第23話 過去の映像

 地下三階へ続く下り階段。前回確認した際は、土に埋もれ階下への道を閉ざしていた。

 しかし今、階段の先を埋めていた土は掘り返されたように消失し、地下三階へのルートを開け広げている。


 階層ボスホンザ様を倒したことと、何か関係があるのかもしれないわね。

 考察しつつ、ホンザ様を背負い地下三階へ進む。


「ぅ……っ、ここは……」

「ホンザ様! もう回復されたのですか」


 地下三階の床を踏んだのとほぼ同時だろうか、ホンザ様がうめき声を上げながら身体を起こした。

 

「! まさか、僕が負けた!?」

「ええと、そうですね……はい、私が勝ちました」


 ホンザ様が慌てたように私の背中から飛び退いた。

 応えるように、映像記録コウモリがわいわいと捲し立てる。


『回復力エグ』

『これが貴族か……』

『ホンザ、息子は無事?』


「息子!? 僕はまだ未婚だが……!?」


 ……金的の件は黙っていましょう。本人が忘れていらっしゃるのならば。


 カランと音を立て、ホンザ様の近くに鶏卵ほどの大きさの、球状の物体が落ちた。

 ホンザ様が眉をしかめながら落ちたものを拾う。


「本当に負けたのか、僕は……! ティエリ王子の役に立つのは、僕ではなくリリアナだと……!?」

「ええ? 何故そんな思考の飛躍を」

「黙ってくれないか! 無能力者に負け、新たな能力も失い、僕は……!」


『ホンザ……元気出せって』

元婚約者リリアナのところで雇って貰えば? 笑』


「ええい、うるさいうるさい!」


 コメントの激励ヤジにも応えずホンザ様が喚く。

 ほぼ同時だろうか――ホンザ様の掌から、淡い光が放たれ始めた。


 既視感がある。マディ階層ボスが山火事を消した際も、ボスドロップした王位継承の珠が強い光を放っていた。


 ……先程ホンザ様が拾った物体は、王位継承の珠だったのだろう。

 淡い光を放つ珠は、ホンザ様の願いを叶えようとしているに違いない。


 しかしホンザ様は一体、何を願って――考えを巡らせる猶予もなく、紅い玉を包んでいた光が鮮明に弾ける。


「僕は……僕は、ティエリ王子の役に立っているはずだ! 王子から、愛されているはずなんだ……!」


 眩しくて目を閉じてしまう。

 まぶた裏へ届く光が収まってから、目を開ける。


 眼前では――ホンザ様の持つ王位継承の珠が強い光を壁へ照射し、映像を投影していた。


 映し出されている人物は、非常に見知った方々。

 ……ティエリ王子。そして国王、王妃。

 三人の会話が聞こえてくる。この音も、王位継承の珠から発せられているのだろうか。


『ハイデッガー領……アイツの領地で山火事?』


 ティエリ王子が部下から受け取った報告をおうむ返しするように呟く。部下はその様子を確認すると身を翻し、玉座の間を去っていった。


 玉座の背後にあつらえられた大きな窓からは紅色の光が真横より差している。――夕陽だ。

 今は昼時。つまりリアルタイム映像ではないのだろう。

 過去の出来事を、王位継承の珠が映し出しているようだった。


『……汚らわしい』


 画面の中のティエリ王子潔癖症が吐き捨てるように呟いた。嫌な予感に冷や汗が背中を伝う。


『ただでさえ寒冷化がどうのと言い訳をして、税収を減らしているというのに。その上この失態』

『そうだなあ、我が息子よ。ハイデッガー領は、どうにも問題が多いなあ……』

『――山火事を機に、潰してしまおうか』


 やっぱり。如何にもティエリ王子の考えそうなこと。


『謀反の罪を被せ、辺境伯の爵位を剥奪しよう』

『良い案だわ! そうなればハイデッガーの彼も、私達に従わざるを得ないもの』

『ハイデッガー領主の氷能力は強大……あの力を手に入れれば、我がアランブール王国も安泰だろう……』

『うふふ、ティエリ、やはりあなたは私の自慢の息子よ!』


 王妃に褒められたティエリ王子が得意げに笑う。


『けれどもティエリ、どうやってハイデッガー領主に謀反の罪を被せるの?』

『そうですね、母様……。山火事調査員としてボクの配下を誰か一人、ハイデッガーへ派遣しましょう』


 ティエリ王子が斜め上に視線を送りながら、話の続きを呟いた。


『その配下がハイデッガー家に寝返り、謀反を試みたと公表する』


「……ティエリ王子……!? 寝返り!? 一体だれが、そのようなことを考えるというのですか!?」


 ホンザ様の悲痛な叫び声が迷宮内に響く。

 ハイデッガーへ寝返り謀反を試みる王子の配下。

 状況からして、それがホンザ様を指し示していることに疑念の余地はない。


 捨て石にされるため、ハイデッガー領へ派遣されてきたのだ。ホンザ様は。

 ハイデッガーを……ユリアン辺境伯を陥れるための、道具として。


