第21話 戦闘① 氷の球体

『……マジでやりあってるよ、あのホンザと。木刀で……』

『元婚約者って無能力者じゃなかった?』

『おいおい、本気か? 無能力であんなに戦えるわけないだろ?』

『ちょっと……眩暈してきた……』

『ホンザに気力吸われてんだよ。休んどけって』


 やいのやいのとコメントが聞こえるけれど――返信に割くだけの余裕はないわ。

 ホンザ様の長剣ロングソードによる突きを、右へステップを踏みギリギリで躱す。


「僕を打ち倒すんだろう!? 避けてばかりでは勝てやしないぞ!」


 けれど、ただ攻撃するだけでも駄目。

 ホンザ様の新能力がある限り、いくらダメージを与えようと民から徴収した気力で無限に回復され続けてしまう。


 一撃で決める必要があるわね。

 ホンザ様の意識を奪えば能力の発動を止められる。


「考え事か!? 随分と余裕だな!」

「お生憎様、逃げることに関しては得意分野ですので……!」

「この一撃を見ても同じことが言えるか、なっ!」


 ホンザ様が振りかぶったロングソードを叩き下ろす。

 後ろに下がり避けようとした瞬間――気付く。

 ……剣の切っ先に、邪気オーラが集中している。


「っ……!」


 本能的に左へ飛ぶ。ロスの大きい避け方であることは重々承知の上。


 ホンザ様が剣を振り下ろす。軌道の先に、オーラがしなる鞭のように放たれた。

 ――後退していたら、当たっていたわね。


「はは、避けるか! そういえばリリアナ、キミは随分とユニークな呼ばれ方をしていたな! なんだったか、確か……」

『一撃離脱の、銀髪令嬢……』


 ホンザ様の疑問に応えるように呟いたのは、私を追う映像記録コウモリだった。


「それだよ! はは、ただの小娘にその大仰な呼び名、今聞いても笑ってしまうな!」

「……こ、コメントの御方……!? 何故その名をご存じなのですか!?」


 顔に血が集まっていることが自分でも分かる。頬が熱いもの!

 まさかそんな(今となっては恥ずかしい)あだ名を、よりにもよってコメントの御方に知られていたなんて……!


『……俺も、当時は首都の王立学園にいたからな……』

「え、じゃあマジで当時からリリアナお嬢様のストーカーなんすか?」

『だっ……だからそれは違うんだ!』


 ……予想外だったわ。まさかコメントの御方が同窓生だったなんて。


 しかし私たちの出身校、王立学園は王国中から超・名家貴族が集う名門校(私は父親の上司から紹介で入れてもらっただけの場違い令嬢だけれど)。

 辺境から王立学園まで、学生寮を利用してまで通うなんて。

 それこそ伯爵、辺境伯レベルの方、なのでは……?


 っと、コメントの御方の地位に思いを馳せている場合じゃないわ。

 ホンザ様。剣技だけならいざ知れず、オーラを飛び道具のように使うと分かった以上、回避への難易度は一段階上がる。


 的確に避けつつ距離を詰めて顎に拳を一発、木刀は打撃を悟られないためのデコイ。

 ……そのつもりだけれど、果たして殴打を入れられるだけ距離を詰められるか。

 背後を取って後頭部を叩き打つことも考慮に入れた上で、適宜状況判断すべきかもしれない。

 最悪、金的も考えるべきか……それは最終手段ね。


『王子の元婚約者に恥ずかしき過去……!』

『え? 一撃離脱の銀髪令嬢って普通に格好よくね?』

『お前はそのまま素直に育ってくれよな……』


 聞こえてくるコメントを意識的に脳から除外する。

 ホンザ様の身体の動き、剣の軌道へ神経を注ぐ。

 

『……シノ。頼みがある』

「リリアナお嬢様をお助けできるなら。なんでもするっす」

『感謝する。ホンザ子息を打ち破る作戦を今から説明する』

「? リリアナお嬢様のサポートじゃなく、辺境は……じゃなかった、コメントの人がホンザ殿をやっつけるんすか? ホンザ殿に気力奪われて、能力も使えないって話だったんじゃ」

