第22話 戦闘② 告白

 コメントの御方がこんなにも荒い息で悶え苦しまれているのは、巨大な氷の玉を作り出したせいだろう。

 これ以上無理をしてほしくなくて、腹に力を込めて叫ぶ。


「ありがとうございます、コメントの御方。ホンザ様の纏うオーラ量が目に見えて減りました。あとは私が!」

『いや……リリアナ、お前はホンザ子息の……足止めを、ゼーッ、してくれれば、それで充分……とどめは、俺が……』

「私では頼りないかもしれませんが、しかしコメントの御方、無茶はよして!」


 コメントの御方から返事はない。

 理解してしまう。コメントの御方はまだ無理をする気なのだ、能力を使う気なのだと。


 ――皮肉にも、今更分かってしまった。

 コメントの御方が、私へ向け何度も『無理はするな』と念押しする理由が。


 これ以上コメントの御方に能力を酷使させないためには、速攻でホンザ様を倒すしかない。

 無茶をして、危険な目にあって、肉を切らせて……骨を断つわ。


「――ご覚悟!」

「む、回復の隙も与えてくれんとは……リリアナ、随分とせっかちだ、な!」


 叩き込んだ木刀をホンザ様の長剣ロングソードで受け流される。当然、私の脇腹はガラ空きになる。

 それを見逃さないホンザ様ではない。だから敢えて守らない。


「グッ……!」

「リリアナお嬢様!? っく……!」


 シノが焦ったように投げた手裏剣が空を切り裂く音が聞こえる。

 ひとつ、裏手で受け止める。刺しやすいように持ち替え、目を狙う。


「ははは、焦りは禁物だろう!?」


 ホンザ様のロングソードが私の手を目掛け振り落とされ、手裏剣が弾かれる。

 ――おかげで、ホンザ様のロングソードは防御には使用できない状態となった。

 今なら顎に一発、入る……!


『リリアナ……!』


 コメントの御方の呼びかけと同時に、鈍い音。拳はホンザ様の顎を貫き砕いた、のに。

 手に骨の感触も残っている。それなのに。

 不敵に笑うホンザ様の顎は……ぐちゃぐちゃの状態から、瞬時、綺麗に元通りとなる。


「先にオーラを集めておけば、防御にも回復にも使えるようだ……はは、これなら聖女の回復速度を上回る! 僕が、僕こそが聖女の上位互換足り得るようだな!」


 氷の球を止める行為により消費されたホンザ様のオーラ総量は、しかし民からの気力徴収により一秒一秒、再度増えていく。


「なんっか……腕、上がらな……」


 シノが膝をつき苦しそうにうずくまる。

 ホンザ様が気力徴収の程度レベルを一気に上げたのかもしれない。

 証拠と言うべきか、ホンザ様を追う映像記録コウモリは数多のうめき声を発している。


 私のそばに佇む映像記録コウモリからも、瀕死に近い咳込み音と共に、コメントが聞こえてきた。


『リリアナ、いい……あとは、俺が……大技になるが、ゼー、ハァッ、一気にホンザ子息を……凍らせ、固めてしまえば……』

「無茶ですわ! その様子、今すぐにでもお休みになって!」

『俺のことは、ハアッ、いい。これが、せめてもの……贖罪なのだから……』


 ――贖罪?


「コメントの御方、いったい何を仰って……?」

『あいつが……ホンザ子息が、手紙の、相手なのだろう……』


 手紙? コメントの御方、何の話をしているの?

 私が送った手紙なんて――エミール様に宛てたものしかない。


『お前に……っ、好いている相手の、とどめを刺させるようなことをさせては……俺は……形だけ、だとしても……、っと失格、だろう……!』


 ……好いている相手?

 話の流れからすると……私が?

 とどめを刺すべき相手、つまりホンザ様を……? ええっ!?


『だから俺のことは、ッヒュー、気に、ゼエ、ハァ……』

「待ってくださいコメントの御方、私が!? ホンザ様を? 好いて!?」

『……? ああ、だからっ……人目を忍んで、恋文を……送りあっていたのだろう……』

「恋文!? ホンザ様とですか!? あり得ませんわ、よりにもよってホンザ様だなんて」


 ホンザ様が「悪口か!?」と叫ばれた。ギリギリ悪口かもしれない。


『だが……では、あの手紙の相手は……?』


 ……どうして手紙のことを、コメントの御方が知っているのかしら。

 だってあの手紙を見たのは、肉屋便の関係者を除けば……ユリアン辺境伯だけ。

 

