第24話 正体
ホンザ様を背負い迷宮から街へ戻れば、大混乱の真っ最中であった。
行き交う人々が絶望と興奮を混ぜ合わせた様子で、次々に口を開く。
「さっきの配信、マジなの!?」
「王子がハイデッカー家を取り潰すって……!」
「身体が楽になったと思ったら今度は王家の横暴。踏んだり蹴ったりだ」
「辺境伯の謀反はティエリ王子による虚偽なんだろ?」
「でも、でもさあ……! そんなの関係なく、無理矢理に失爵させられたらどうすんだよ!」
皆が皆、
ホンザ様の配信は視聴者が多いとは言え、しかしこの事態は――街中がティエリ王子の話題で持ち切りなんて、流石に異様だ。
馴染みの肉屋店主も浮かない顔をしている。
「ごきげんよう、店主。私たち街へ戻ってきたばかりなのです。この喧騒、何があったのですか?」
「おう、冒険者のお姉さんか。いや、実はだなぁ……」
肉屋店主がクイッと顎で指し示した先には、伸び伸びとあくびをする一匹の猫がいた。
「街中にいるだろ、あいつら――野良の映像投影ネコ」
国策にて保護されている野良の映像投影ネコ。彼らの主な役割はたったひとつ。
王家より人々へ映像を届ける際、強制配信映像を街中に映し出し、飼い猫を持たない民にも
「あのネコちゃん達がな、急に起動したんだ。遂にティエリ王子が迷宮攻略すんのかと思って見てたらよぉ……」
肉屋店主が言い淀みつつも、何が起きたのか説明を続けてくれた。
「驚いたよ。ティエリ王子、それと国王・王妃が――ハイデッガー家を取り潰す謀略を企ててんだから」
「……それで、この騒ぎですか。納得いたしましたわ。店主、ありがとうございます」
ホンザ様の願いを叶え王位継承の珠により投影された、ティエリ王子そして国王・王妃の映像。
それが強制配信され、全国民の知るところとなってしまったのか。
強制配信は王家が飼う強制配信用コウモリの特権と聞いていたが……王位継承の珠は何でもありね。
しかし、そうであれば大変な騒ぎになるのも仕方ない。
人々も知ってしまったのだから。ティエリ王子が、どのような人物であるのかを……。
「いやなに、お得意様なんだからこの程度。詳しく知りたきゃ映像の過去ログを探しな。ホンザ様? の配信に詳しいと聞いとる」
ホンザ様の配信、思ったよりも話題として広がりそう――バズりそうだわ。
一刻も早く帰りましょう。私の背中にもたれかかっている彼が、ホンザ様であると領民に気付かれる前に。
*
城へ戻れば廊下の片隅にて、
エミール様といえば……自身に心酔する人間を集め
「エミール様……、まさかマディをハーレムに勧誘されるおつもりで?」
「ええ? 開口一番ド偏見ぶつけられて流石にオレも驚いたよ〜?」
「違うのですわ、リリアナお姉様。わたくし、……ティエリ王子の配信を、見たのです……」
マディがうつむき答えた。
「わたくしが起こした山火事のせいで、ハイデッカー家が取り潰しになるかも、なんて……」
そう話すマディの表情は沈んでいる。
無理もない。マディはただでさえ山火事の件を気に病んでいるのだから。
「だからさ〜、安心させようと思ってね?
