第12話 王位継承の珠

 帰城するとユリアン辺境伯が無言で出迎えてくれた。

 ……妹のこと、心配していたものね。


 城内、ダイニングルームへ戻る。

 ユリアン辺境伯とマディの分の夕食はまだ用意されたままであった。

 二人が遅い時間の夕食を取りながら、兄妹の会話が紡がれる。


 ことば数は少ないけれど、山火事の件――それから幼少期に起きたマディの事故、凍傷の件。

 確かに必要なことを兄妹お互いに伝え合う。……ユリアン辺境伯は、多くの説明を初老の執事に頼っていたけれど。


 躊躇いがちにユリアン辺境伯が腕をマディへ差し出した。

 こちらもまたいささか迷いながらも、マディがユリアン辺境伯の腕に触れる。


「冷たい……。これが、街を守ってくださったお兄様の手なのですね」


 ユリアン辺境伯は山火事の後始末があるということで、夕食を終えるや否やすぐ城を飛び出していった。

 炎は消えようとやはり領主という立場上、深夜労働から逃れることはできなさそうだ。

 少しでも寝れたらいいけど。


 しかしそれでも、山火事は消火され、ユリアン辺境伯とマディの兄妹仲も改善されたのだ。

 めでたしめでたし。全てが丸く収まったわ。


 ……マディより預かった、紅い玉のことさえ除けば、ね。


 *


 自室に戻り、マディから渡された手のひらサイズの紅い玉を凝視しながら改めて考える。


 王位継承の珠。

 珠を三つ揃え儀式を終えたものが次代の王となる、我が国に伝わる秘宝。


 何十年かに一度、国内いずれかの迷宮から発見される。

 国内の冒険者に迷宮探索配信を強制しているのは、出現に伴う兆候を効率的に確認するためだ。


 しかしハイデッガー領・第一迷宮は不活性、と専らの評判だった。利益の少ない迷宮に潜る冒険者はいない。

 探索・配信されていない以上、王位継承の珠が出現する兆候を王宮が見逃していてもおかしくはないだろう。


 ――赤い玉が、王位継承の珠である可能性は低くない。そう考えるべきだ。


 前回、ハイデッガー領・第一迷宮から王位継承の珠が発見された時は、どのような状況だったのだろう?

 もし現況と酷似しているなら、赤い玉が王位継承の珠である可能性はますます高くなる。


「税金の件も含め、コメントの御方にお聞きしたいけれど……」

「紅い玉っすか? それ――辺境伯殿に聞いちゃえば早くないっすか?」


 シノがニンジャ道具の手入れをしながら、私の独り言に合いの手を入れた。


「旦那様に? どうかしら、お忙しそうだし」

「迷宮の中で聞いても同じなんで、シノはどっちでもいいっすけど」


 聞く相手として最も適任なのはコメントの御方税務調査官(仮)。それはそうよね。


 ただ――心配な点がある。

 本来、ティエリ王子が迷宮を攻略し、獲得するはずだった王位継承の珠。

 それを成り行きとはいえ、私が取得してしまっている。迷宮攻略・ボス討伐も実質、私がしてしまった。


 私がティエリ王子の御役目を、奪い取った形になっている……。

 王宮から、問題視されるかもしれない。


 ――コメントの御方を巻き込みたくはないわ。

 私は既に王子から婚約破棄を受けた身。今さら罪が増えようと構わないけれど。


「紅い玉の件、コメントの御方には伏せておきましょう。シノ、あなたもそのつもりでお願い」

「? 税金逃れとか、いいんすか?」

「税金も含めて、別の方にお聞きするわ」

「ええと、辺境伯殿に、ってことっすかぁ……?」


 シノが困惑顔で振り返った。

 紅い玉の件が問題視された場合、巻き込んでしまう――それはユリアン辺境伯とて同じこと。


「旦那様にも紅い玉については隠しておくつもりよ」

「――それ、バレたらヤバいモノなんすか?」

「何もなければそれでいいの。備えあれば憂いなしってだけだわ」

「そっすか……。リリアナお嬢様、何があってもシノはリリアナお嬢様についていくっすからね」


 可愛いことを言ってくれるじゃない。

 すり寄ってきたシノの頭を撫でると、にゃあ、と気持ちよさそうな声が上がった。


 *


 紅い玉について確認を取るに相応しい人物。

 私の知り合いに、そんな御方――ひとりしかいない。


 エミール様。


 ティエリ王子の腹違いの兄。側室の次男坊。王位継承権、第二位の御方。

 ユリアン辺境伯との形だけの結婚を持ち掛け、私をハイデッガー領へ連れてきた人物だ。


 何故エミール様は国外追放寸前の私をハイデッガーへ連れてきたのか。

 ユリアン辺境伯に『形だけの結婚』をする理由が仮にあるとして、その相手は私でなくとも良かったはず。ずっと不思議に思っていたのだけれど。

 疑問の答えとして、ひとつの仮説が生まれた。


 エミール様はハイデッガー領・第一迷宮に、王位継承の珠が現れる可能性を見ていたのでは?


 ――そうだとすれば、ハイデッガー領へ差し遣わす人間に私を選んだ理由にも納得できる。

 身体能力にしか取り柄のない私が、いずれ迷宮探索に赴くことは予想の範疇だったのだろう。



 シノに一声かけ、ひとり書斎へ赴く。

 雑然としたこの部屋には様々なものが置かれている。例えば便箋。


 手紙の書き方、一応は習ったわ。記憶を手繰り寄せながら筆を執る。

 しかしどこまで詳しく書いたものかしら。

 王位継承の珠、と名指しして記載したくはない。けれどエミール様には事情を察してもらう必要がある。


「……直接会って話したいわ」


 まわりくどい真似は苦手なのだ。

 工作、取引、ぜーんぶ駄目駄目な令嬢よ。私は。


「エミール様。詳細は伏せますが、直接お会いして確かめたいことがあります。心当たりありましたら、お時間のある時にハイデッガー領までお越しください……と」


 貴族に必要な品格も洒落も何もない、素っ気無い文面だわ。ま、いいか。

 蝋を炎で溶かし、封筒の上に垂らす。スタンプを押して刻印。これで封はオーケーね。



 書斎を出ると、山火事の後始末深夜労働から帰城されたユリアン辺境伯と出くわした。

 咄嗟にエミール様宛の手紙を隠す。


「旦那様。今、お帰りですか?」

「……ああ」

「遅くまでお疲れ様です。少しでもお休みされてくださいね」

「……、……ああ」 


 合計しても、たったの四文字。

 簡易すぎる返事を残しながら、ユリアン辺境伯が私に背を向け主寝室へ向かい歩き始めた。


 ……隠した手紙、旦那様に見られてしまったかしら。


 確認する術はない。何しろ相手は旦那様。コミュニケーション能力に大問題を抱えているのだ。

 手紙を見て怪しんだとして、それは何なのかと私に問いかけたりはしないだろう。


 考えたって仕方ない、か。旦那様の寡黙っぷりは今更だもの。

 ユリアン辺境伯から問い詰められない限り、深慮しないでおきましょう……。

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