 ちりちり、と不穏な予感に胸が焼けたような焦燥感に襲われる。

 だって、なぜ旦那様しか知らないはずのことをコメントの御方が。

 旦那様から聞いた可能性はある。そうであれば辻褄は合う。けれど。


 ――違和感の理由は。

 手紙の件をコメントの御方が知っていたこと、だけではない。


 私たちの夫婦仲とは無関係であるはずのコメントの御方が、身を賭してまでこんなにも必死になっている――どうして? 分からなく、て、息が詰まる。


 違う。逆だ。私は

 コメントの御方はお優しい。そして――、旦那様もまた、実は優しい方であることを。

 ……その一致を、奇妙な既視感を。考えないように、見ないようにしている。


 胸元の苦しさに追い打ちをかけるように、コメントの御方が更に大きな爆弾を落とされた。


『恋文を送り合う仲の者が――好いている相手が、いるんじゃ、ないのか?』


 びくり、と肩が浮く。そんな、そんなの。


「いえっ、そんな、好いている方だなんて、そんな……私……、」

『……いや、みなまで言う必要も、ない……』

「ごちゃごちゃとお喋りに夢中なようだが……リリアナ、キミが来ないならば、僕から行かせてもらおうか!」


 バクバクと心臓が強く揺り動く。抑えられない。

 高速で脈打つ痛みが胸の焦燥で焼け焦げる。あつい、いたい。


「終わりにしよう、そして最もティエリ王子の役に立つのはこの僕だと証明しよう!」

『今、俺がっ、終わらせる……! リリアナ、お前が恋人を殺す必要などない、のだから』

「そんな……恋人だなんて……私が好いている方なんて、そんなの、いらっしゃると、したら!」


 ――顔が、真っ赤だわ!

 意に反して集まる熱を振り払うように、思いっきり。

 思いっきり――木刀を振りかぶる。


「コメントの御方しか、いらっしゃいませんのに――!!」

『……!』


 ……振り下ろした木刀が、何かに当たった。

 ゴッ、と鈍い音を立てた木刀の先を見れば。


 頭蓋骨の真上から衝撃を――恐らく予想外の打撃だったのだろう、防御姿勢も取れずオーラを集めることもできず受けたホンザ様が、声にならない声を上げながら倒れ行く真っ最中であった。


「ひゃっ!?」

「ヴグッ……ッ!? ……ァ……」


 あっ……。


 驚いて蹴り上げた足先に、奇妙な感触。

 絶命の直前かのように悶絶した声を上げたホンザ様が、ドサリと音を立て、泡を吹いて倒れた。


 ……やってしまった。オーバーキルだわ……。


『あ、少し楽になってきたかも……』

『身体は楽になったけど心に大ダメージ受けたよ俺は』

『これ流石にホンザ死んだ?』

『ホンザは無事でもホンザの息子は死んでそう』


 わいのわいの、と映像記録コウモリがコメントを発言し始める。

 ホンザ様が気を失い、民から気力を奪う能力が停止した証拠だろう。

 ……うん。結果オーライね。


 あれ、先程まで……何の話をしていたんだったかしら。

 ホンザ様に金的を食らわしてしまったショックで、直前の記憶がすっぽり抜け落ちてしまった。


 コメントの御方と大切な話をしていたような……、でもあまり思い出したくない話でも、あったような。


 映像記録コウモリを振り返るも、コメントの御方からの発信はない。

 ヒントも得られないとなるとお手上げだわ。

 ……ここは一旦、やるべきことを優先した方がいいわね。


「シノ、このまま地下二階を踏破してしまいましょう」

「了解っす!」


 シノもコメントの方々同様、多少の気怠さは垣間見せつつ、先程よりも確かに調子を取り戻していた。


「出発前にもう一発、ホンザ殿に金的しとくっすか? 途中で起きても面倒っす」

「それは流石に胸が痛むわ。私たちが急げばいい話よ。えーっと……」


 前回探索時に作成した地図を見て、最奥――下り階段までの道のりを確認する。


「そうだわ、地下二階ってU字型の間取りじゃない。壁を壊したら、下り階段の部屋までショートカットできないかしら」


『えっ?』

『ええ……?』

『なに言ってんのこの人』


 グルグルと肩を回しながら、下り階段フロアがあると思われる右端の壁へ近寄り殴打を一発。

 ドスン、と鈍い音がし、隣室へ続く穴が壁に開いた。


『怖……』

『無法過ぎるだろ』

『こりゃ王子でなくても婚約破棄するわ』


 ホンザ様の冒険者マーカーを挿した映像記録コウモリから、散々なコメントが寄せられている気がする。


 ――これは民のためなのだから!

 愚直に地下二階を攻略しようとして、ホンザ様が意識を取り戻してしまっては元も子もないもの。


 だから何を言われたって……気にしないわ……。

 そう思いつつも、ついつい映像記録コウモリの言葉から耳を背けてしまう。


 ……聞かなかったことにしましょう。辛辣なコメントは全てなかったことに。

 そして今後のコメントも、耳に入れなければいい。それだけの話だわ。


『なあ、シノ……』

「なんっすか、辺境伯殿……じゃなかった、コメントの人」

『先程のリリアナの発言、俺はどう受け取ればいいと思う?』

「リリアナお嬢様、ジョークは苦手っすよ。知ってると思うっすけど」

『……今の俺は、身元を隠してリリアナからの好意を得ようと画策する卑怯者、か……?』

「客観的に見たらそうかもっすね。自業自得だと思うっすけど」

『……。そうだな。その通りだ……』

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