷宮で行われる配信を全て自動投影する――。


 ……ユリアン辺境伯の飼い猫も、同様の設定がされているのでは?

 だからホンザ様の配信を自動で投影し始めたのではないか。


愚弟ティエリの配信はオレも見た。状況証拠からして愚弟が迷宮に喰われた可能性は高い。……ただ気になる点があってね』


 エミール様の忠告を聞かねば。けれど脳味噌は無関係な方向へ回り続ける。


 よく考えてみれば。コメントの御方、ずっと妙だわ。

 コメントの御方は遠隔地に巨大な氷の玉を作り出せる実力者。

 その気になれば、迷宮の出入口を凍らせ私の行く手を遮ることだってできる、はず。


 そうであるにも関わらず、氷の能力を使用されない。

 ――もしもコメントの御方が、今まさに。

 ハイデッガー領まで能力が届かないほど、遠い地に出立されていたとしたら?


『過去、人間が階層ボスと成った迷宮に喰われた事象はハイデッガー領・第一迷宮以外にも僅かながら数例ある。喰われた人間には共通した特徴が見られた。心の内に、満たされない隙間と……それを埋めようとする欲望があったんだ』


 コメントの御方の状況と、ユリアン辺境伯の状況の、奇妙な一致。

 ……それだけではない。見ないようにして忘れていたことが、不本意にも再び脳裏へ蘇る。


 コメントの御方はお優しい。

 、旦那様もまた……優しい。


 二人の人物が持つ符合に、疑念が頭をもたげ離れない。

 ……コメントの御方の正体は、ユリアン辺境伯。


 視聴者人数を確認すれば分かるだろうか。

 この配信の視聴人数が二人投影中のネコが二匹であれば。

 それはコメントの御方の飼い猫、そしてユリアン辺境伯の飼い猫だろう。

 けれど、もしも一人一匹であったら……。


『愚弟が欲望を所持してるって点に関しては、異を唱える気にもならないんだけどさ。心の隙間……ってのがね。全く心当たりがない、とまでは言わないけど』


 確かめたい。確かめたくない。気持ちが揺れる。

 確かめてどうするというのだろう。


 もしもコメントの御方が、ユリアン辺境伯であると言うのならば。

 ……相当な不義理をしていることになる。

 旦那様について、コメントの御方に話した内容を考えれば。私自身にそのつもりはなくとも、ユリアン辺境伯からしたらただの愚痴に聞こえたかもしれない。


 そんな私が今更、コメントの御方を思い慕っています――旦那様を愛しています?

 なんて都合の良い主張だろうか。

 あれだけ文句を言っていおいて、旦那様も私を愛してください、そう図々しく主張するなんて。呆れて物も言えない。


『迷宮に喰われたのは、愚弟ひとりではなかったんじゃないか』


 自嘲により冷え切った私の脳を突き刺したエミール様の口調には、確信めいたものがあった。


 うだうだ考えて、躊躇などしていなければ。視聴人数を確認できていたかもしれなかった。

 でも――もう後の祭り。


「今、私たちの目の前に現れた彼女が……心に隙間を抱えていて。故に、強い欲望を持つティエリ王子と共に迷宮に喰われた階層ボスとなったのでは――エミール様は、そうお考えなのですよね」


 ゆらり立ち上がった彼女が振り向きこちらへ視線を向けた。

 しかしその瞳は、私たちを映してはいない。……虚無を見つめ続けている。


『……聖女、アネット……』


 コメントの御方が悲観的に呟いた。

 聖女アネットは国内最強を超え、人類史上最強の能力者であるかもしれない。

 そんな強者に無能力で挑もうというのだ。無謀な状況にしか見えないだろう。


 承知の上だわ。

 聖女アネットと戦う覚悟なんて、とっくの昔にできている。

 ――ティエリ王子の婚約者だった頃から。


『リリアナ! 退却し俺たちの到着を待て! ただでさえ最強の能力者が、迷宮に喰われ――更に強くなっていたら……!』


 背後から何が聞こえようと振り向かない。聖女アネットに背を向ける気はないわ。

 聖女アネットを、ティエリ王子を打ち負かし国内に平穏を取り戻さなければ。


 ……役に、立たなければ。

 コメントの御方に、旦那様からだって――愛される資格など、ないのだから。

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