第14話 王子の配下、ホンザ来訪

「えーっ! ホンザ殿来るんすか! シノあいつ嫌いっす〜」


 シノが露骨に口を尖らせる。

 本来はそんな言い方、よくはない。よくはないのだけれど……。


 ホンザ・ヘンズル。幼い頃よりティエリ王子に仕える、重鎮宮中伯の嫡子。

 ティエリ王子の腹心が来訪するという憂鬱さは勿論ある、が。

 気が沈む理由はそれだけでない。


 ホンザ様は……癖の強い方なのだ……。


 *


 エミール様とホンザ様の訪問日、当日がやってきた。


 城の執務室にてユリアン辺境伯への挨拶を終えたホンザ様は、こちらを振り返ると大振りの動作で手を上げた。

 私の隣に待機するシノが激しく嫌そうな顔をする。が、ホンザ様は気にする様子もなく明るい笑顔。


 ホンザ様の茜色に煌めく短髪は、今日も元気に逆立っている。

 ……なんて考えてしまうのは、現実逃避ね。


「リリアナ! 久しいな! ティエリ王子の温情により国外追放は免れたと聞いたが! こんなド田舎にいたとはな!」


 ……語尾の感嘆符ビックリマークが多過ぎなんだよなあ、ホンザ様……。


 そして異常なまでのティエリ王子信仰。

 今も、王子の温情? などと意味不明なことを言っている。

 ティエリ王子になど、あるはずないじゃない。


「安心したまえ! この僕、ホンザ・ヘンズルはリリアナ、キミの味方だ!」


 この、というのは文字通りの意味ではない。


「リリアナ! キミが聖女アネットに嫉妬し狼藉を働いてしまったのも! 仕方のないこと! ティエリ王子の役に立とうという気持ちが! 空回りした結果なのだということは! 僕もよく分かっている!」


