第6話『死』

 2学期が始まって、私と弟の生活は、以前にも増して、すれ違うようになった。


 そんなある日、弟の部屋から携帯電話の着信音がした。

 

 弟はまだ学校から帰ってきてない。家に携帯電話を置いていったのだろう。

 私は気にせずにいたが、着信音は繰り返し、何度も何度も鳴り続けた。

 いいかげんに煩わしく思い、弟の部屋へ踏み込んだ。机の上で、軽快で単調なリズムを繰り返している携帯を、私は掴み取った。

 どうやらメールを受信しているらしい。

 私は携帯電話を開いて、苛立ちから強引にメールの中身を確認した。


 【死ね】【死ね】【死ね】【死ね】

 

 首筋に悪寒が走った。

 指先が熱を失うのが判った。

 足元がぐらついて、視界が滲んだ。

 私は怒りとも悲しみともつかない感情で、身体中が凍りつくような感覚に襲われた。

 言い知れない不安と悔しさで、追い立てられるように次々にメールを開いていった。どのメールにも、同じ言葉。

 私がメールを開いている間にも、次々と新しい着信があった。どのメールもアドレスが違っていた。顔も、声も、誰とも知れない、何もわからない無数の、悪意の欠片。    

 私は唇をかみ締めた。

 胸が締め付けられて、息苦しさを感じた。


 その夜、私は寝付けずにベッドから起き出した。喉の渇きを覚え、台所に降りていった。

 と、かすかに物音がした。

 気のせいかとも思ったが、昼間のこともあり、そのままにしておけなかった。

 暗闇の中、手を壁に添えて、その音のする方へと近づいていった。1階のタンスのある部屋。ここから物音がする。

 引き出しを開ける音や、バッグをあさる音。私は震える指で、部屋のスイッチを点けた。

 

 そこにいたのは、弟だった。

 弟の手には、母の財布があった。

 弟の顔は、固く硬直したまま、目を剥いていた。その色は蒼白で、血の気は失せていた。

 私は小さく叫んだ。

 弟は咄嗟に、私を突き飛ばして部屋を出て行った。

 

 突然のことに身体が反応できず、私は床に腰を強く打った。

 私は痛みと悲しさで、涙が滲んだ。

 私は自分の部屋に戻ろうと、階段を一歩ずつ懸命に昇った。未だに鈍痛が腰に残っている。冷たく嫌な汗が、額に滲んだ。それでもようやく、階段を昇りきった。

 滲む瞳で、うっすらと弟の部屋に目を向けた。

 しかし私は、そのまま背中を向けた。

 

 私は、怯えていた。

 弟に、怯えていた。

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