第11話 ボスドロップ

 地下二階へ降りた落ちた私に連れ立ち、マディが翼を広げ階下へ降りてきた。

 シノもまた軽やかな身のこなしで崩れた床を降下する。

 映像記録コウモリは飛翔しているのだから配慮の必要もないわね。


「っく……」

「マディ、大丈夫?」

「……はい。どうやら、階層ボスとしての力を失ったみたいです」


 マディが胸を押さえながら、ちらっと背後を見た。

 視線の先には映像記録コウモリ。――偶然?


 マディに意図を聞くべきか迷うも、結論が出る前にマディが歩き出したためタイミングを失う。


「リリアナお姉様、ここですわ」


 迷宮の最奥。マディが指を差した先には、粗削りに掘削された跡が残る壁があった。

 ――削り取られた形は、まるで上り階段のように見える。


「迷宮の地下一階を攻略した証ですわ。地上とのショートカットが生まれましたの」

『抜け道階段か。大規模迷宮ではよく見られる……』


 シノがぴょんぴょんと飛び跳ね、上り階段を検分する。


「露骨な罠とかはなさそーっすね。上の方に薄っすら外の光が見えるっす」

「……山火事の光、ですよね」


 マディが一瞬だけ顔を伏せた――が、すぐに地上へ視線を向け直す。


「シノ、マディ。戻りましょう、地上へ」

『――リリアナ!』


 声を張り上げたコメントの御方に呼び止められた。

 シノとマディに階段を上らせ、殿しんがりを務めつつ映像記録コウモリへ向き直る。


『ここを出た後だと、言えない気がしてな。……ありがとう。助かった』

「ふふ、それは私の台詞ですわ。コメントの御方がいらっしゃらなかったら、マディは私の話を信じてくれなかったかも」

『それこそ逆だ。俺の言葉はマディに届かなかった』


 コメントの御方が息を吐いて、心底安堵したように呟いた。


『リリアナ、お前がいてくれてよかった』


 ……!

 頬が緩む、顔中に血が集まってしまう。

 はしたないわ。でも――嬉しい。気持ちを抑えられない。


 役に立たないとティエリ王子から捨てられた身だけれども。

 ……やっと、ようやく。お役に立てたのだ。


「身に余るお言葉、とても嬉しいです。……コメントの御方。よろしければ、次の配信もご視聴くださいね」

『ああ、勿論。……ん?』


 上方より強い光にさらされる。出口はもうすぐそこだ。


『――待てリリアナ、お前、今後も迷宮へ潜るつもりなのか!?』


 コメントの御方の叫び声、直後。

 映像記録コウモリが「仕事はもう終わり」と言わんばかりに、私の冒険者マーカーを抜き捨てた。

 そして外の光を嫌悪したのだろう、迷宮の奥へ戻っていく。


 パタパタと去る映像記録コウモリの後ろ姿を見ながら思う。

 ……コメントの御方、何を驚かれているのかしらね。


 迷宮へ潜ること以外で、私がコメントの御方の役に立つ方法はないというのに。


 *


 地上では変わらず、城下町東部にそびえる山々がさかんに燃え続けていた。


 コメントの御方に聞いた通り、そり立つ氷の壁が火の勢いを押しとどめている。

 しかしその氷も端から溶けていく。ユリアン辺境伯へかかっている負荷は相当のものだろう。


 能力使用への反作用が強いものになっていることも想像に難くない。

 きっと夕食時の比ではないくらい、身体は冷え切ってしまっているはずだ。


「……城へ戻りましょう。旦那様も、マディの顔を見れば少しは安心するはずよ」


 それ以外、私は何のお役にも立てないのだけれど。

 もしも私が能力を開花させていたら――違ったのかしら。


「いえ、リリアナお姉様。わたくしには、山火事を解決に導く義務があります」

「マディ、あなたの能力は迷宮からの力を失って弱体化しているじゃない。それでどうやって」


 ふるふるとマディが首を横に振る。


「例え階層ボスとして強化状態であっても、わたくしの『能力』で山火事を止めることは叶いませんわ。『ミントと幽霊』作中での山火事は、辺り一面を燃やし尽くしてしまいましたもの」


 マディが能力を行使したら、燃やし尽くした後の状態を具現化してしまうのか。

 状況の解決には程遠いわね。


「ですから、これを使います」


 マディが両手を高く掲げる。

 手のひらの上には――鶏卵ほどの大きさの、紅い真円の球体が乗っていた。

 濁りなく紅い色をしたその玉は、山火事の光を透過し美しく輝いている。


「マディ、それは……? 先程までは手にしていなかったわよね?」

「ボスドロップ、だと思います。地下二階へ降りた際、わたくしの胸から出て参りました」


 そういえばマディ、降下した際に胸元を押さえていたわね。

 ――映像記録コウモリに背を向けていた理由、もしかして。紅い玉を配信から隠すためだった?


