第14話 追い詰められていくクリント
※クリントside
裁判は王宮内の「王家の裁定室」で厳粛に行われていた。大理石の床には深紅の絨毯が敷かれ、中央には玉座が据えられている。壁には王国の紋章が誇らしげに掲げられ、天井には正義の女神が天秤を掲げる姿が見事に描かれていた。その荘厳な空間には、どこか息を呑むような静寂が支配している。
傍聴席には貴族や重臣たちが厳しい表情を浮かべ、裁きの行方を見守っていた。列席者の間には緊張感が漂い、話し声一つ漏れない。時折、窓から差し込む陽光がきらめき、裁定室全体に厳かな雰囲気を与えている。
玉座に座する王が静かに口を開いた。
「さて、プリムローズ嬢の訴えによれば、クリント卿がレストン伯爵家の財産を横領したとのことだが、間違いないか?」
その声は威厳に満ち、空間全体に響き渡る。傍聴席の視線が一斉にクリントに注がれた。
クリントは背筋を伸ばし、冷静を装ったまま答える。
「とんでもない誤解です。金庫の中身や家財道具を持ち去ったのは家令ラリーとその仲間たちです。彼らが共謀し、すべてを奪い去ったのです。実際、彼らはすでに行方をくらましています」
その言葉には一切の迷いも見えず、むしろ余裕すら漂っていた。だが、傍らのプリムローズは毅然とした態度を崩さない。琥珀色の瞳に宿る強い決意が、彼女の口から紡がれる言葉に力を与えていた。
「伯父様は金庫の財産を盗み、家財を売却して私物化しました。そして、父には借金があったなどと嘘をつき、私から爵位を奪ったのです。これは父に対する侮辱罪であり詐欺に値しますわ」
クリント卿は嘲笑混じりに反論する。
「その証拠はどこにあるんだね? 盗みを働いたのはラリーたちだ。それに、弟に借金があったのは事実で、それを私が肩代わりしてやった。だが、プリムローズはその恩を忘れ、こうして私を貶めようとしている。まったく恩知らずとはこのことだ」
その言葉に一部の傍聴者たちが囁き始めるが、次の瞬間、プリムローズの隣に座っていた男が静かに笑みを浮かべた。
「恩知らず、とは自分のことを言っているのではないか?」
そう言ったのはアルバータスだった。プリムローズを助けるために、彼は一緒にこの裁定室に出向いたのだった。
「陛下、この男は明らかに嘘をついています。借金があったのは亡きレストン伯爵ではなく、クリント卿本人です。弟に借金を清算してもらった記録も残っていますし、証人もいます」
その言葉にクリントの顔色が変わる。だが、アルバータスは追い打ちをかけるように扉の方を見やり、毅然とした声で言い放った。
「証人を呼びます」
扉がゆっくりと開き、三人の男たちが堂々と入ってきた。彼らの姿を目にした瞬間、クリントの表情は蒼白になった。
「なぜ、今さらお前たちが……金は返したはずだ」
彼は震える声で呟いた。
証人たちは一様にクリントを見据え、事実を語り始めた。
「間違いなくクリント卿に金を貸しましたが、前レストン伯爵から返済を受けました」
「私も同様です。借金の返済はすべて前伯爵からいただきました」
「私はこの男から骨董品や家具を買い取りました。どれも高価なものばかりで、こちらに取引記録がございます」
証人たちはそれぞれの証拠書類を取り出し、国王に提出する。その光景を見たクリントは怒りに任せて声を荒げた。
「なぜ金を返したのに、こんな場に出てくるんだ! 骨董商のお前も、訳あり品だと知っていたはずだ!」
骨董商は冷静な表情で答えた。
「私は今日をもってこの仕事を辞めますし、共謀していたわけではありません。詳細を知らなかったと言えば、それで済む話です」
他の二人も淡々と続ける。
「俺たちも金貸し家業を辞める。だから、知っていることはすべて話すつもりだ」
アルバータスは冷たく言い放つ。
「弟に借金を肩代わりしてもらいながら、それだけでは飽き足らず地位と財産まで奪おうとするとは、浅ましい男だ」
クリントは言葉を失い、次の瞬間には声を荒げた。
「うるさい! 私の借金なんて関係ないだろう! 今は弟の借金の話をしているんだ!」
だが、その叫びを遮るように証人席から声が響いた。
「債権者のいない借金など、この世には存在しません」
その声の主は、クリントが闇に葬ったはずの家令ラリーだった。
ラリーの登場により、裁定室の空気は一気に張り詰め、クリントはその場に立ち尽くすほかなかった。
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