33 精霊をハントせよ

荒れ果てた大地を踏みしめるたび、乾ききった砂が軋み、まるで古い骨が砕けるような不快な音を立てている。

熱砂の向こう、地平線が鈍い血の色に染まり、揺らめく空気に混じる熱気は、傷口から吐き出される臓腑の匂いに似た酸っぱい刺激を伴って鼻腔を満たしていく。

遠くで不規則に唸る風音は、かつてこの地で散っていった無数の亡者たちの恨み言を含み、耳元をなぶるように囁き続けていた。


「ここか…」

俺は目を細め、その赤い輝きを睨めつけた。

まるで巨大な傷口が、大地そのものを貪りながら腐り落ちていくような光景だ。



「油断せず進むんだ。」

神威の声が頭蓋に爪を立てるような鋭さで響く。


「分かってる。」

声を吐くたび、喉元に渇いた砂が貼り付き、金属を引っ掻くような不快な音が自分の内側で響く。


全身の感覚が研ぎ澄まされ、皮膚の裏側で筋肉が蠢き、血が熱く流れ出す感覚がする。

赤い光の向こう、何が待ち構えているのか。その期待は殺意を孕んだ刃のように肉を裂き、神経を昂らせていく。


足元を見れば、砂上に刻まれた巨大な魔物の足跡が続いている。


その窪みには、黒く焼け焦げた何かが固まっている。

獣の肉片か、冒険者の腕か、あるいは燃え尽きて形を失った内蔵片なのか、もう判別はつかない。

深く抉られた跡から伝わるのは、ここで繰り広げられた死闘の陰惨な残滓。踏みつぶされ、剥ぎ取られ、焙られた肉の匂いが、鼻腔の奥で絡まり、瞳孔を震わせる。


虚ろな笑みが自然とこぼれる。

俺は血の粘度を孕んだ熱風を鞭代わりに、より速く砂を蹴った。


やがて視界が開け、そこには不気味なまでに隆起した大地の腫瘍のような火山がそびえていた。


溶岩がうねり、腐った体液を吐き散らすかのように地面を滴り、流れ出すたびに、焼け焦げた肉の繊維が弾けるような臭気が漂う。

赤い輝きが辺り一面を染め上げ、その光景はまるで地獄の冥府に迷い込んだ死人の視界だ。

血に飢えた屍鬼が暗がりで歯を鳴らし、熱風は焼かれた髪や皮膚片を宙に散らしている。


「ここか」

喉を鳴らして息を整えるたび、肺が焼け、体内から煙が立ち上るような錯覚を覚える。

この溶岩の不夜城で待ち受ける敵は何者だ。


「火属性の強力な存在。準備をしておけ。」

神威の言葉は、脳髄を針で刺す冷徹な合図。


俺は頷き、背中から霊刃を引き抜く。

その刃は黒炎を纏い鞘から引き抜く瞬間、皮膚を薙ぎ血を啜るような熱を放つ。

手元が震えるのは、恐怖か興奮か。

刃先に宿る黒い炎が周囲の空気を焼き、わずかに焦げた皮膚の臭いが鼻を突く。


視線を上げれば、そこには巨大な火の精霊が睨み据えていた。


粘液を体表にまとい、炎の筋が血管のようにうごめいている。

赤く濁った瞳は、餓えきった猛獣さながらに俺を舐め回す。


俺は霊刃を握り締め、その黒炎が手の中で爪を立てるような痛みを感じながら、精霊に狙いを定める。


次の瞬間

精霊が獣じみた咆哮を吐き出すと

巨大な炎の吐息が一瞬で

俺を包み込もうとする


肌が焼ける前に砂を蹴り、飛び上がった。

飛び散る砂粒の中には、かつて人間だったであろう干からびた指の骨が混じっている。

炎は地面を舐め尽くし、溶けた岩と炙られた血の匂いが渦を巻く。


「強力だな」

空中で体勢を整えながら、全身の毛穴から滲み出る汗が一瞬で蒸発する。

これ以上近づけば、骨ごと焼かれかねないほどの熱だ。


「魔法を組み合わせ、相手の攻撃をしっかりと封じるんだ。倒せるのはその隙だ。」

神威の指示に、俺は動く。


魔力を指先に集中し、魔法陣を顕現させる。


氷結魔法が白い閃光となって噴き出し、火の精霊を包む溶岩の皮膜を鋭利な氷の刃で断ち割る。

熱と冷気が混ざり合い、気泡が弾け、粘液化した何かが飛沫となって散る。

飛沫が触れた腕には焼け焦げた斑点が走り、痛みが唸るように神経を揺さぶる。


その隙を見逃さず、俺は黒炎を纏う霊刃を一気に振り下ろす。

黒い炎が精霊の体表を切り裂き、中から溶岩染みた粘液と赤黒いエネルギーが飛び散る。

それはまるで血と膿が混ざり合った腐臭のする液体。

精霊は獰猛な咆哮を上げ、退くように身を震わせた。


「しつこいな、だが楽しい。」

目の前で燃え狂う獲物に、笑みがこぼれる。

跳躍し、二度、三度と刃を浴びせるたび、その表皮は剥がれ落ち、粘糸のような炎が血管の代わりに脈動しているのが見える。

精霊は再び燃え上がり、体を再生しようと試みるが、その度に俺は氷と炎を組み合わせた刃で切り刻み、膿のような溶岩を撒き散らせる。


反撃の隙も与えずに叩き込む一撃、また一撃。

肢体が砕け、肉腫が裂かれ、濁った光が精霊の瞳から零れ落ちる。

その度に、地面には赤い滲みが拡がり、焼けた砂の表層に焦げ茶の斑点が広がっていく。


動きが鈍った瞬間、俺は刃を深く突き立てた。

精霊は断末魔のような叫びと共に体内から溶岩液を吐き散らし、その赤黒い滲みが俺の頬を舐める。

苦い、鉄臭い熱が鼻孔を襲う。

最後の光を失った精霊は、崩れ落ちるように屈服し、その残骸は粘ついた溶岩の肉塊となって地面に溶け込んでいく。


俺は静かに息をつく。

胸の鼓動は荒く、だが心地よい疲労が全身を支配する。



「よくやった。だが、気を緩めるな。命を大切にしろ、お主が死んだら我の旅路が終わってしまう。」

神威の言葉が、まだ冷めやらぬ脳裏に突き刺さる。


俺は頷き、再び足を踏み出す。


背中の霊刃は、微かな黒炎の揺らめきと共に、焦げ付いた血の滴を震わせる。



熱風が吹き荒れ

唸るような大地の嘆きが続く中

遠くの地平線には

新たな屠殺場が

赤く吼えているのだった



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