第4話 配信越しの交流
『――先程はわざと囮になっただと!?』
『挙句、故意に攻撃を受けようだなんて』
『何を考えているんだ、危険すぎる!』
迷子を連れ、迷宮の出入口まで戻る途中。
何故オークを前に立ち
……叱責されてしまった。参ったわね。
「コメントの御方。私はただシノ達の方へオークが向かわないよう、最善を尽くしただけですわ」
『……確かに、あの場は迷子にも危険が及ぶ可能性はあった』
『しかしやりようは他にもあっただろう』
『迷子を抱えたその状態のままではオーク達からは逃げ切れずとも』
『魔物の多いフロアまでオークを誘導できれば、混戦状態を作り出し逃走することもできたはずだ』
なるほど、その戦略は思い付かなかったわ。
コメントの御方はどうやら強い能力者であり且つ、中々頭も切れるようだ。
最も、混戦状態を作り出す作戦を思い付いたとして。
それを実際に実行したかはまた別問題だけれど。
――だって、私が囮になる方がより確実で安全だもの。
『……少なくとも、わざと攻撃を受ける必要はどこにもなかった』
視聴者の御方の声が、か細くかすれている。
『リリアナ。もう、過度に危険な策は実行してくれるな』
「コメントの御方。もしかして、私の身を案じてくださっているのですか?」
『当然だろう! 何を今更――』
「……ふふ」
『何がおかしい』
「だって私、旦那様からすらも、心配などされていないのに……」
『……は?』
コメントの御方の唖然とした声が、映像記録コウモリより漏れ聞こえた。
『……ちょっと待ってくれ。それはどういう意味だ?』
「私、旦那様より初対面で直々に言い渡されましたの。必要ない――と。不必要な存在など、心配するに値しないでしょう」
『……』
元婚約者であったティエリ王子からも、役立たずと罵られ婚約破棄されているし。
不思議なものだ。
婚姻の関係を持つ予定だった者、実際に婚姻を結んだ者よりも。
画面越しの、素性すら知らない視聴者――コメントの御方の方が、よっぽど私の事を心配してくれている。
「黙っちゃったっすねー、コメントの人」
「込み入った事情を話し過ぎたかしら」
「お姉ちゃん、そんなやつとは離婚した方がいいよ」
『……!』
迷子からすらも呆れられてしまった。
そうよね、私達の結婚はちょっと、いい形ではないわよね。
けれども仕方ない。
元々からして形だけの結婚。最初から歪なのだ。
『……その、なんだ……』
コメントの御方が
『……勘違い……ではないのか?』
「新説っす! けど必要ない、なんて短文、勘違いしようがないっすよ」
『その、短文というのが誤解なのではないか』
コメントの御方が必死に、まるで何かを取り繕うかのように畳みかける。
『俺も身に覚えがある。コミュ障の人間というものは、猫の前では早口
「配信視聴者に多そうっすね、そーいう人」
「シノ、偏見で人を
コホン、とコメントの御方が恥ずかしげに咳払いをする。
『故にその、リリアナの旦那……とやらも。ただ単に言葉が足りていなかっただけ、なのでは』
コメントの御方。
こんなにも一生懸命に私の旦那様を庇ってくださるとは。
……旦那様から不要扱いされていることを。
同情、してくださっているのかも。
私が旦那様から掛けられた冷酷な言葉について少しでも良いように解釈しようと、頭をひねってくれているのだろう。
『例えば、……必要ないと言ったのは、堅苦しい挨拶のことであって……リリアナのことではなかった、とか』
「おじさん、擁護が下手」
『うっ……』
コメントの御方が小さく呻いた。
子どもの発言は時に深く刺さり過ぎるわね。
「ふふ、ありがとうございます、コメントの御方。私の個人的な事情にまで気を遣ってくださって」
『……いや、気を遣っているわけでは』
「でも大丈夫ですわ。私、気にしておりませんから」
『……そ、……そうか……』
何故か意気消沈した様子で相槌を打った後、再びコメントの御方が黙り込む。
冷え込んだ夫婦関係を気にも留めないのも、それはそれで不憫に思われたのかしら。
映像記録コウモリが沈黙したまま私たちの後を追う。
「……お姉ちゃんたち、なんでそんな強いの?」
「身体を鍛えたからよ」
「シノは生まれた時から忍者の修行をしてたっす! けど、戦場で騒がしいやつは忍者になれないって売られたっす!」
幼子と他愛ない話をしている内に、出口が近付いてきた。
映像記録コウモリは陽の光を嫌う。迷宮の外へ出てくることはない。
――これでコメントの御方ともお別れね。
名残惜しさを感じるのは、コメントの御方が色々と親身になってくれたからだろうか。
私よりも、私のことを心配してくれていた。迷宮探索のことは勿論、夫婦関係まで。
別れの言葉も口惜しく、喉がつっかえたように固まる。しかし迷宮探索の終わりは待ってはくれない。
コメントの御方とは、これで最後になるかもしれないのだ、ちゃんと
――そう覚悟を決めたのと、コメントの御方の叫び声が映像記録コウモリより響いたのは、ほぼ同時であった。
『……ッ! 入るな!』
絶叫を最後に、数秒の無音が続き。
『タダイマノ シチョウニンズウ ハ ゼロニンデス』
映像記録コウモリの片言な発音が迷宮内に木霊した。
コメントの御方。お別れを言う前に、いなくなってしまった。
「コメントの人、慌ててたっす。親でも入ってきたっすかねえ」
「ママにあんな言い方、怒られるよ〜!」
「そうなんすか? そんじゃあ、怒った親に映像投影ネコ取り上げられたのかもしんないっすね」
シノと幼子の会話を聞きながら、ふと気付く。
――コメントの御方が、氷の盾を作り私を守ってくれたことについて。
今一度、ちゃんとお礼を言っておけば良かった。
……後の祭りね。何もかもが。
*
映像記録コウモリから冒険者マーカーを回収し、迷宮の外へ。
迷子を街へ送り届け、城に戻る。曇り空の向こうには既に夕陽が沈み始めていた。
思ったよりも時間が掛かってしまったな。城の者たちに、我々の外出を悟られていなければいいのだけれど。
何食わぬ顔で自室へ戻りドレスに身を包む。シノもメイド服に着替え、先程まで迷宮に居た痕跡を隠滅させた。
夕食までまだ少しだけ時間がある。間に合ってよかった。
流石に夕食の場に私とシノが現れなかったら騒ぎになってしまう。
ダイニングルームへ、私の配膳を担当するシノを先に向かわせる。
そして私もまた夕食までの空き時間、城内を適当に練り歩く。
夕食の準備へ向かう初老の執事とすれ違い様に軽く挨拶を交わす。
この様子ならば城の者に私達の外出は気付かれていないだろう。
城内に異変があれば、使用人をまとめる立場である執事に必ず連絡がいくはずだもの。
ユリアン辺境伯の許可を得ないまま行なってしまった迷宮探索であったけれど。
全てが上手くいったみたいね。
ほっと息を吐く。緊張していた身体が弛緩したようだ。
――安堵から、気が抜けていたのかもしれない。
廊下の曲がり角で誰かと肩がぶつかってしまった。
非礼を詫びるべく衝突した相手のいる方角へ向き直る。
ふわふわとした紺青色の長髪。マディだわ。
声を掛けようとして、息を飲む。
私を見て驚いたように目を見開いたマディの瞳からは涙がぽろぽろと、こぼれ落ちていた。
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