第13話 捕らえられたオラール

 夜闇に包まれた静寂の中、オラールはラリーの家とされる一軒家を見上げていた。周囲の家々と同じく質素な木造の建物だが、手入れが行き届いており、どことなく温かみがある。窓は閉じられているが、暮らす人々の几帳面さを感じさせた。


「さすが元家令の家だよな。貧乏暮らしを余儀なくされても、丁寧な暮らしを貫いている。誠実な人間ってのは長生きしないもんさ、これがいい例だ」


 口元に冷たい笑みを浮かべながら呟く。主の命令はこの家に住む者たちを始末すること。オラールにとって、命令は絶対だ。しかも今回の相手は手間のかからない老人とその家族たちだ。眠っている人間を狙うだけの簡単な仕事――彼が得意とする汚れ仕事の典型だ。


 家の周囲をひと巡りして安全を確認すると、オラールは窓の隙間から家の中を覗き込んだ。簡素な家具が並び、室内には何の灯りもない。


「全員、寝ているようだな。まぁ、起きていたところで、抵抗する力もないとは思うが」


 満足げに口元を吊り上げると、窓をそっと押し上げて忍び込んだ。靴を脱ぎ、忍び足で奥の部屋へと向かう。どこからか微かな寝息が聞こえる。これなら楽勝だ、と考えた矢先――


 ギシ――ッ


 床が大きく軋み、その音が夜の静けさを引き裂いた。オラールは全身が硬直した。


「誰だ?」


 低く鋭い声が暗闇から響く。瞬間、複数の足音が一斉に動き出し、家の中が生気を帯びたように感じられた。


(おかしい……この家には老いぼれとその息子夫婦、孫娘がいるだけのはずだろう?)


 オラールの額にじわりと冷や汗が浮かぶ。暗闇に目が慣れると、家の中に予想外の影が浮かび上がった。筋骨隆々の若者たちがそこかしこに立っており、彼に視線を向けている。いかつい体格と鋭い目つきは、まるで野生の獣のようだ。


「しまった……罠か?」


 オラールは即座に逃走を試みた。だが窓に向かう途中、背後に気配を感じた次の瞬間、鋼のような腕が襟を掴む。


「おっと、どこに行くつもりだ? 逃がさないぜ」


 余裕の笑みを浮かべた若者が、片手でオラールを引き戻した。彼は必死にもがくが、その力は相手には通じない。次々に腕を押さえつけられ、手足を縄で縛られるのはあっという間だった。


「放せ! お前ら何者だ!」


 必死の抗議も若者たちには滑稽に映ったのだろう、彼らは声を上げて笑い始める。


「こいつが刺客か? 見た目がしょぼすぎて信じられないな。あぁ、薬品を含ませた布を持っているのか。腕力で相手をねじ伏せるのではなく、卑怯な手を使うのがお手のものってわけだな?」


「しかも床を軋ませるなんて。これがプロの仕事かよ」


「何だと!? 俺を誰だと思って――俺は、レストン伯爵家の……」


 オラールが主の名を叫んだ瞬間、背後にいた若者の一人が、顔のすぐそばに拳を突き出した。その迫力にオラールは情けない声を上げて尻餅をつく。


「ぷっ、知性もなければ忍耐もない。主の名前を簡単に吐くとは助かるよ。あんたみたいな間抜けだと、仕事がしやすい」


 声を上げて笑う若者たちの中心に現れたのは、アルバータスの片腕として知られる屈強な男、ガードナーだった。


「さて、この卑怯者を屋敷の地下に閉じ込めよう……旦那様に見せる価値がないほどの小者だが、お喜びになることは間違いない」


 ガードナーが楽しげに呟くと、若者たちは肩をすくめた。


「間違いなく面白がるだろうね。旦那様は卑劣な真似をして得をする者が大嫌いだから、こいつやこいつの主も、天罰を受けることになるさ」


「お、おい、何を言って――! 旦那様って誰だよ? 俺にはレストン伯爵がついているんだぞ! 高位貴族だ。お前たちの主は誰なんだよ?」


「お前のような外道に教える名前はないぜ。俺たちは旦那様に忠誠を誓っているんだ。尊敬しているんだよ」


 オラールは縄でぐるぐる巻きにされると、台車に載せられて家の外へ運び出された。


「おい、待て! 俺にこんな扱いをして、ただで済むと思うな!」

「いや、お前こそ、偉そうな口を利くなよ。あとで、思いっきり後悔するぞ」


 ガードナーはいつまでも悪態をつくオラールを呆れて見下ろす。悲鳴のようなオラールの叫び声が住宅街に響くが、深夜の静寂に包まれた街では誰も目を覚ます者はいない。台車は揺れながら暗闇の中へ消えていったのだった。

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