「それは……失礼いたしました」
エミール様がうんうん、と頷く。
「ま、山火事の件は過度に気にしなくていいよ、マディちゃん。愚弟の自爆で事は済んでるわけだし、ね?」
エミール様がマディの肩をポンポンと叩き慰める。
そして目線を私へ――否、私の後方。意識を失ったまま私に背負われているホンザ様へ視線を移動させ、意味深に笑みを深めた。
「まさかホンザが愚弟の導火線に火を付けてくれるとはね。いや〜、ラッキーだったな〜。ホンザにハーレム入りたい、って言われたら承認しちゃおうかな~」
それはホンザ様が嫌がると思うけれど……。
しかし先程からエミール様の発言に妙な引っ掛かりを覚える。
まるで現状を――ティエリ王子、国王、王妃三人の映像が民へ流出したことを、喜んでいるかのような言い草。
「エミール様。……何を考えていらっしゃるのです?」
ニヤニヤとした表情を崩さずにエミール様が答える。
「ん〜? リリアナならもう分かるんじゃないかな~。
映像流出により、人々がティエリ王子に対し抱いたであろう感情。……不信感。
民衆は皆、心中感じているだろう。ティエリ王子が戴冠した後、この国はどうなってしまうのか、と。
そして願うかもしれない。
ティエリ王子でない別の人間が、国王となることを……。
「エミール様。あなたが……なるつもりなのですか?」
次の、国王に。
「ま、しゃあないよねぇ。そうしなきゃ滅びかねないしさ〜、この国」
エミール様の返事は、言外に込めた意味を正しく汲み取ったとしか解釈しようのないものだった。
シノとマディが困惑した表情を浮かべている。二人にも説明すべきか、エミール様の思惑を。
ティエリ王子より婚約破棄された私の後ろ盾となり、ハイデッガーに連れてきたのは他の誰でもない、エミール様だ。
そのエミール様が次期国王となる意志を咎められ失脚すれば当然、余波は私や家族にも及ぶだろう。
そしてハイデッガー家。
ティエリ王子に目を付けられ、更に私という
ティエリ王子とエミール様。どちらの戴冠がハイデッガー家にとって、私にとって都合が良いか。
……考えるまでもないわ。賭けるしかない。
エミール様が、次期国王となられる未来に。
懐から王位継承の珠を取り出し、エミール様へ差し出す。
「エミール様。こちらをお渡しいたします」
「リリアナお姉様、これって……」
見覚えのある紅い玉にマディが反応した。
「そう、
「! そ、そうだったのですか……!?」
マディが困惑しつつ、疑問を口にする。
「王位継承の珠を、エミール様にお渡しするって、その……。よろしいのですか、ティエリ王子は」
「……理解が早くて助かるわ、マディ。私は今後ハイデッガー領のためにも、エミール様を支持し動くつもりよ」
マディの表情に驚きの色は見られない。
私の意図を――エミール様に次期国王となって頂くために王位継承の珠を渡したのだと、正しく理解していた証拠だ。
「もちろんマディ、あなたがそれを良しとしないならば、ハイデッガー家として今の話をティエリ王子へ打ち明ける権利もある」
マディはうつむいたまま数秒ほど考えたあと、ふるふると首を横に振った。
そして決意を秘めた目を携え顔を上げる。
表情を見れば、マディもエミール様が次期国王になることに賭けたのだと充分に理解できた。
その様子を見ながらエミール様が王位継承の珠を受け取る。
窓から城内に降り注ぐ陽の光にかざし、珠の色を確かめながら満足そうに頷いた。
「うん、間違いないねぇ。二個目も手に入れてくれるなんて、リリアナ、きみと契約を結んだオレの判断は正しかったよ」
「……リリアナお嬢様がシノに隠れてコソコソしてたのって、こいつのせいだったんすね?」
シノがじっ、と私を見ながら少しだけ低い声を出した。
……ええ、分かっているわ、シノ。
シノには王位継承の珠について事情を伝えないようにしていた。
それは万が一に備え、シノを守るための処置であったけれど。
けれど――シノが、その扱いに怒っていたことは。
私が誰より一番、分かっている。
「ごめんなさい、シノ。もし私が罪に問われることとなった時。あなたを巻き込みたくなかったの」
私の謝罪を受けてシノが少しだけ瞳を潤ませた。
「シノは……シノは! 向かう先が地獄だって、お供するって……言ったじゃないっすか!」
そう叫びながらシノが私に近付き、胸に顔を埋めた。
