第5話『魔人』

 夏休みになったが、私は演劇部の練習のために、連日学校に登校していた。

 秋の学園祭で『あなたが生きているかぎり』を公演する。

 部員は私と菜緒のふたりだけなので、応援の依頼もしていかなければならない。後2ヶ月ばかりの間に、古い衣装の修復や舞台稽古など、やらなければならないことが沢山あった。

 発声練習の後に体育館で、捕らわれの王子を求めて旅をする王女の練習をした。

 私が一応、ヒロインの王女役だ。


 夜のうちに城を抜け出し、王子の足跡を求めて近隣の村々を回る王女。

 ある村で、奴隷市に美しい男が出品されていたと聞かされ、それが王子かもしれないと思い、馬を走らせる。

 しかし王女がたどり着いた時には、すでに市は終了しており、王女の国と敵対関係にある王が、王子を買い取った後だった。市の支配人の情報では、王子はそのまま、その敵国に連れ去られていったということだった。後一歩というところで、王子を救えなかった王女は、哀しみのあまり血の涙を流す。

 

 その血に惹かれた魔族の男が、王女の前に現れて、彼女に力を貸すことを約束する。だかその代償に、魔の者の望むものを差し出さなければならない。魔人が望んだものは、王女の清らかな血だった。しかし王女は、迷うことなく魔人と契りを交わした。


 王女と魔人は、王子が連れ去られていった国を目指して、共に旅をする。

 立ちはだかるは、灼熱の砂漠、凍える雪山、邪霊の森。数々の困難を、王女と魔人は力を合わせて乗り越えていった。


 そしてついに、王子が捕らえられている国へとたどり着いた。


 その時、魔人が王女に問うた。

 私はこれから、貴女の王子を救い出す。

 しかしその時は、私は契約どおり、貴女の血を全て戴くことになる。

 本当にそれでもいいのか、と。


 王女は凛として、魔人に答えた。

 私のこの血で、あの方が救えるのなら、喜んで全てを差し上げましょう。そして、そう。たとえこの身の全ての血を奪われようとも、王子が生きているかぎり。


 王子が生きているかぎり。台本は、そこで終わっていた。

 この先を、考えなければならない。


 本当はさ。菜緒は真剣な眼差しで言った。

 本当は、この魔人って、王女の血が目的じゃないんだよね。

 ただ、王女のそばにいたい。彼女を守りたい、その願いを叶えてあげたいって。そう思っているんだよね。

 でも、王女はそんな魔人の想いには気づいてないし、彼女には、王子しか映ってない。

 なんか、そういうのって切ないね。

 

 菜緒は私に言った。


 私さ、小学生の頃、いじめられていたんだ。

 きっかけは、他愛ないことだった。

 それから、みんなのからかいが始まって、友達も私に距離を置くようになって。

 誰にも相手にされないのに、私に聞こえるように蔑む言葉を、投げかけられて。

 毎日が、苦痛だった。

 ひとりだった。

 孤独だった。

 生きていくことが、絶望だった。

 

 私って、もう、いなくっていいよね。

 死んだらどうかなって、そんなことばかり考えてた。

 

 そんな時だったの、おばあちゃんが死んだのは。

 

 おばあちゃんの最期の言葉。

 あなたが生きているかぎり。

 意味は今でも、わからないけれど。

 私、死ねなくなっちゃったの。

 私は病気じゃないのに、死んじゃいけないって。


 それで、いじめのことお母さんに話して、家族のみんなが私のこと守ってくれた。

 だから、私は今も、生きているの。

 菜緒の手は、小さく震えていた。

 

 私はその手に、そっと自分の手を重ねた。


 私は、菜緒に出逢えて、菜緒が生きていてくれて、本当に良かったよ。

 死のうなんて悲しいこと、もう二度と、考えちゃいやだよ。


 もう二度と。

 そう、二度と。

 

 菜緒を泣かせるヤツは、私が、許さない。

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