『ティエリの元配下が背信したとなれば、ハイデッガー家による謀反に説得力が生まれるわね。私の息子、やはりあなたは一番私の役に立ってくれる』


 王妃の言葉に、ティエリ王子がご満悦の表情で頷いた。


『母様、ボクは国王となるのです。この程度の策、当たり前に講じられねば』

『しかし我が息子、誰をハイデッガー領へ送るのだ……? お前の部下は皆、高位貴族の息子。下手な人選をすれば宮中政治に混乱を招きかねん』


 ティエリ王子が顎に手を添えつつ、国王の問いかけに応える。


『ホンザ……アイツでいいでしょう、父様。声が大きいだけの役立たず、以前から処分したいと考えていた。あんなのが配下にいてはボクの汚点になる』


 ホンザ様はもう、言葉を発する気力も残っていないようだった。

 膝から崩れ落ち、頭を抱え項垂れている。


『ホンザの父親――ヘンズル伯爵は、保身のためならば息子も平気で切り捨てるタイプ。宮中政治への影響も少ない』

『うむ、それなら問題なかろう。ティエリ、お前は王となるのだ。政治に慣れておくのも重要なこと』


 満足気に笑う国王、そして王妃。

 二人の笑い声が徐々に小さくなっていく。そのままプツンと映像も消えてしまった。


『今の映像、配信されて大丈夫なやつ?』

『ホンザ様はいつもティエリ王子のため頑張っていらっしゃったのに、こんな仕打ち……』

『大丈夫なわけない。配信事故だろ』

『やはり陰謀だったようだな! ゴム被りどもめ!』

『何これ? 王家から出る声明は嘘ばっかなの? 国王も王妃もティエリ王子も、信用ならないってこと?』


 これが、ホンザ様の願いが叶った結末か。

 ティエリ王子、そして国王と王妃への不信感を露わにする人々の声を聞きながら、うずくまったまま静止しているホンザ様を見る。


 きっと王位継承の珠に願ってしまったのだろう。

 自分はティエリ王子に愛されているはずだ、確かめさせてくれ――そんな内容を。


 気持ちは分からなくもない。私だって願っていたもの。

 能力を開花させ、ティエリ王子の役に立ち、愛されたい。そう願っていた。


「……帰りましょう、シノ。これ以上、迷宮に滞在する理由もないわ」


 グッタリと力の抜けたホンザ様を背負う。ホンザ様の手から紅い玉が転がり落ちた。

 ――王位継承の珠。拾い上げ、懐にしまう。


 地上へ続く抜け道階段を昇る。陽の光を嫌ったのだろう、二匹の映像記録コウモリがバタバタと忙しなく羽ばたいた。


「……お別れの時間ですね。皆様、ご視聴いただきありがとうございました。ホンザ様に代わりお礼申し上げます」


『元婚約者さん、ありがとな』

『乙でしたー』

『ホンザ討伐してくれて助かったよ』

『金的騒動で御礼、言い忘れてたね』

『また配信してくれよな〜』


 予想外の言葉をもらい胸が熱くなる。

 よかった。私はちゃんと、人々の役に立てた。


「何を満ち足りた顔をしているんだ?」


 映像記録コウモリが去った直後――背後から聞こえてきた声に、ビクリと肩が浮く。


「ホンザ様……」

「まさか自分は人の役に立てたなどと考えているのか? 呑気なものだな」


 語気にいつもの勢いビックリマークがないホンザ様の声は、やけに重みを伴って私の耳を支配した。


「キミが誰かから愛されるなど、あり得ないだろう。役立たずのリリアナ」

「……ホンザ殿、命が惜しくないんすか?」

「シノ。……手裏剣を収めて」

「リリアナお嬢様、でも……」


 シノの脅迫など意に介さずホンザ様は話し続ける。


「ティエリ王子はハイデッガーを……ユリアン辺境伯を疎んでいる。謀反の罪を着せることに失敗したとなれば、別の手を用いてハイデッガー家を取り潰そうとするだろう」


 予言じみたホンザ様の発言は、しかし確定事項のように私の背中にのしかかる。

 ティエリ王子の望みはこれまで、全て叶えられてきたのだ。それこそ貧乏貴族の娘を無理矢理、自身の婚約者とするような無鉄砲なことでさえ。


「その時に、リリアナ。王子の元婚約者、本来ならば国外追放の人間がハイデッガーにいるとなれば。ティエリ王子にとって好機、付け入る隙となるだろう」


 耳が、頭が重い、痛い。

 晴れやか過ぎる太陽の光が暑苦しい。

 心臓の音がバクバクと、うるさい。


「リリアナ、キミは――ユリアン辺境伯にとって、大きな不利益をもたらしかねない懸念材料。何の役にも立たない、邪魔な存在でしかない。……違うか?」


 汗が、顎を伝い地面へ落ちた。


「……、……。違いま、せんわ……」

「リリアナお嬢様! そんな、そんなことないっす!」


 私の返答をホンザ様が聞き入れたのか確かめる術はもうなかった。

 ホンザ様はグッタリと身体中の力を抜き――目を閉じ、意識を手放してしまわれていた。

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