8 確かに熱があった
谷全体が赤熱した熱気に包まれ、空気が焼ける臭いが鼻を突く。
空を舞うSランク魔物――フレイムワイバーンの巨体が、燃え盛る翼を広げ、谷底を見下ろしている。
その全身を覆う炎は熱波を生み、視界を歪め、呼吸さえも苦痛に変える。
俺は霊刃を握りしめ、炎の中で輝くその巨体を睨む。
手の中で感じる黒炎の脈動――ただの武器ではない、俺の生存に欠かせない存在、神威そのものだ。
「修羅、奴の空中戦能力は極めて高い。無策で挑めば死ぬぞ」
神威の声が冷静に響く。
その言葉は脅しではない。俺の命を守るための現実的な警告だ。
「死ぬつもりはない」
俺は短く答えると、地面を蹴り、跳躍して魔法陣を展開した。
背後に強烈な閃光を放つ魔法を発動し、フレイムワイバーンの視界を奪おうとする。
「気を抜くな。不十分だ」
神威の言葉が俺をさらに集中させる。
光が消えた瞬間、ワイバーンが視界を取り戻し、灼熱の炎を吐き出してきた。
その炎は空気を裂き、谷底の岩肌を焼き焦がしながら俺に迫ってくる。
俺は透明化の術を発動し、奴の軌道を冷静に見極めてかわした。
炎が大地を抉る音が轟き
泥が蒸発して舞い上がる中
透明化を維持したまま
ワイバーンの背後へ
回り込む
霊刃を握り直し、一気に振り抜くと、黒炎が刃先に集まり、奴の左翼を切り裂いた。
刃が鋼鉄のように硬い翼を切り裂いた瞬間、肉が焼ける臭いが立ち込める。
切り落とされた炎の羽が地面に落下し、そこから火が広がり、谷底をさらに赤く染めた。
だがワイバーンは怯むどころか、怒りの咆哮を上げ、翼を振り回して衝撃波を生み出す。
「その動きならギリ通るが奴の炎、お主の術を超えておる」
神威の冷静な指摘が、戦場の緊張をさらに高める。
ワイバーンが咆哮を上げ、翼を振り回して強烈な衝撃波を生み出す。
その風圧が肌を叩く中、俺は再び高度を変え距離を取る。
次の一手を考える俺に、神威が静かに助言を送った。
「奴の核は胸元だが外殻の防御は甘くない。無策で挑めば一撃で返り討ちに遭う」
「わかってる」
俺は短く答え、魔法陣を展開する。
爆裂魔法を発動し、その光弾を奴の胸元へと放った。
魔法の衝撃でワイバーンが一瞬怯み、炎の揺らぎがその動きを鈍らせる。
俺はその隙を見逃さず、霊刃を高く掲げ、黒炎を最大限に収束させた。
俺は
全力で刃を振り下ろし
霊刃が核を捉えた瞬間
黒炎が爆発するように広がり
ワイバーンの巨体を飲み込んだ
咆哮を上げながら炎と共に崩れ落ち、谷底に叩きつけられた。
燃え盛る炎が
次第に収束し
谷の空気が
ようやく冷え始める
俺は静かに地面に降り立ち、霊刃を収めた。
地面に転がる魔石を拾い上げ、その輝きを確かめる。
「命を惜しむ戦いも、悪くない」
そう呟くと、神威が少し厳しい口調で返してきた。
「命を惜しむのではなく、守る戦いだ。その命なくば、次を目指す意味も消える。何よりも我とここまで同調できる者には…長生きしてもらわんと困る!」
その言葉は冷たくもなく、重々しさだけを纏ったものでもない。
むしろ、神威の声には珍しく感情の波が微かに感じられた。
修羅はその声を聞きながら、手に握る霊刃の重さを改めて意識した。
自分を何度も支えてきた刃であり、同時に神威そのものでもある。
彼が宿る存在としてのこの刃は、決して単なる道具ではなかった。
「そんなことを言うとはな。そこまで気に入ってくれてるなんて嬉しいぞ」
修羅の口元に浮かんだ笑みには、皮肉が混じっていたが、それ以上に照れくささを隠そうとする色があった。
だが神威はその言葉に動じることなく、淡々と続ける。
「我がこれほどまでに同調できた者など、他にはおらぬ。お主とならば、この旅を通じてあらゆるものを見て、感じ、そして超えていける。だが、その命を失うようなことがあれば…すべてが無に帰す。我はそれを良しとせぬ」
その声には、かすかな焦燥が滲んでいた。
それが修羅にとって少しばかり意外だった。
神威は冷静で、感情を大きく揺らすことのない存在だと思っていた。
だが、この言葉には確かに熱があった。
修羅は静かに霊刃を腰に収め、視線を空へと向けた。
夜空に揺れる星々の光が、何故か遠くに感じられる。
「分かってる。言われなくても簡単にくたばる気はない。けどな…俺には狩りの渇望がある。それがある限り止まることはない」
その声には迷いはなかったが、神威は微かな溜息のような響きを霊刃を通じて伝えた。
「修羅、狩りのためだけに生きることが、いつかお主自身を滅ぼすのではないか…その懸念が拭えぬ。我はお主を護るために存在しているが、行き過ぎた渇望には勝てぬ場合もある」
修羅は短く笑い声を漏らす。それはどこか空元気のようでもあり、神威への反発のようでもあった。
「お前がそれを言うか。だったら俺の渇望がどれだけ強いか、これからの狩りで見せてやる。その上で護るかどうか、好きに決めろよ」
修羅の言葉は軽く響いたが、その裏には深い決意と、どこか神威への信頼が垣間見える。
神威はその意志を受け取りながらも、心の奥底で自らの葛藤を抱え続けていた。
「ならば見届けるとしよう」
その言葉を胸に刻み、俺は谷を後にした。
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