 ……案の定ね。


 ホンザ様にとって、ティエリ王子はなのだ。

 ティエリ王子の考えは全て正しく、この世の人間は全てティエリ王子のために存在する。

 そう本気で信じている――否、信じ込まされている。


「大丈夫だ! 聖女アネットとティエリ王子へ誠心誠意! 謝罪すれば! 慈悲深いティエリ王子はきっと! 許してくださる!!」

「この人、クソ王子の何を見てんすかね」

「シノ、しっ」


 ホンザ様はシノの悪態にも気付いていないようだった。

 ご自身の声が大き過ぎるから、他人の発言もちゃんと聞こえていないのだ。


「――ホンザ様。お手を煩わせて頂く必要はありません。私が無能力者であることは事実。今更王都に戻ったところで、ティエリ王子のお役になど立てはしませんもの」

「む!? そうか!?」


 ビックリマークにハテナマークが重なったせいで、ホンザ様の声が余計にうるさく耳に響く。


「ですが、ここ辺境の地でしたら。無能力者の私でも旦那様を支えるという形で、ティエリ王子の役に立てましょう」


 ホンザ様対策として考えておいた言い訳だ。

 ティエリ王子絶対主義の人間であるからこそ、王子のため――そう全面に出せばホンザ様に納得いただける可能性は高い、はず。


 しかし予想外にも、ホンザ様は即答されず押し黙ってしまった。

 顔付きが険しく歪む。


「……その件なのだが」


 その件? どの件だ。

 不穏な気配。語尾に感嘆符ビックリマークついてないし。


「いや、ここで話すことではないな! リリアナ、後で時間をもらえるか!」

「嫌っす」

「そうだな! 昼食後にでも再度、城へ訪問する! ではまた!」

「あいつマジでなんも話聞いてないっす!」


 シノが執務室を去るホンザ様をガルルと威嚇するが、当然のようにホンザ様には通じることもない。


 しかし――何の話があるのだろう、ホンザ様。

 私としては、私の存在をティエリ王子に伝えずいてくれれば。

 それ以上ホンザ様と話すことは無いというのに。



「やーほー。強烈だねえ、あいつ」

「エミール様」


 先ほどまでユリアン辺境伯と話していたエミール様が、ホンザ様の退去を見届けたように私の方へ歩み寄って来られた。


「もうお話はよろしいのですか?」

「大丈夫、大丈夫。ささ、オレらも退出しよっか~」


 エミール様に促され扉へ向かう。


 直接お会いして確かめたいことが――そう書いた手紙、エミール様に読んで頂けたようだ。

 執務室を出てから話そう、エミール様が醸し出す雰囲気がそう語っていた。


「……リリアナ」

「? どうされました、旦那様」


 部屋を今にも出ようという最中さなか、ユリアン辺境伯に話しかけられる――が。

 話しかけた側であるにも関わらず、ユリアン辺境伯は何も語ろうとはしない。

 ジッと見つめられたまま、数秒が経った頃。


「……いや、……いい」

「はあ……? えーと、承知しました」


 自分で言っていて、いったい何を承知したのだろう、と思う。

 ……まあ、いいか。

 たったの四文字から、ユリアン辺境伯の考えを読み取ることは誰であれ不可能だろう。


 扉を潜り廊下へ出れば、私たちの会話を聞いていたのか、シノが目を据わらせため息を吐いた。


「なんすかあの超ヘタレは。爵位持ちって変なのしかいないんすか?」

「おーい、シノちゃん、それオレにも言ってる?」


 シノがジト目のままエミール様へ向き直り、警戒するようにシャーと唸った。


「やれやれ、オレは仲良くしたいんだけどな〜」

「……エミール様。それよりも、手紙の件は」

「分かってる、分かってるって〜。そうだね、オレも連れてきた子達エミール・ハーレムに伝えなきゃいけないことがあるから。半刻後、書斎で落ち合おうか」


 ヒラヒラと手を振りエミール様が去っていく。

 城内で放し飼いになっている飼い猫が、執務室の前でナァーンと鳴いた。


 *


「なーんでシノは行っちゃダメなんすか!」

「分かって、シノ。万が一に備えてシノは部屋で待機していて」


 シノが力いっぱいに頬を膨らませた。

 拗ねている姿は可愛らしいが、しかしエミール様との密談にシノを同席させるわけにはいかない。

 なんとか納得してもらわねば。


 エミール様が私をユリアン辺境伯へ嫁がせた理由が『王位継承の珠』にあるならば、何の問題もない。

 私がティエリ王子に代わり『王位継承の珠』を取得してしまった件について、大事にならないよう取り計らってくれるはずだ。


 ただ――私の予想が外れていたら。

 王位継承の珠をエミール様に見せた途端、逮捕される可能性まで考えねばならない。

 ……シノを連れて行くわけにはいかないわ。


「シノは何が起きてもリリアナお嬢様についていくんすから! いいじゃないっすか!」

「……分かってるわ、シノ。大丈夫よ。どこへ行こうとも、シノのことはちゃんと連れて行くわ」


 行き先が塀の中でさえなければ、ね。


 尚も機嫌の悪いシノをなだめ、自室を出る。

 廊下にはエミール様がニヤニヤとした表情で佇んでいた。

 書斎集合だったはずでは。もしかして呼びに来てくださった?


「すみません、お待たせしましたか」

「たまたま通りすがっただけだよ〜。はは、主人想いの侍女に、侍女想いの主人だねえ」

「はあ、ありがとうございます……?」


 エミール様と連れ立ち書斎へ入る。施錠を確認し、懐から紅い玉を取り出す。

 前置きは不要。本題に入るわ。


「エミール様。直接お会いして確かめたいこととは、この――紅い玉の件なのです」

「見せて見せて〜」


 窓から入る光を受けて赤色に輝く、手のひらサイズの紅い玉。エミール様がジッと見つめる。


「ははあ〜、こりゃビンゴだねぇ」

「エミール様、心当たりがおありで?」

「リリアナの推測通りじゃないかな~。王位継承の珠だよ、これ」


 ――やっぱり……!


