第15話 謀反の噂
昼食後、私を城の裏庭へ連れ出したティエリ王子直属部下・ホンザ様曰く。
夫、ユリアン辺境伯は王家への謀反および次期王位の座を狙っている――とのことだが。
……信じ難いわ。
領内の統治業務に忙しい旦那様から、今以上の権力欲を感じたことなど皆無。
「ええと、ホンザ様。そのお話、どのような経緯でお聞きになったのですか?」
「僕はティエリ王子からお聞きした! 宮中の一部で噂になっているようだ!」
宮中内での噂話なら、エミール様のお耳にも入っているだろうか?
それならばエミール様の用事はホンザ様の監視でなく、ユリアン辺境伯の監視になりそうなものだが。
「言っただろう、僕はキミの味方だと! このままではリリアナ、キミは謀反者の妻になってしまう!」
ホンザ様が激高するように叫ぶ。唾がかかりそうになり半歩後退する。
……人目を避けて裏庭に来たのだろうに、こんな大声では意味がない。
心の中だけでツッコむ(声に出したところで意味がないことは分かりきっているから、言わない……)。
「……ええと、それで……わざわざ、ご忠告くださったのですか?」
「そうだ! 今回の視察、実は――ユリアン辺境伯の謀反を暴く意味合いもある! 僕が謀反の証拠を見つける前に、リリアナ! 一刻も早くユリアン辺境伯と
うーん……。
ユリアン辺境伯は、王子から婚約破棄された傷モノである私を拾ってくれた方なのだ。
……結婚の理由が打算的なものであるとしても。
私をハイデッガーに置いてくださっていることに変わりはない。
そんな旦那様を、噂話などという薄弱な根拠で裏切りたくはない。
だからホンザ様が提案した『離婚』という選択を受け入れようとは思わない。
ただティエリ王子が、謀反の噂を耳にしている点が気に掛かる。
……あの潔癖症なティエリ王子のことだ。
謀反の噂という『汚れ』を嫌って、ユリアン辺境伯を破滅に追いやる可能性はある。
それは困るな。
では、私のやるべき事は。
ユリアン辺境伯が謀反などまっっっったく考えていない根拠を、ホンザ様に差し出す(=ティエリ王子にもお伝えいただく)ことではないだろうか?
……調べた結果、本当にユリアン辺境伯が謀反を考えていた場合は……ま、それはその時に考えよう。
「ホンザ様、ご提案があります。私が妻の立場を利用して、ユリアン辺境伯の身辺を探るのです」
「――キミが、僕の調査を手伝うということか!?」
大声が耳に痛い。ただ聞き返すだけなのだから叫ばないでほしい……。
「……仰る通りです。もしも旦那様が本当に謀反を考えているのならば、城内くまなく探せば何かしら出てくるでしょう」
一呼吸おいてから、駄目押し。
「それが一番、ティエリ王子のためになるのでは?」
「なるほど! リリアナ、やはりキミからはティエリ王子に尽くそうという意志を感じるよ! よし! リリアナの献身については、僕からティエリ王子に」
――伝えられたらマズイわ!
「ホンザ様。私はまだ何の成果も得ていない身。そんな状況でティエリ王子のお耳に私の存在をお聞かせするなど、この上なく厚かましく、身の程知らずの恥晒しですわ」
「そ、そうか……!」
私の勢いにホンザ様が少しだけ尻込みした。
そうであるにも関わらず返答の語尾にはしっかり
ここまで徹底していると逆に凄いわ。尊敬の念などは全く抱かないけれど。
「ではホンザ様、そういうことで。私の件はくれぐれもご内密に」
「承知した! それではまた! こちらからも進展があれば連絡する!」
去っていくホンザ様の背中を見ながら、ホッと一息。
とはいえあくまで、この場は――ティエリ王子に私の存在を知られないよう動くという意味で――切り抜けられただけ。代わりに新たな火種を抱えてしまった。
ユリアン辺境伯の謀反、ねえ……。
私から見たユリアン辺境伯と言えば。
――コミュニケーションに問題を抱えた人であることに間違いはないわ。基本的に言葉が足りていない。
ただ……少なくともマディに対しては。
深い愛情を持っている御方でもある。
マディが迷宮に喰われた騒動の時の、マディへ向ける心配そうな瞳を思い出す。
妹をあんなにも大切に思っているユリアン辺境伯だもの。
悪い人とは思えない。謀反を考えるようには見えないのよねえ……。
……まあ、私はユリアン辺境伯に初対面で「必要ない」と、言われた身だけれども……。
けれどエミール様は仰っていた。
私をユリアン辺境伯に嫁がせることで、ユリアン辺境伯に恩を売った、と。
