5 魂の共鳴者たち

湿地帯に低く重い咆哮が響き渡った。

視界を埋める鋼鉄の巨体――ガルムリオ。

その一歩が泥を跳ね上げ、大地を震わせるたびに、周囲の空気がねじれるような錯覚を覚える。

湿地に広がる冷たい泥水が、その動きで赤黒く濁り、過去の犠牲者の血と混じった鉄臭さが鼻腔を突いた。

だが、その中でも霊刃に宿る神威の存在は揺らぎようがなかった。


「修羅、感じるか?この魔物の核を覆う鋼鉄の意志…だが、核を狙え」

神威の声が刃から直接響き渡り、俺の耳ではなく心に届く。

その声には冷静な指針と、わずかな戦いの悦びが混じっていた。


「鋼鉄の意志か…面白い。砕けるか試してみるか」

言葉を返しながら、右手の霊刃を肩に担ぎ直す。



その瞬間

神威の存在が

刃を通じて脈動し

全身に魔力を巡らせていく感覚が走る


力の中心に神威がいる。

それが俺にとっては、もはや呼吸と同じくらい自然なことだった。


ガルムリオが牙を剥き出しにし、湿地の泥を抉りながら突進してくる。

その巨体が迫るたび、地面が砕け泥が波のように巻き上がり、俺の足元にまで達する。

牙を剥く口元からは腐敗した血の臭いが漂い、湿地の生き物たちが恐怖に震える気配が伝わってきた。


「奴の誇りを砕いてやれ」神威の声が鋭く響く。

指示ではない。

あくまで共闘する者としての激励だ。


その響きに応えるように、俺は黒炎を纏った霊刃を振り下ろした。


ガルムリオの背中に黒炎が焼き付き、鋼鉄の外殻が悲鳴のような音を立てながらひび割れていく。

刃がわずかにめり込む感覚が手に伝わると、鋼の隙間から熱せられた血の臭いが立ち上がった。


神威が再び言葉を紡ぐ。

「奴の鋼鉄は強固だが、崩れぬ壁ではない。さらに深く抉るのだ」

「わかってる」俺は短く答える。

言葉以上に、神威の意志をその声から理解しているからだ。

彼は常に俺の可能性を信じている――そして俺はその信頼に応えたい。


湿地の空気が張り詰め

ガルムリオが鋭い咆哮を上げるが

その巨体が振り向く頃には

俺はすでに

奴の背後に回り込んでいた


「核を、急所は胸元」

神威の声が冷静に響くが、そこには静かな熱も滲む。まるで戦場そのものを楽しむかのように。


俺はその声を聞きながら

霊刃を高く掲げ

さらなる魔力を

注ぎ込む


黒炎が刃に集中し

俺は跳躍

ガルムリオの巨体の動きを見切り

正確に胸元を狙う


刃が核を捉えた瞬間、黒炎が爆ぜるように広がった。


ガルムリオの鋼鉄の外殻が一瞬で砕け散り

湿地に

轟音を立てて崩れ落ちる


全身を満たしたのは言葉では形容しがたい充足感だった。

心臓の鼓動が一際強く脈打ち、体内を駆け巡る熱が俺を包み込む。

『これは正しいことなんだ』――本能がそう告げる中、俺はただその余韻に浸った。


「見事だ」

神威の声が満足げに響き、俺はその言葉にわずかに微笑む。霊刃を収め、足元に転がる魔石を拾い上げた。

「神威がいるからな」


神威と共に歩む戦場は、俺にとって唯一の居場所だ、今は他の生き方に興味がない。


次の狩り場が待っている。

それだけを考えながら、静かに湿地を後にする。



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胸の奥が少しだけざわついた。

点が微かに線になった。

どうも最近、神威が討伐の道を遠回りさせている気がした。


強い魔物と遭遇しないのは偶然ではなく、意図的に誘導されている――そんな考えが、徐々に形になってきた。


「なぁ神威、俺を護るために道を変えさせていたな?」

俺が問いかけると、霊刃を通じた沈黙が一瞬。

その後、静かに言葉が返ってきた。


「そうだ。我がするべきことはお主を生かすこと。それが全てだ」


その言葉に、俺は少しだけ苦笑した。

「お前がそこまで俺に気を遣ってるとはな」


神威は言葉を続けた。

「修羅、我はこれまで多くの者と共に歩んだ。だが、ここまで相性が良い者はいなかった。秀吉、栞、涼音も――皆、我を扱える器ではあったが、お主ほど念話が円滑に通じ、共に高みに至れる者はいなかった」


霊刃から感じるその言葉には、深い思いが込められていた。

神威の声にはかつての仲間たちへの懐かしさと、修羅への特別な信頼が滲んでいる。


「だからこそ、お主を失うわけにはいかぬのだ。闘いで経験を積み少しずつ強くなるのは良いが、一線を越えるような命に直結する戦いはさせたくない」


俺は足を止め、改めて霊刃を見つめた。

「そうか。お前がそこまで考えてくれてるなら、俺も無茶は控えた方がいいのかもな」


軽い調子で答えたが、その内心では複雑な思いがあった。

もっと強い魔物と戦いたい。もっと狩りの快感を味わいたい――その欲望が俺を突き動かしている。

だが、神威の声が冷静であればあるほど、その思いが抑えられていく気がした。


「お主がそう理解するならば、それで十分だ」

神威の声が僅かに柔らかくなった気がする。


俺は静かに頷き、霊刃を収めた。

次の狩猟場へ向かう道が、どこか新しい決意を背負ったように思える。

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