第7話 プリムローズの思いつき
ルドマン家の大食堂は、双子たちの母親が亡くなってからはほとんど使われていなかった。いつもは灯りが少なく寂しげだったテーブルが、豪奢な燭台の光で照らされている。チャスとデニーが少し不安げな顔をして現れた。
子供たちにとって、こうして大きなテーブルに座るのは、伯母のエリザベスが来て一緒に食事をするときだけだった。女侯爵として領地経営のほかに王立貴族学園の運営も任されているエリザベスが、甥に会いに来ることはそれほど頻繁ではない。
「先生。僕たち、こんなふうに大食堂で食べたこと、あんまりないんだ」
チャスが小さな声で言った。その表情はどこか戸惑いを見せていたが、デニーの方は無邪気に興味を示している。
「本当? それはちょっと驚きだわ。でも、今日から変わるわよ。チャスとデニーは私と毎日、食事をしましょうね。これはとても大切なことなのよ」
プリムローズは笑顔で子供たちにそう語りかけた。そして彼らが不安にならないよう、穏やかに会話を進める。彼女がそう決めた理由は一つだった――この子たちの心に、「賑やかで楽しい食卓の温もり」という記憶を灯してあげたかったのだ。
双子たちの対面に座るプリムローズは、静かに彼らを観察する。子供たちのぎこちない様子に、どうにかして場を和らげたい。しかし、幼い子たちの話し相手をあまりしたことがないプリムローズだ。しばらく考え込んでいたが、「水の入ったバケツ」の事件しか思い浮かばなかった。
――悪戯を褒めるつもりはないけれど、あれはとてもよくできた仕掛けだったわ。
「ねえ、チャス様、デニー様」
と柔らかくプリムローズは声をかけた。
「あの、扉の上に仕掛けた水のバケツ、どうやってあんなに見事に設置したの?」
双子たちは驚いたように顔を上げたが、すぐに得意げな表情になった。プリムローズはホッとした。これで会話の糸口がつかめた。チャスが先に口を開く。
「あれは僕たちで考えたんだ! まず、バケツに縄を括りつけて、扉が開くと縄が引っ張られる仕組みにしたんだ。それで、うまくタイミングを合わせて……」
「そう、そう! ……それでバケツが倒れるんだ! 水がこぼれる方向もちゃんと計算したんだよ。失敗しないようにね」
デニーが話を引き継いだ。
「まあ、すごいわね。よくそんなことを思いついたわ。とても頭がいいのね」
プリムローズはその熱心な解説に思わず微笑んだ。すごい才能だと正直、感心した。双子たちは褒められたことが嬉しかったのか、にやりと笑みを浮かべた。しかし、プリムローズは穏やかな声で続ける。
「でもね、その能力は正しい方向に使いましょうね。例えば、お屋敷の誰かが困っているときに助けてあげる方法を考えるとか、そういうことに使えるともっと素晴らしいと思うの」
「うん、わかった」
チャスとデニーは目を見合わせてから小さくうなずいた。
「でも、創意工夫ができるのは素晴らしいわ。本当に見事な仕掛けだったもの」
プリムローズは再び彼らを励ました。これは素直なプリムローズの感想だった。双子たちは輝くような笑顔を浮かべた。
――ほんとうに、この子たちは綺麗ね。あら……チャスのほうは口元にほくろがあるのね。デニーはないわ。
まじまじと子供たちを見つめながら新たな発見もしたプリムローズ。子供たちが少し黙り込んでしまったので、彼女は話題を変えることにした。
「ところで、普段どんな遊びをしているの? 外で走り回るのが好き?」
「うん、僕たちは外が大好きだよ。裏庭で木登りしたり、いろんなものを作ったりするのが好き! あとは広場になっている場所でボール遊びをするんだ」
デニーが先に答えた。
「そう、そう! それに、たまに面白い発明を考えるんだよ」
チャスがうなずいた。
プリムローズは双子たちの話を熱心に聞き、質問を投げかけながら笑顔で応じた。双子は次第にリラックスし、自然に会話が弾むようになった。彼らの食事のマナーは洗練されており、特に直すところはない。
「おしゃべりしながら食事をするって……楽しいんだね」
やがて、デニーがデザートに手を伸ばしながら、小さな声でつぶやいた。
その言葉にプリムローズは心の奥がチクリと痛んだ。
――家族で楽しくおしゃべりしながら食事をするのは当たり前のことなのに……幼い子がしみじみとこんな言葉を言うなんて……学園長がおっしゃったように、やはりこの子たちは可哀想な子たちだわ……
「そうね。食事はただお腹を満たすだけじゃないわ。こうして一緒にお話しながら過ごす時間が、きっと一番のごちそうなのよ。私はふたりの笑顔を見ながら食事ができて、とても楽しいわ。見て、このデザートの果物もチャス様とデニー様と一緒に食べるから、二倍も美味しく感じるのだわ」
明るく答えると、双子たちは照れくさそうに微笑んだのだった。
翌日、プリムローズは思い切ってアルバータスの執務室に向かった。彼女はアルバータスに直接意見を言うつもりだった。
「アルバータス様。なぜ、子供たちと一緒に食事をしないのですか?」
執務机に目を落としたままの彼に、プリムローズは遠慮なく話しかけた。
「食事はただの栄養補給だ。それ以上でも以下でもない」
アルバータスは一瞬顔を上げたものの、冷たく澄んだ瞳はすぐに再び書類へと戻った。
「違いますわ!」
プリムローズの声が少し強くなる。彼女自身も驚いたが、言わずにはいられなかった。
「食事は家族が繋がる大事な時間です。特に、あの子たちは母親を亡くし、あなたが唯一の家族でしょう? どうして、その大切な時間を共に過ごしてあげないのですか?」
アルバータスは答えず、視線をプリムローズに固定したまま黙っていた。その目は、冷たいながらも悲しい陰りが見えたが、すぐに冷淡なもとの表情に戻る。
「教育係にすぎない君には関係のない話だ。私はあの大食堂では食べたくないんだ」
その夜、プリムローズは双子の部屋を訪ねた。二人はそれぞれ個室を与えられていたが、寝る準備をする彼らの表情にはどこか寂しさが漂っていた。
「いつも一人で寝るなんて、まだ幼いのに寂しいでしょう? 双子なんだから、一緒の部屋でもいいと思うのだけれど」
プリムローズがそう尋ねると、デニーが少し顔を伏せながら答える。
「僕も本当はチャス兄様と一緒がいいんだ」
「それなら、どうして別々になったの?」
「もともとは一緒の部屋だったんだ。でも、僕たちが仲良すぎて夜遅くまでおしゃべりしてしまうのを、侍女がお父様に告げたんだ。それで、お父様が間に空き部屋を挟んで隣同士の部屋に分けたんだよ」
デニーは少し口を尖らせて言葉を続けた。
――空き部屋か……それなら、私がその部屋に住んだらどうかしら?
プリムローズの胸に一つの考えが浮かんだのだった。
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