すんすん、ズッ、と鼻水をすする音が聞こえる。
「……でも」
シノの声は、少しだけ震えていた。
「やっぱりリリアナお嬢様は、シノのために隠し事をしてたんすね……」
もどかしいわ。
ホンザ様を背負うために両手が塞がっていなければ、シノを抱きしめてあげられたのに。
「……ごめんなさい、ごめんなさいねシノ」
「ううん、謝んなくていいっす。リリアナお嬢様は、やっぱりシノに優しくて甘いって、分かっただけでいいっす」
顔を上げたシノは目に涙の跡を残しつつも、笑ってくれていた。
*
ホンザ様による気力徴収騒ぎで日中忙殺されていたユリアン辺境伯も、夕食の時間には城に戻っていた。
ダイニングルームにて私、ユリアン辺境伯、マディ――そして今日は客人として、エミール様。
四人で食卓を囲む。普段は静かなことも多い食事の時間であるが、本日は打って変わって賑やかだ。
理由は言うまでもない。エミール様である。
軟派な様子で使用人たちに声を掛けたり、私やマディと雑談にふけったり。
食べることよりも、会話に時間を割いているようだった。
「そうだ、執事殿。ホンザの様子はどう?」
「お答えいたします、エミール様。未だ目を覚ましておりませんで、城の客室にて使用人が様子を見ております」
「了解、ありがとねえ。早いとこ目を覚ますといいんだけどね~」
和気藹々と歓談に花を咲かせるエミール様。話しかけられた使用人たちもどことなく嬉しそうだ。
しかしエミール様を中心とした会話の輪に加わらない人間が一人。ユリアン辺境伯。
まあ旦那様がお話しされないのはいつものこと、だけれど。
今日はどうにも、様子がおかしいように思う。
無言であるのは平常通りだけれど――食事を口に運ぶ姿には違和感が付きまとう。
……ユリアン辺境伯に、ずっと見られている、ような。
向けられた視線に応えるべく顔を上げれば、ユリアン辺境伯は慌てたように開きかけた口を閉じ、目線を横へとズラす。
疑問に思いつつ食事に向き直るも、またも全身に視線が突き刺さる。ムズムズするわ……。
「あの、旦那様」
「……!」
急に話しかけられ驚いたのだろうか。
ユリアン辺境伯が座ったまま後退しようとし、ガタガタッと音を立て椅子から転がり落ちた。
「ユリアン〜。そりゃないよ〜」
エミール様の野次を受け苦い顔をしつつ、ユリアン辺境伯が席に座り直す。
「……何か、用か」
「旦那様。私に対し伝達事項があるのでは? それを確認したくて」
「……」
ユリアン辺境伯が口を開く。
しかし何度かパクパクと口を開け閉めしたのち、再び口を閉じてしまう。
「辺境伯殿、言うなら早ければ早いほどいいと思うっすよー……」
給仕として壁際で他の使用人たちと共に待機しているシノが呆れ口調で声を掛けた。マディもハラハラとした表情で自身の兄を見つめている。
誰の目から見ても、ユリアン辺境伯に会話の意思があることは明白だった。
「しゃあないな~、ユリアンが言いたいこと、オレが当ててあげよう。ずばり」
エミール様が人差し指を立て、私へ向けた。
「リリアナが慕う『コメントの御方』……ユリアンは、彼の正体を明かしたいんでしょ?」
「えっ……? っと、どうしてエミール様が、コメントの御方をご存じで……」
「言ったっしょ、ホンザの監視しに来たって。見てたんだよ。配信」
エミール様がコメントの御方を知っている件は、確かにそれで説明がつく。けれど。
「旦那様が『コメントの御方』を御存知である理由には、なっていないではないですか。あまつさえコメントの御方の、正体? それをなぜ旦那様が……」
「え~? なんでって、そりゃあね」
エミール様が楽しそうに笑った。
「何を隠そう、『コメントの御方』ってのは――ユリアンのこと、なんだからさ」
まばたきを二、三回繰り返すだけの時間を経ても尚、エミール様の発言はまるで意味が分からなかった。認識したいと思えなかった、と言うべきなのかもしれない。
把握を拒んだ脳が何かを考えるよりも早く、反射的に口が動き始める。
「……エミール様、なんのご冗談です?」
「ええ?」
「そんなわけないでしょう、旦那様が『コメントの御方』だなんて」
シン、と室内が静まり返った、ような気がした。
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