やはり旦那様には形だけの妻を迎える理由があるのだ。それは「必要ない」発言とは矛盾する。
「――もしかして。本当にコメントの御方の言う通り、『堅苦しい挨拶は』必要ない、って意味だったのかしら……」
口に出してみたら、おかしくって――笑ってしまった。
*
ホンザ様とエミール様がハイデッガー領に来訪されてから二日目。
朝から薄らとした雲が太陽をほんのり覆っている。
本日はユリアン辺境伯による領地視察が行われる日であり、私も辺境伯の妻として同行するわけだが。
視察の場に、普段はいない人物。――ホンザ様だ。
山火事の件について領民に聞き取り調査を行いたい、そう申し出て視察についてきたホンザ様だが。
実際はユリアン辺境伯の謀反について調べたいのだろうな。
城下町近郊の農地が今回の視察先だ。我々を乗せた馬車がのんびりと進む。
視察に同行しているマディが翼を広げ、馬車の頭上をフラフラと飛んでいた。
「飛行、上手くなってきたっすね~。マジの鳥みたいっす」
「ありがとうございます、シノ様。手の動きだけおやめ頂ければ……」
気付けば私の右隣で上空を見上げるシノの瞳が、獲物を狙う猫の目になっている。
顎の下を撫でて落ち着かせる。ゴロニャンと鳴き声。
私の正面向かって右側に座るホンザ様が、マディを見上げ叫ぶ。
「ユリアン辺境伯の妹君は無能力と聞いていたが! いつの間に能力が開花していたんだ!?」
「んな大声出さなくても、向こうの山まで聞こえるっすよ」
「ええと、ホンザ様、わたくし……」
マディが気まずそうにうつむき、肩をすぼめた。
ホンザ様は名目上、山火事調査員なのだ。対してマディは実質的に、山火事事件の真犯人。
マディにとってホンザ様は負担が大きい相手。助け舟を出した方がいいわね。
「ホンザ様、マディは能力が開花したばかりで不安定。飛翔中にホンザ様のような交流の浅い方に話しかけられたら、驚いて墜落してもおかしくありません」
「む! そうか! それはすまない!」
ホンザ様が飛び散らした唾が当たりそうになったシノが、驚き跳ね上がり私の肩上に飛び乗った。
……悪気がないことは発言からも分かるのだけれど。唾は飛ばさないでほしいわ……。
「マディの能力についても私からお伝えします。マディは翼を生やし飛翔する能力を開花させました」
――というのは表向きの話だ。
マディの能力は、愛読書『ミントと幽霊』の再現・具現化。
しかし迷宮からの力を消失し、その能力は階層ボス時より大幅に弱体化している。
現在の能力は具体的に言えば二つ。
主人公・アンリエッタの格好を自身の身体に再現すること。
作中人物を模した動かぬ人形を作り出すこと――。
翼は作中、アンリエッタが背中に生やしていたものだ。だから翼を生やし空を飛ぶことはできる。
しかしアンリエッタの魔法攻撃は身体とは無関係。ゆえに再現不可。
また作中人物を模した人形も、動かないのだから当然、作中で使用する剣術や魔法を使うことはできない。
ま、この場でわざわざ、ややこしい能力説明をする必要はないわ。
難解な能力発動条件を持つ者は基本、その内容を公開しないもの。
「うむ、飛翔能力は稀有! 練度が上がれば様々な方法でティエリ王子のお役に立つだろう! 妹君、張り切って訓練したまえ!」
マディが苦々しく笑った。
ホンザ様がどこまで山火事を真剣に調査する気なのかは分からないが、この調子ならマディと山火事の関連についてはバレなさそうね。
ふと視線を感じ、正面を見る。
ユリアン辺境伯と目が合う。ふい、と逸らされる。
「……旦那様?」
「……、……」
返答もない。
何か用事があったわけでは、なさそうだけれど。
――ユリアン辺境伯、とんでもない形相をしていたわ。
眉間にはこの上なく深い皺が刻まれていたし。
力が入り過ぎている目元は、まるで親の仇でも見るような鋭い目付きであった。
私、睨まれるようなことしたかしら。していないわよね。
マディの能力を表向き飛翔の力としたのは、ユリアン辺境伯だって同意の上。
では何故?
私とホンザ様の会話が途轍もなく気に食わなかった――そうとしか思えないタイミング。
……エミール様も、嫉妬心を理由にユリアン辺境伯に睨まれたと言っていたわね。
ま、嫉妬だなんてエミール様の勘違いでしょうけれど。
今回もエミール様の時と同様、妻の会話相手に嫉妬し睨みつけてしまった――。
なんて、ふふっ、そんなわけないわね。
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