「マディ、迷宮内での取得物は課税対象よ。隠蔽はいけないわ」

「申し訳ございません……。でも、わたくし山火事を消すまでは、このアイテムを手放すわけにいきませんでしたの」


 マディが持つ紅い玉が、淡く光り始める。


「山火事を消すって、マディ――」


 どういうこと、そう言い終わる前に。

 紅い玉を包んでいた光が一瞬にして鮮明になる。


 周囲一帯が照らされる。まるで真昼のよう。

 眩しくて――目を閉じてしまう。


「マディ……!」


 数秒後、閉じたまぶたの裏へ届いていた光が消え失せた。

 恐る恐る瞳を開く。マディの持つ紅い玉は、もう光ってはいなかった。


 そして――周囲の風景が明らかに、先ほどまでと異なっている。

 ……暗い。辺りを見渡すことができない。


「よかった。うまくいきましたわ……」


 城下町東部の山々から上がっていた火の手は、すっかり鎮火していた。


 *


「マディ、その紅い玉は何……? 山火事を消火するアイテムなんて初耳よ」


 安堵の表情を浮かべるマディへ向き直り問いかける。

 手のひらに乗せられた紅い玉。マディは『ボスドロップアイテム』だと言っていたけれど。


 階層ボスを倒した際に入手できるアイテムには、特殊な用途を持つものも多いと聞く。

 けれどそれが、火事を消す――だなんて。そんな都合が良い話あるかしら。


「わたくしにも仔細は分からないのです。ただ階層ボスであった記憶のおかげで、この玉の使い道が分かったのです」

「使い道……?」

「はい。この玉、どうやら一度だけ、あらゆる願いを叶えてくれるようです」


 ――それこそ都合が良すぎないかしら!?


「待ってちょうだい、そんな強力なアイテム、税金……どうなるのかしら……。払える額ならいいのだけれど」

「どうなんでしょう……このアイテム、全ての結果を実現する代償として強い制限があるみたいです。階層ボス本人か、或いは特殊な血を引いている方しか使えないようでして」


 使用者を強く限定することで力を発揮するアイテム――価値の判定が難しいわ。


「うーん……売価設定できない魔物ドロップ品に課せられる税額は、金貨何枚、みたいな設定もあった気がするけれど。それを適用する形になるのかしら……」


 ティエリ王子と迷宮攻略するための力ばかり磨いてきたから、冒険者に必須の知識も最低限しかないのよね、私。それこそ税金関係はサッパリだわ。


「専門家に聞きましょう。コメントの御方は税務調査官のようだから、次の迷宮探索時にでも」

「リリアナお姉様、また迷宮へ行かれるのですか?」


 マディが少しだけ不安そうな表情を見せる。


「大丈夫よ、マディ。見ていたでしょう? 私、身体を鍛えているのよ」

「それにシノの忍術も万全の状態っす!」


 シノがピョンピョンと飛び跳ねた。やる気充分ね。


「迷宮内の魔物を減らせば街も平和になるわ。それに長年閉ざされていた地下二階が出現したなら、未発見のアイテムや財宝を取得できるかもしれない」


 そしたらハイデッガー領も潤うわね、なんて冗談めかして言えば、マディが少しだけ笑ってくれた。


「……リリアナお姉様、くれぐれもお気をつけくださいね。それと……お兄様を、よろしくお願いいたします」

「勿論よ、マディ!」


 ――今の会話とユリアン辺境伯、何か関係あったかしら?

 まあでも……兄の結婚相手に、兄のことを頼むのは何もおかしくないわね。


 マディから紅い玉を受け取りつつ、城への帰路を急ぐ。


 しかし、この紅い玉……改めて見ると既視感があるような。

 でも一度だけありとあらゆる願いを叶えるアイテム、なんて聞いたことがないのよね。うーん……。



 ……欠けの一つも存在しない、美しく透き通る真円の球体。

 階層ボスと成ったマディからドロップしたアイテム。


 外の空気を吸ったためだろうか、脳味噌が急激に回転を始める。


 人間が階層ボスに成ってしまう異常現象。

 前回、ハイデッガー領・第一迷宮に同様の異常現象が起きた際は、その時代の王子が対処した――コメントの御方はそう仰っていた。


 何故、王子が出動されたのか。

 ……それもコメントの御方が教えてくれた。


『遥か昔のことだが、この迷宮から王位継承の珠が発見されたことがある』



 この紅い玉、もしかして。

 ティエリ王子が求める秘宝、王位継承の珠――なのでは……?

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