4 狩猟者の足跡なき道
森を抜けた修羅は、静かに街の近くまで歩を進めていた。
冒険者たちの話し声が風に乗って耳に届く。
「ブラッドハウンドの群れを討伐したって?」
「実際に討伐された痕跡は見たが誰がやったのかは分からない」
「…神の使いじゃないかって話だぞ」
修羅はその会話に足を止めることなく聞き流す。
狩りが終わった後の噂話に興味はない。
次の狩猟場で
どんな獲物が待っているのか
それだけが
頭を
支配していた
「修羅、奴らの噂はお主を神聖化しているようだな」
神威の声が冷静に響く。
修羅は肩をすくめるようにして答えた。
「勝手に騒いでいればいいさ。俺がやることは変わらない」
街のギルドでは、冒険者たちが集まって討伐の状況について話し合っていた。
「ブラッドハウンドの群れが一夜にして全滅しただと? しかも誰も姿を見ていない?」
ギルドマスターが机を叩き、報告書を睨む。
「俺も現場を見たが、確かに何かが討伐した形跡がある。ただ、そこに人間の足跡はなかった」
ベテラン冒険者の一人が苦々しげに答える。
「もしかすると、本当に神の使いが現れたのかもしれない」
その言葉にギルド内がざわめいた。
ギルドマスターは腕を組み、しばらくの間考え込んでいた。
「……どちらにせよ、その力が人間のものではないのは確かだな。次に現れた場所の報告を待とう。動きが見えたら調査隊を送る」
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小さな工房の薄暗い光が、俺の新しい装備を照らしていた。
手に取ったのは、重厚感のある黒鉄製のガントレットだ。
甲の部分に埋め込まれた小型の盾が光を反射して鈍く輝いている。
「こいつはお前さんの要求通りに仕上げた。頑丈で盾の展開もスムーズだ、魔石を入れる事が出来る構造になってる」
職人の男がそう言って笑った。
俺はガントレットを腕に装着し、わずかに動かしてみる。
違和感はない。むしろ、この重量感が安心を与えてくれる。
「十分だ。試してくる」
俺は礼を言い、工房を後にした。
道中で手首を回しながら、盾の展開機構を確認する。
指をわずかに曲げるだけで、小型の盾が瞬時に展開し、腕を防御する形になる。
これなら防ぎながら攻撃に転じることができる。
まずは魔石無しで試す。
湿地の奥で、静かな唸り声が響いていた。
視線の先には「ダスクウルフ」のリーダーと思われる黒い魔物がいる。
漆黒の毛並みは湿った空気に溶け込むようで、その赤く光る瞳だけがこちらを捉えていた。
「そいつは素早く、爪の一撃は重いぞ。盾の力を試すには十分な相手だ」
神威の冷静な声が頭の中に響く。
俺は軽く笑い、左腕に装着された新しいガントレットを構えた。
この盾がどれほどの力を持つのか、試すにはこのダスクウルフが最適だ。
ダスクウルフが低く唸りながら、地を蹴って一気に距離を詰めてきた。
その動きは音もなく、視覚だけに頼る俺の感覚を欺くようだった。
次の瞬間、鋭い爪が湿った空気を裂き、俺の胸元を狙って振り下ろされた。
「甘いな」
俺は左腕を素早く持ち上げ、盾を展開して受け止めた。
金属が激しく弾かれる音とともに、衝撃が手首を伝って全身に走る。
だが、盾はその一撃を完全に防ぎ切った。
ダスクウルフが一瞬だけ動きを止めた隙をついて、俺は右拳を固め、その脇腹に全力で叩き込んだ。
拳が厚い毛皮を貫き、内側の筋肉を潰す感触が伝わる。
しかし、狼の巨体は僅かに揺れるだけで怯む気配はない。
すぐに反撃の態勢を整え、再び襲いかかってきた。
鋭い爪が再び俺を狙う。
左腕の盾で受け流しながら、俺は間合いを測り続けた。
湿った土が爪の振り下ろしで散り、周囲の空気に血と湿地の臭いが混ざり始める。
盾が激しい攻撃を何度も防ぐたびに、金属の表面には傷が刻まれていく。
「盾に頼りすぎるな。お前自身の力で押し切る時だ」
「わかってる」
俺は瞬時に姿勢を低くし、ダスクウルフの懐へ飛び込んだ。
鋭い爪が俺の頭上を掠める瞬間、盾を上に向けて弾き返す。
そのまま腰を捻り、右肘で狼の顎を狙った一撃を叩き込んだ。
顎が骨ごと歪む音が響き、ダスクウルフは苦悶の唸り声を上げながら後退する。
その動きはさっきよりも鈍くなっている。
俺は追撃に移るべく素早く地を蹴り、左腕の盾を再び構えた。
盾を前面に押し出しながら体重を乗せ、全力でダスクウルフの胸元に突進する。
金属と肉がぶつかる鈍い音が湿地に響き、衝撃で狼の巨体が地面に叩きつけられる。
その胸元には盾の角が深々と突き刺さり、濁った血が溢れ出した。
血潮が盾を濡らし、俺の顔にまで飛び散る。
鉄と腐敗の混ざった臭いが鼻腔を満たした。
ダスクウルフは最後の力を振り絞り、唸り声を上げる。
だが、その瞳には確実に死の影が見えた。
俺は
冷たい目で
狼を見下ろしながら
霊刃を掲げた
静かにガントレットの盾の部分を確認する。
鋭い爪が残した傷が表面に刻まれているが、それ以外はほとんど損傷がない。
初めての実戦でこの防御力――十分すぎる成果だ。
「いい出来だな。これがあれば、もっと強い奴とやり合える」
「その装備はお主の力を高めるだろう。ただし、道具は上手に使いこなせなければならん」
湿地の霧が漂う中、俺は新しいガントレットの感触を確かめながら歩き出した。
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次の狩猟場に足を踏み入れていた。
目の前には広がる湿地帯――ここにはSランク魔物「ガルムリオ」が潜むという情報があった。
その巨体は湿地を支配するかのように動き、近づく者を一瞬で仕留めると言われている。
「ガルムリオは鋼鉄の外殻を持つ厄介な魔物だ」
静かに頷く。
「どんな硬さでも、核さえ捉えれば終わりだ」
湿地帯の奥から微かな振動が伝わってきた。
「来たか……」
霊刃を握り直し、ダイヤの魔石のブレスレットが脈動する感覚を確かめる。
視界の先に現れたのは、鋼鉄の巨体を持つ魔物――ガルムリオだった。
その鋭い牙と力強い四肢が一瞬で大地を抉り、空気を震わせる。
湿地の泥が弾けるたびに、周囲の生物が震え上がるような存在感を放っている。
「修羅、術と力を最大限に活かせ」
「分かってる。奴の硬い外殻も問題ない」
静かに息を吐き、魔法陣を展開した。
透明化の術を発動し
湿地帯に姿を隠す
ガルムリオが鋭い嗅覚で周囲を探りながら動くが、俺の姿はどこにもない。
その隙に
霊刃を高く掲げ
黒炎を一気に纏わせた
「まずは一撃だ」
刃を振り下ろし、黒炎が巨体を直撃する。
鋼鉄の外殻が焼け焦げる音が響き、ガルムリオが咆哮を上げた。
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