『……大技でなければ、少々無理をすれば、どうとでもなる……』

「コメントの人がやるってんなら、シノは従うまでっすけど」


 ホンザ様の放つ横薙ぎの一閃を屈んで避け、下からの一撃を狙う。

 しかし不敵な笑みと共に躱される。

 ……やはり、顎は警戒されているか。気絶狙いであることはホンザ様とて承知だろう。


『抜け道階段の上に、巨大な球形の氷を作り出す』

「なるほど。でっかい氷の球を、ホンザ様目掛け転がす……ってことっすね」

『その通りだ。ただ今の状態では、氷の球を巨大化させるのに時間がかかるだろう……。それまでシノにはリリアナのサポートを頼む』

「それは言われなくとも、そのつもりっす。むしろ本番はそのあとっすよね?」

『ああ。氷の球が完成次第、シノにはホンザ子息を氷の球が転がる軌道上に誘導してもらいたい』

「了解、っす!」


 背後から飛んできた手裏剣が、ホンザ様が振り下ろしていたロングソードの軌道を変える。

 ズレた数センチメートルのおかげで剣の直撃は避けられた。シノに感謝だわ。


『……ッ、ハァ……ハァッ……』

「大丈夫っすか?」

『……ああ……、問題ない、今しばらくすれば、氷の球は完成する。抜け道階段から地下二階まで転がり落ちるのに、ッ、数秒……恐らく三、四秒と言ったところか』


 振り下ろす剣の軌道を強制的に変えられ、ホンザ様が姿勢を少し崩された。この隙を見逃す手はない。

 背後に回り、ホンザ様の後頭部目掛け木刀を叩きつける。

 ――けれど咄嗟にだろう、頭を守るようにホンザ様が背を屈めたため、木刀は背中を叩く形となった。


「……ッ! 小賢しい真似を……!」


 ホンザ様はグラッとふらついたものの、オーラを背中へ集め急激に回復させたのか、すぐに持ち直す。

 一撃では駄目でも、二打目を打ち込めば――!

 そう思い振り下ろした木刀を、今度は避けられ距離を取られる。


『……シノ』

「準備オッケーっすか? なら、ホンザ殿を誘導するっす」

『頼む。合図は任せる……』


 ホンザ様との間に生まれた距離を目算で測りつつ、木刀を握りしめる。

 相手の出方をうかがうべきか、それとも私から行くべきか。


 ――逡巡の間を縫うように。

 背後から飛んできた数多の手裏剣が私を通り越し、ホンザ様を襲う。


「……シノ?」

「リリアナお嬢様、動かないでいてほしいっす!」

「メイドのキミ、無駄なあがきはやめたまえ! こんなもので僕を倒せるわけがないだろう!」


 ホンザ様が長剣ロングソードを振るい手裏剣を叩き落とす。

 しかし数が多いためだろう、いくつかの手裏剣は叩き落とされることなくホンザ様の右足を狙う。

 最も、足を狙う手裏剣についても難なくホンザ様に躱されてしまっているけれど。


 しかし妙だわ。シノ、どうして執拗にホンザ様の右足ばかりを狙っているのかしら。

 左側へ避け続けたことにより、ホンザ様がいつの間にか抜け道階段近くまで移動していた。


「――今っす!」

『了解した……!』

「? なにが、だ……!?」


 シノが発した合図の答えは――約三秒後、轟音と共に姿を現した。


「……ッ!?」


 抜け道階段の上階から転がり落ちてきた巨大な球体……? は、相当の速さを有し階段を駆け下りていた。

 驚く隙も与えられないまま――ホンザ様のいた場所へ、球体が突撃する。


 ドォン……、と地響きを立てた球体が、衝撃で埃を巻き上げていた。

 埃が晴れてくる。徐々に姿を現した巨大な球体は、氷特有の輝きを放っていた。


 ――巨大な氷の球体? 氷の能力者によるもの?

 まさか、が……いや、ユリアン辺境伯はこの場にいない。

 では、いったい誰が。


「やったっすか!?」


 シノの叫び声が聞こえてきた。

 そういえば巨大な氷の球体が転がり落ちてくる直前。シノは誰かへ向け、合図をしていた。


 ……コメントの御方。

 そうだわ。コメントの御方の能力は――コメントの御方の能力、氷を操るもの。

 以前、氷の盾で守っていただいたんだった。

 

 氷の球をコメントの御方が作り出し、シノがホンザ様を球の下敷きにすべく誘導した。

 目の前の状況は、そういうことかしら。


『えっ、何が起きたのこれ』

『でっかい球が転がって、ホンザを押し潰した……ように見えたけど』

『マジで!? ホンザ死んだ!?』

『や、それにしては……気怠さが解消されないどころか、むしろどんどん……しんどいんだけど……』


 視界を覆っていた埃が、完全に地へ落ちた。

 そこにホンザ様は――しっかりと、立っていた。氷の球の下敷きにならずに。


「はは、映像記録コウモリが……僕の無事を歓迎し鳴いているようだな……!」


 信じられないことに。

 ホンザ様はロングソードにありったけのオーラを込め、襲い来る氷の球を受け止めたようであった。


『……ッ、ゼー、ハーッ……これでも、駄目か……!』

「! コメントの御方、ご無事ですか!?」

『リリアナ、俺のことは……いい……それより、次策を……ッ』


 私の後ろを追う映像記録コウモリから聞こえてくる吐息は、今にも絶えそうなほど頼りない。

 コメントの御方、こんなになるまで無茶をされるなんて……!

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