「単刀直入にお聞かせください。ティエリ王子に代わり王位継承の珠を取得したこと、罪に問われますか?」

「はは、それを気にしてたんだねえ。大丈夫大丈夫、相談したのがオレだから。どうにでもなるよ」


 エミール様の軽い笑顔に安堵の感情が起こる。

 この方の軽率さを、こんなにもありがたく感じる日が来るとは。人生、分からないものだ。


「エミール様、もう一点。この珠、アイテム効果を既に使用しておりまして。……問題になりませんよね?」

「あ〜、あれね〜。ま、王位継承の儀式には無関係だから。なんとでもなるっしょ」


 エミール様が適当な返事をしながら、王位継承の珠を手に取った。

 珠を光に透かし、おお〜、と感嘆の声を上げる。


「い〜や〜、本当に王位継承の珠を手に入れてくれるとはねぇ。可能性はあると思ってたけど〜」

「やはり、私を辺境へ連れてきたのはそれが目的だったのですね」

「ん〜? そだねえ、オレときみの契約が良い形で身を結んで嬉しいよ。ま、でもねえ、ユリアンに恩を売れれば個人的にゃ〜それで充分ではあったけどね〜」


 旦那様に恩。それが結婚の理由。

 ……やはり、旦那様には形だけの妻を迎える理由があるのか。


「エミール様。教えて頂きたいことが」

「い~よ~」

「旦那様が、形だけの結婚相手を必要とした理由……いえ、不都合があるのならば理由は仰らなくて構いません。ただ、もし私にもっと、できることがあるならば」

「んー……んん? 形だけ? あ〜、ああ〜?」


 エミール様が目を閉じてグルンと首を回し、斜め上を見上げる形で再び瞳を開いた。


「……あーね。さっきユリアンに睨まれたの、そーいうことねえ……」

「えーっと、エミール様?」

「そうかあ……。ユリアンだもんな……。自分の気持ちを伝えられてるわけ、ないわな」


 呆れたようにエミール様がため息を吐いた。


「挙句にユリアンのやつ、オレとリリアナが恋仲なんじゃって勘違いして嫉妬してんだ」


 嫉妬? ユリアン辺境伯が?

 私とエミール様の関係を誤解するのはともかく、嫉妬する意味が分からない。

 ……はぐらかされているのかしら。


「ま、いいや。ユリアンの誤解は後で解いとくから」

「はあ……」

「あー、あと王位継承の珠の処遇ねえ。今の所有者はリリアナ、きみってことになるから、リリアナの意向を尊重するつもりだけど」


 私の意向……って言われても。

 持て余す、としか。


「可能であればエミール様にお持ち頂きたいのですが……」

「んー、オッケ〜。オレとしても、そうしてくれると助かるな〜って思ってた」


 エミール様が珠を懐に仕舞われたのを確認し、ようやく肩の荷が降りたような心地になる。

 ……まだ、気の乗らない用事は残っているけれど。


 書斎から退出すべく振り返ったところを、エミール様に呼び止められる。


「リリアナ。伝えておきたいことがあってね」


 ……エミール様。今までと比べて、少しだけ真面目な様相。

 ピリッとした緊張が背筋に走る。


「どうにもここのところ、愚弟が妙な動きをしている」


 愚弟。エミール様から見て、その立場を持つ人間はただ一人。

 ――ティエリ王子。


「今回オレがハイデッガーに来たのも、愚弟の部下……ホンザの監視と牽制けんせいの意味が強いんだよね。取り越し苦労であってほしいんだけどさ~」


 エミール様が前髪を軽くかきあげた。

 わざわざ辺境の地まで監視に来られるくらいだ。エミール様には、ホンザ様がハイデッガーに害を及ぼす可能性を強く見るだけの根拠があるのかもしれない。


「留意しておきます。ご忠告ありがとうございます、エミール様」

「ま、オレもしばらくはハイデッガーにいるつもりだからさ。なんかあったら、声かけてよ〜」


 ヒラヒラと手を振るエミール様に一礼し、今度こそ書斎を出る。


 ――こうなってくるとホンザ様の件も乗り気でない、など言ってはいられないかも。

 ホンザ様より約束を取り付けられた際、ホンザ様は「ここで話すことではない」と言っていた。


 あれは……ユリアン辺境伯に聞かれたくない、という意味だったのでは?

 そうであるとしたら、ホンザ様から慎重に話を聞き出す必要がある。

 ……シノはまた留守番かしら。


 頭が痛くなってきた。考えることが多過ぎるわ。

 こんな複雑怪奇な状況、私が一番苦手とするところなのだけれど。

 殴って一発、ぜーんぶ解決できてしまえばいいのに……。


 *


 昼食を終え、いきり立つシノをなだめ自室に待機させてから、ホンザ様の訪問に応える。

 連れて来られた城の裏庭。ホンザ様はユリアン辺境伯の前では到底、口にできない話を始めた。


「……リリアナ! キミの夫のことなのだが! ユリアン辺境伯が……王家へ謀反を起こし、次期王位の座に就くことを狙っているらしい!!」


 ――はあ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る